その他夢小説 | ナノ
終わりにできるなら、どんなに楽だろう
終わりにできるなら、どんなに楽だろう
私の知っている元就様はとても家族が大好きだった。
世話役を任されていただけの私を、まるで姉のように慕ってくれた。
よく笑って、怒って、悲しい時は泣いて……何処にでも居る少年だった。
表情が乏しくなったのは、消えたのはいつからだなんて、愚問でしかない。
元就様を慈しみ愛してくれていた家族が亡くなった時だ。
幼少時にはお母様が、次いでお父様が亡くなって元就様は殻に籠るようになった。
それでもまだ、私には稀に喜怒哀楽の表情を向けてくれていたし沢山話もしてくれた。
私だけは信頼されている。そう思っていた。
けれど、元就様は私にも笑みを向けなくなった。
それは兄君が亡くなったと知った日からだ。
元就様は一日部屋に籠って誰も寄せ付けずにいた。
心配になって、握り飯と飲み物を持って不躾ながらも襖を開けた。
部屋の中は悲惨な事になっていて、あらゆる物が壊れるか倒れるかしており、心中を察した。
部屋の中央に、窓から射す月光を浴びながら背筋を伸ばして正座している人。
物を避けながら元就様の前に回り、座る。
色素の薄い瞳は果てを睨み付けていた。
瞼は腫れているが、今はもう涙を流していない。
「どうか食べて下さい」
微動だにしない相手の前に盆を置く。
「元就様」
返事も何も返ってこない。
心が壊れてしまったのだろうか。
家族が大好きだった元就様。
御両親どころか兄君まで失うその辛さ、私には想像も出来なかった。
涙を流していれば抱き締める事も出来ただろう、罵声を浴びる覚悟だってあった。
なのに元就様は人前で泣きもしない。取り乱しもしない。
それは私の前でも同じ。
周りの者と何ら変わりはしない。
私の存在は支えになれているのだと、自分は特別だと驕っていた自分が恥ずかしくなる。
それと共に、悲しくなった。
鼻の奥がツンとする。
けれど彼が泣いていないのに、どうして私が泣くことが出来るだろう。
元就様の代わりに涙を流すなんて失礼だ。
喉が焼ける。
まるで火の玉でも飲み込んだようだ。
次の言葉が出てこない。
口を開いても咽がつかえて言葉が出てこない。
泣くこともせず、咽が焼けて声も出ず、ただ一点を見るしかない。
どうかどうか
元就様の苦しみがこれで最後でありますように
そう祈らずにいられない
祈ることしか出来ない自分に、咽が更に熱を帯びた
あれから何十年も時が経って、私は年をとった。
もちろん元就様も年をとった。
私の方が年上なのに、元就様は今床に伏していて、私はその枕元に座っている。
何年も前にもう年だからと仕事を止めて去ったこの地に、再び来るとは思いもしなかった。
寝ている相手を見る。
お互いにもうしわくちゃな爺さんと婆さんだ。
追いかけっこをしていた時の面影はどこにもない。
「元就様」
艶やかな栗色だった髪は白になってしまった。
幼少期やっていたように頭を撫でると、瞼がゆっくりとした動作で開く。
何十年ぶりだろうか、元就様に触れるのは。
「ナマエか」
「はい」
空気が漏れるような声に、残りの時間を悟った。
「済まなかった」
「元就様が謝る事など何もありません」
首を横に振りながら言う。
謝らないで下さい。
貴方が謝る事などありません。
「では、ありがとう」
「……」
「失う辛さに怯えて、ナマエを避けていた我にナマエは変わらず遣えてくれたな」
聞き取りにくい弱々しい声音。
確かに、兄君が亡くなってから周りの侍女と同じ扱い、否、それ以下だった。
私から近付けば用件だけ聞いてさっさと去ったし、何かあればそれまではすぐ私を呼んでいたのに、あの日以降決して私を呼ばなくなった。
避けられているのは分かっていた。
嫌われたのだと思っていた。
「ナマエは姉のような存在だったから、我は怖かったのだ。ナマエが死んだ時、またあの苦しみを味わうのが」
「そうだったのですか」
「それなのに、ナマエの方が長生きするなんてな」
笑みを浮かべながら言われた。
昔の面影が残る笑顔に懐かしさを覚える。
「あぁ、眠いな」
うっすらと開いた瞼。
こちらを向いているが、焦点は定まっていない。
「沢山喋って疲れたでしょう。私がついてますから寂しくないですよ。どうぞ、寝て下さい」
「そう、だな」
おやすみなさい。と頭を撫でると瞼は完全に閉じられた。
元就様、知らないでしょうけれど、私も今、昔の貴方の気持ちです
大切な人を喪う傷みの連鎖は
大切な人を喪う恐怖の連鎖は
いつになったら終わりが来るのでしょうね
07/05/13
- 20 -
[
*前
] | [
次#
]
←
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -