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夏の虫から秋の虫へと鳴き声が移ろいゆく時の話
「元就様」
聞き慣れた声が襖の向こうからして、入れ。と短く返せば、静かに襖が開けられる。
すると侍女であるナマエと共に通路の床を舐める様に滑っていた風も入ってきて、燈りがゆらりと揺れて影が物の怪の様に蠢いた。
「何用だ」
「用と云うほどの用件はありません」
何か文が届いたり、用がある時にのみやってくるナマエが、用も無しに訪れるとは珍妙な。
季節の変わり目で風邪でも引いて、脳が熱にやられているのだろう。
残念ながら陽の下ではなく小さな燈りだけの世界なので、顔色は伺えない。
風邪を移されるのは、冗談ではない。
早々に出て行ってもらおうと思っていたら、盆を持ったナマエが隣りにやってきた。
「どうぞ、お茶です」
湯飲みと、和紙の上に乗った茶菓子が前に置かれる。
湯飲みからは湯気が出ていて、空気中に拡散していった。
「頼んだ覚えはない」
余計な事をするな。
そう口語にせずとも意味合いとして含めば、ナマエは口元に色濃く笑みの陰を落とすだけ。
筆を持った手にナマエの手が触れた。
同じ人の手だというのに温度差がだいぶあって、思わず肩が跳ねる。
「ほら、冷たい」
「貴様が熱いだけだろう」
「先程湯飲みを持ったので、そうかもしれません。けれど、元就様は冷えています」
ナマエの手が離れると、熱が逃げて外気を冷たく感じる。
触れなかった方の手は寒くもないのに、一度熱を受け取ってしまった方の手は寒くて仕方ない。
「お茶でも飲んで、身体を温めて下さいね」
ナマエは一礼すると、部屋から出て行った。
湯飲みに触れると痛みすら感じる熱が伝わってくる。
暖かい。
熱い。
知らず知らずに熱を失っていたという事実に、気付きたくなかったと心は溜息をついた。
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