デスノ 短編 | ナノ
恋千年
身体から力が抜け、他人の物のように重く感じる。
力の入らない身体は椅子から墜ちる。
「竜崎っ!!」
周りがひどく煩い。
否、煩いのは自分の心音か。
最後の悪足掻きと言わんばかりに心臓が乱れた脈を奏で、それは弱まり音が聞こえなくなる。
それは耳が遠くなったと錯覚するような
心臓だけ抜き取られたような
耳が聞こえなくなったような
そんな感覚
視覚も聴覚も、機能が無くなったように思える。
これが死だと云うならば悪くないが、夜神月に負けたとなると、悪いものだ。
恋千年
確かに死んだ私だが、今視界はクリアだ。
そして私を見下ろしている女性に話しかけられる。
「気分はどうですか?」
「普通です。リキ」
リキは白衣を来ていた。
そしてカルテのような物を抱えている。
上体を起こせば、服は着ておらず真っ白なシーツがかけられているだけで、貧弱な上半身が晒される。
「リキ」
リキは視線を床に向けていた。
それは困った時の癖だ。
「言いにくいのですが、私はオリジナルのリキ・シキではありません」
「……」
私は説明を促す様に沈黙した。
死んだ筈の私が生きている。
その時点でおかしいのだ。
確かに私は死んだ。
なのに今、此処にこうして存在する。
これは夢か現か。
「私はリキ・シキのコピー、つまりクローンです。彼女の意思を継ぐ為に作られました」
クローンという単語に、リキが生物学の分野で幅広く権威を持っていたのを思い出す。
「私は27体目です。ですからNo,27と呼んで下さい」
例えリキが権威だとしても、俄かに信じがたい話だ。
しかしクローン、自主的にNo,27だと名乗るそれは、スイッチが入った玩具のようにつらつらと話す。
「リキ・シキは亡くなった貴方をすぐに凍結させ、未来の医療技術で甦らせると誓いました」
「細胞は死んですぐに死滅していくはずです。あの頃の技術で、あの場からすぐに、というのは無理なはずです」
「残念ながら、可能でした。リキ・シキは貴方が亡くなった時に運ばれるだろう医者の中に仲間を配置していたのですから。それからというものリキ・シキは毎日身体を酷使して貴方を甦らせようと医療技術を学びました」
「……」
「リキ・シキは身体を酷使し過ぎたのでしょう、貴方が亡くなってから5年後、30の時に身体が病に侵されていると分かりました」
「何の病ですか?」
「癌です。身体中に転移していました。その時クローンは違法でしたが、蛇の道は蛇にと云った様に彼女は自分のクローンを慌てて作りました。蛇足ですが、その時にはクローンを作ると云っても作った時にはもう大人の姿です」
「待って下さい」
「何ですか?」
「癌に侵された体で、クローンを作ったと?」
「はい。作ってすぐ、32歳でリキ・シキは亡くなりましたが」
「クローンも癌細胞を持っているのでは?」
「お察しの通り、オリジナルが癌になる身体だったからなのでしょう、初代クローンも癌を発病して8年しか身体は保ちませんでした」
「……」
「オリジナルは貴方と同じように凍結されています。それは初代クローンの考えです。でもそれにより死んでしまったリキ・シキから細胞を取り出せなくなったので、初代クローンは己の細胞を次代のクローンに使う事にしました」
「つまり、初代クローンから貴女は作られていると」
「はい。しかしコピーのコピーで出来ている私達は欠陥だらけで、一体、長くても5年しか保ちません。何らかの欠陥が生じて壊れます」
「……」
「そしてコピーの存在理由は、貴方を甦らせるというオリジナルのリキ・シキの意思を継ぐこと。それをNo,27の私が叶える事が出来ました。これで私は、28代目を作らなくて済みます」
すべて、感情の薄い声だった。
そして己を、今まで生まれては死んでいったクローン達をまるで歯車の一つのように話す語り方。
リキは、この女の中に存在しない。
見た目騙しだ。
この者の欠陥は心だろう。
心が無い。
そうでなければ、どうして仲間のクローンの死を、壊れるなどと言える。
「今、何年ですか」
「貴方が亡くなってから114年経ちました。2119年です」
時代に取り残された様な気分だ。
普通に生きていれば、土に還っている。
「貴女はリキではないのですね」
「はい。残念ながらコピーのコピーです。産まれ方も、違います。私は培養液です」
「そうですか」
「リキ・シキからの手紙を預かっています。読んで下さい」
白衣のポケットから出された物。
白い封筒は、四隅が茶色く変色している。
「リキ・シキの机に隠されていました。見つかったのがリキ・シキが亡くなってから7年後だったので変色してますが、文字は読めると思います」
受け取る。
封筒の糊は殆ど取れかかっていて、指で簡単に封が開いた。
中を見るには、一人になりたい。
だが感情の薄いNo,27は、私が一人きりになりたいと気付かない様だった。
「一人にしてもらえませんか」
「分かりました。読み終わったら、棚に置いてある服を着て廊下に出てきて下さい」
それだけ言ってNo,27は廊下に出る。
まるで業務連絡みたいだと、思った。
深呼吸をする
指で摘んだ紙はザラついている。
「リキ、貴女という人は……」
肩を落とす。
私に、幸せになってくれと書いてある。
未来に一人残された私に幸せになれと。
私に、幸せになって欲しいと。
たったそれだけの手紙。
涙は不思議と出なかった。
リキらしいな、としか思わなかった。
彼女はいつもそうだった。
私に幸せであれ、と願っていた。
そして今も
死んでからも
