デスノ 短編 | ナノ
Lifesaver
2004年11月5日
ワタリ こと キルシュ・ワイミー
竜崎 こと L
死亡
死因 心臓発作
Lifesaver
目の前で閉じられた瞼。
勝者は僕。
竜崎、否、L。神に逆らうからこんな目に遭うのだ。
最期の訴える瞳は僕にとって最高の甘い蜜だったよ。あれ程までに勝利者としての恍惚を感じることはもう二度とないだろう。
楽しいゲームだった。感謝すらしている。嘘ではない。
病院に置かれたままの竜崎の死体。そう、遺体ではなく死体。
身元が分かっている亡骸を遺体、不明の亡骸は死体と呼ぶ。
故に竜崎は死体。
可哀想だとは思わない。むしろお似合いだとすら思う。
ああ、いけない。
口の端が釣り上がってしまいそうだ。
「父さん、竜崎は?」
「霊安室に居る」
もう一度竜崎を見ておきたい。そう思った。高笑いをしてやりたい衝動に駆られたのだ。
だからあいつが横たわる部屋に向かった。
勿論、一人で。
霊安室に入ると、そこには床から生えた影のような物がいた。
まさか人が居るとは思っていなかったので、足が入り口の扉を開けたまま部屋に入る所で止まる。
誰だと目を細めて見れば、漆黒の服装で、更に黒い帽子まで被っている。
よく見れば寝台に竜崎の死体が無い。
まさか竜崎では無かろうな。
いや、いや、いや、まさか。
冷静になれ。
猫背とは対照的に背筋を伸ばしているし、後ろ姿でも分かる肩幅は男性のものとは異なる細さ。
女性だ。
「ここで何をしているんですか?」
女性はゆっくりと、怠慢な動きで僕の方を向いた。
顔がこれまた黒のヴェールに覆われている。全身真っ黒だ。黒いレースの手袋まで着けている。
見た目からして怪しいが、竜崎の死体が在った霊安室にいた事にもっと注目すべきだろう。
この女は何者か、考えるまでもない。
「初めまして、夜神月君」
声の質や高さこそ違えど、女の口調はまさしく竜崎のものだった。
飄々とした軽い口調。感情なんてこもってはいない。
「誰ですか?」
至極当然のように、疑わしげに言えば相手はふむ。と言ってしばらく間を置いてから口を動かした。
「そうですね、リキとでも呼んで下さい」
「偽名ですか?」
「はい。死にたくはないので」
「死ぬ?」
「はい」
「どうしてですか?」
女はまた少し考えているのか、それとも策からなのか分からない間を取る。
「東応大学に竜崎と並びトップで入学した夜神月君。私は貴方の思考能力の高さを買っています。なので、わざわざ言わずとも良い。と解釈していたのですが……」
癪に障る言い方も竜崎と同じか。
気に入らないな。
ミサを連れてくれば良かったと一瞬考えたが、女がヴェールで顔を隠している限り名前を知ることは出来ないと気付く
「では、僕の想像が合っていると仮定して話をしようと思います」
「そうですね、私もそれが良いと思います」
「竜崎は今どこに?」
「竜崎の遺体はこちらで処理をしますので、勝手ながら頂戴させていただきました」
竜崎は自分の死後の死体処理方法まで決めていたのか。
馬鹿な奴だ。
そんなことに気を使うから僕に負けたんだ。
「とてもじゃないが信じられない。竜崎を返してもらわなくては困る」
「困る、とは?」
「僕は顔を隠して名前も偽名の貴女を信じられない」
「別に貴方の信用を得ようとは思っておりませんが」
「何にせよ、死体を盗むのは立派な犯罪です」
近づいても女は何の動きも見せない。
少しは怯えるなりなんなりすれば少しは手加減するというのに、馬鹿な女だ。
「夜神月君。貴方が竜崎にそこまで固執する理由を教えて下さい」
「固執?」
「はい」
唯一僕と張り合えた人間。
僕の退屈な日々に刺激を生み出した人間が竜崎だ。
その存在の相手をするのを楽しんでいた。
だがそれは固執ではない。
「固執はしていません。ただ、竜崎は僕の友人なので、遺体を勝手に掻っ攫われるのを快く思っていないし、悪を目の前にしてそのままにするのも僕の信念に反します」
「……」
女は僕を見上げている。
ヴェールが透けて顔が黒の膜越しにうっすらとだが見えた。
ただの女だ。
「では、私は貴方の定義では悪であると、そういうことですか」
「そういうことです」
女は頷き、握手をするかのように手を差し出してきた。
黒い手袋に何の仕掛けがあるか分かったものではない。
それに、僕は女を悪だと解いているのだから友好の印のような握手をする理由も無い。
空気に触れているだけの手を女は気にした様子もなく差し出したまま、口を動かした。
「正義は悪であり、悪は正義です」
「竜崎の死体を引き取りに来た者がそれを言いますか?」
「はい。竜崎は分かっていました。貴方にはこの理がご理解いただけませんか?」
「理解しない。というよりも、僕は僕の心情と法を正義としていますから、認識はしているが同意はしてないと言ったところでしょうか」
竜崎もそうだ。現実にキラの行動によって犯罪者は激減した。つまりキラの行為による結果を認識していた。
なのにキラを悪だと言った。
これこそまさに、認識こそすれど、同意はしない、他人の意見なのだと言う他人事の見方だ。
「なるほど。世に言うALL OR NOTHINGというやつですか。自分と相反する他人の意見には興味も抱かない。耳も貸さない。排除する。いや、これは、参考になりました」
いちいち癪に障る。
女は握手をする形のまま止まっていた手を下げ、そのまま僕の横を通ろうとした。
言いたい事だけ言って、やりたいことだけやってさっさと居なくなるのも竜崎と同じだ。
竜崎の周りにはこんなやつしか居なかったのだろうか?
まあ、このリキとかと云う女が捜査側に姿を現さなかったのは、こういった落ちぶれ具合が強かったからなのだろう。
人材の無さが哀れだな、竜崎。
女が通る道を塞ぐと、女は全く困った様子もなく困りましたね。と言った。
「私を捕らえてどうしますか」
「竜崎の死体の在処を聞き出すしかないでしょう」
「残念ながら、私はメッセンジャーであり運搬係ではありません。故に、行き先は知りえません」
竜崎の死体は無くなった時点で、もう帰ってこないだろうとは予測済みだ。
僕がやりたいことは、この女を捕らえることで竜崎のバックについていた、もしくは竜崎の手足となっていた奴を引きずり出すことだ。
それだけが目的なのだ。
それ以外にこの女は利用価値が無い、竜崎の真似をして話すしか能の無い生き物。
退く気が無い僕をまっすぐに見たまま女はふう、と息を吐いた。
「残念です」
女は僕の手首を掴んだ。
途端、体中を電流が駆け回る。
しまった。そう思った時には、脳は電流にやられ、視界は暗転した。
------------
危なかった。
そう思いながら倒れた男――夜神月――の横を通り霊安室を出る。
日本では確か、遺体安置所……だっただろうか。兎に角そういう死体の近くでは転んだりしてはならない風習があると聞いたことがある。
そんなの、異国の人間である私が知ったことではないし夜神月が風習に敏感だとも考え難いが、夜神月に一言、形だけの謝罪をしておく。
さて、急がなければ。
予想通りに時間を食ってしまった。
地上に出て、どこにでもある車に乗り込む。
食料品の宅配センターの車に化けた冷凍車は今どこに居るのだろう。早く追いつかなくては。
ハンドルを握る前に、危ないと思い出す。
右手の手袋にはスタンガンを内蔵しているのだった。
これでハンドルを握ったりしては大変だ。
漆黒のゴム手袋とただの手袋の二重構造を外し、今度こそハンドルを握る。
スピードを出し、冷凍車と待ち合わせの場所で会うことに成功した。
車から降りて、野菜やら魚やらを描いた荷台に近付く。
本来ならば食料品が入っているはずの荷台。
今はそこにLの遺体が収まった棺しか入っていない。
私は、Lが死んだ時に永久冷凍保存を指令として受け取っていた。
熱で遺体は腐る。血流がなければすぐに脳細胞は死滅する。
それ故にLの遺体を速やかに持ち去り、かつ脳細胞が死滅する前に凍結させなくてはならなかった。
この冷凍車は特殊なつくりで人体であろうが何であろうが、即座に冷やし固める機能を持っている。
つまり、生身の人間が誤って入れば死が待っているという事だ。
なので私は今、入ることが出来ない。
荷台に触れる。
ずっと私はこの時を待っておりました、L。
貴方は私の手の届かない場所に居る存在でした。
ですから私はどこかで、完全に外傷を持たない貴方のご遺体を手に入れたいと思っておりました。
決して、死体愛好家ではありません。
私は眠っているだけにしか見えない貴方を欲していたのです。
しかし、どうでしょう。
いざ手に入れてみれば、それは話すこともありません。
私は今になって、合成音声でも貴方と話すのが好きだったと気付いたわけです。
気付いて良かったわけなのですが。
荷台から手を離し、周りの仲間に指示を出す。
私はLの身体を決して傷つけることの無い温度の中で冷やし、氷付けにし、自分の会社まで運んだ。
自分の会社と言えども、これはワタリから任された会社であり、私の会社ではない。
この会社はバイオテクノロジーについての研究を主とし、介護用の製品を作っている会社だ。
現在、私は違法ではあるがクローン技術の研究をやっている。
ワタリが私に言ったのだ。
Lを越える人材は現れはしない。だからオリジナルと全く同じものを作るのだと。
それはコピーを作るようなものでありながらも、オリジナルをそのまま作り上げること。
Lの代役を他の人間に求めるよりもは、Lのクローンを作ったほうが遙かに効率が良いだろう。
しかしそれでは、作り出されたLの気持ちはどうなのだろうか。
そう考えては筆を止め、実験を何度も同じところで足踏みした。
その結果、ワタリが亡くなり、Lが亡くなった。
私が遺体を引き取る大役を任されていたのは、研究の後に必ずLのクローンを作り出せと言うワタリの意思なのかもしれない。
Lは、このことについて何を思っていたのだろうか。
私は知り得ない。
知る必要も無い。
私は冷凍されているLの元へ、月面基地へ行く人間が着る様な服を着て向かった。
見たところ、外傷は見られない。
心臓発作ならば、それは健康だった心臓がキラの力によって発作を起こさせられたと考えるべきだろう。
つまり、Lは健康体なのだ。
心臓さえどうにかすれば、Lは甦る。
幸い脳細胞が死滅してゆく前にLを凍結出来た。
病院に仲間を入れておいて良かったとつくづく思う。
L、L、どうか待っていて下さい。
そこはとても寒いでしょう。
ですが必ず私が救い出して見せます。
心臓を、身体を、貴方を甦らせる技法を私は見つけつつあるのです。
それまで、もう少しの間、休んでいて下さい。
いつもお疲れの貴方に、後数年間の睡眠時間をプレゼント致します。
〜戯言〜
恋千年の114年前の物語。
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