服を着る。
私がいつも着ていた服だ。
114年前に戻った様な気分だ。
周りは見た事も無い機械ばかり。
周りだけ違う。
否、私だけが違うのか。
廊下に出ると、No,27が居た。
「貴方に現在の世界を教えるように云われております」
同じ顔に同じ声、なのにこんなにも違う。
機械みたいだ。
「聞きたい事があります」
「はい」
「此処はどこですか」
「アメリカです。リキ・シキがキルシュ=ワイミーという方の遺産を分けてもらい立ち上げたバイオテクノロジー会社の最上階、貴方の研究の為だけの部屋です」
私達は床に描かれた円の中に入る。円は急に、下に動いた。
「エレベーターです」
「そうですか」
114年後は、SFの世界だ。
人は想像した物を作る事が出来るとはよく聞いていたが、本当に作れるのだとは思いもしなかった。
一階下で私達は降りる。
「こちらの部屋へどうぞ」
目の前にある大きな扉。
中に入ると大きな硝子に見える板が床に埋まってあった。
「今までの歴史を上映します。どうぞソファにおかけ下さい」
私はいつもの座り方をした。すると、ティーセットが壁から出現して、No,27が紅茶を入れ始める。
「どうぞ」
「……どうも」
ローテーブルの上に置かれた紅茶。
既に砂糖とミルクが入っているのは、彼女の淹れ方だ。こんなところは似てしまっているのか。
ソーサーの上になった陶器の、その中で揺れるミルクティーベージュに口付ける。私にとってはすぐ先程まで飲んでた味とさほど変わらないそれに、100年以上時が経っているのだとは到底思えなかった。とはいえ、システムや機器はSFの世界なので、そんなことはないのだけれども。
かちゃり、と音が鳴る。私がカップをソーサーに置いた音だ。
No,27は私を少し見た後、上映した。
それは、3Dの映像だった。
世界は変わっていた。
犯罪も変わった。
キラはニアによって姿を消し、ニアは時の流れに逆らわずに姿を消した。
まさか自分が命を落とした事件の結末を、こんな形で知るとは思わなかった。
上映が終わり、No,27は口を開く。
「貴方が今後探偵をなさるならば、リキ・シキが創設したこの会社が後ろ盾になります」
「それは貴女が決めた事ですか?」
「いいえ。リキ・シキの遺言です」
私はこの会社が大きいのか小さいのか分からない。
「この会社は全国でトップクラスの存在です。リキ・シキは介護ロボットを作り、特許を得ました。現在では人の脳をロボットに組み込む事が出来るようになっています」
「バイオテクノロジーの会社ではなかったんですか?」
「バイオもやっています。ロボットを人に可能な限り近付けるよう皮膚を作り、眼球を作り、見た目も触り心地も人間に近付けています」
No,27は言った。
「リキ・シキは当初、機械の身体に貴方の脳を入れようとしました。ですが出来ませんでした。貴方の脳を取り出す行為を拒否したのです」
「リキの遺体は何処にありますか」
No,27は目を見開いて、ついて来て下さいと言った。
「言っておきますが、リキ・シキの身体は癌に侵されています。現在癌の治療は発達しておりますが、リキ・シキの身体は現在でも再生不可能です」
それ程までに内蔵はボロボロなのだろうか。
「見て後悔をしませんか?」
「しません」
No,27とエレベーターに乗り、今度は最下階に向かった。
地下の地下、果てしなく深い場所に来た私達。
廊下の電気がつく。
私はNo,27がカードキーと片目に光を当てて開けた扉の中に入って驚愕した。
通路の両端にあるのは筒型の硝子。
中には、水の中に配線を巡らせたグロデスクな物体が浮いている。
ある物の中には脳が
ある物の中には腕が
ある物の中には眼球が
身体を作るパーツがバラバラにある。
「これは?」
「クローンの元です。私達は4歳になると、この元から自分と同じ姿を作ります」
No,27は尤も、と続けた。
「もうこれは必要ないので破棄しなければなりませんが」
「その前に、私は貴女に人の作り方を教えてもらいたいのですが」
No,27は私を見る。
「リキ・シキを作るつもりですか」
「えぇ」
「オリジナルはもう使えません。貴方は心臓発作だったから他に支障が無いその身をそのまま使えた」
「リキに出来て私に出来ない事などありません」
No,27は奥に進む。
奥には、ガラス張りの向こうに霜をつけた金属があった。
「約100年前の装置なので、私達が入らない限り中が見えない作りになっています」
No,27は変な服を出してきた。
それこそ月面基地に行った人間が着るような物。
「それを着て下さい。そうでなくては、私達が凍ってしまいます」
言われた通りに服を着る。
中に入ると壁に氷がついて白くなっていて、この中が北極の様に寒い事を知らせた。
真ん中にベットがある。
横たわっている人間。
「あちらがリキ・シキです。触れてはなりませんよ。触れば砕けてしまいます」
ベットに近付いてリキを見た。
記憶に残る艶やかだった黒髪は、今では白が増え、頬は痩け、目は落ち窪んでいる。
腕も骨と皮だけになり、リキの面影は何処にもない。
誰がこの者を32歳の若さで亡くなった者だと思うだろうか。
「こんなになるまで……ありがとうございます」
謝罪は口に出来なかった。
謝れば、リキの努力を無にしてしまう気がしたから
〜戯言〜
これでこの物語はオシマイ。
- 3 -
[
*前
] | [
次#
]
←
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -