デスノ 君と私は足してゼロ | ナノ
3日 昨非今是
本来ならば仕事の真っ只中の時間帯に寛いでいられる程、至福な事はない。
そうは思うが、読む本も無くやる事も無いというのはつまらない。
娯楽として提供される筈のテレビはLによって占拠されている。
外の雨風を見れば、出かける気は失せる。
暇だ。
君
と
私
は足して
ゼロ
昨非今是
「シャリ」
Lが口を開いたのは、ニュースが芸能に変わった時分。
今日は昨日以上に、仕事に熱中している。
冷えた紅茶が無残に置かれたままになっているところから推測するに、また紅茶とケーキを寄越せと命令を出して仕事に戻るのだろう。
しかし、名前を呼ばれて視線を向けた私に対して、Lはしみじみとこんな事を言った。
「暇そうですね」
「暇を持て余しているよ」
「では、温かい紅茶と、それからケーキを用意して、少し私と話をしませんか?」
「その言い方、胡散臭くて嫌な印象を与えるね」
「紳士的に振る舞ったつもりですが」
「見た目と言葉が合ってない」
ガリガリで髪はボサボサ、服も紳士というには程遠い。
冷めた紅茶を下げて新しい紅茶を淹れる為にお湯を沸かしていると、Lはソファに座ったまま、顔だけをこちらに向けて私をじっと見ていた。
「さっきから何なの」
「シャリはシャリが普通だと思いますか?」
「意味が分からん」
「ワイミーズハウスで、シャリは変人、と言われていました。皆からです」
「変人どもに変人と言われてもね」
「そこです!」
Lはソファからピョンと飛び降りて、猫背のまま駆け寄ってきた。
台所に来たLは、私を無視して冷蔵庫からケーキを出す。
「先に食うなよ」
「これからシャリと少し議論を交わす予定なので、シャリにあげるケーキを選別するんです」
「議論を交わす時だけ、自分のケーキボックスから私にあげるケーキを選ぶんだ。おひねりかよ」
「給料、と見てもらえば分かりやすいでしょう」
「意味が分からない」
「後に分かります。ところで紅茶はまだですか?」
お湯が漸く沸き始めた、という頃合いにLはヤカンを見た。
L用のケーキボックスから二つ出されたケーキは、別々の皿に乗る。
三つ目を出そうとしたので手を叩けば、ひもじいだの何だのと言った。
ローテーブルを挟んで向き合う位置にあるソファに腰掛けると、Lはさっそく話題を切り出してきた。
「例えば、変人達の中で、一人の人間が変人だと言われたとしましょう。その一人は、変人ですか?」
「それは、論理面での話?」
「そうだと仮定しましょう」
「ともすれば、まともだね」
「それを説明して下さい」
そう言って、紙とペンがローテーブルの上、私の前に出された。
「掛け算だよ。『まとも』を『+』、『変人』を『−』と置けば良い」
まともがまともだと言う
『+』×『+』=+=まとも
まともが変人だと言う
『+』×『−』=−=変人
変人がまともだと言う
『−』×『+』=−=変人
変人が変人だと言う
『−』×『−』=+=まとも
と言うのを紙に書いて渡せば、Lはにやりと笑った。
「この前に、シャリの定義が必要ですよ」
「変人は自分をまともだと思っているって事?」
「そうです」
「ワイミーズを見れば明らかでしょ。皆が変人で、それが当たり前とされていたから、そこで言う変人はまとも、という定義が成り立つね」
皆がいかれていたら、いかれていない方がおかしいと言われるようなものだ。
尤も、これは当時のワイミーズでのみ通用する話なのだけれども。
「では、自称まともなシャリに質問があります」
「まだあるの?」
「暇なんでしょう?」
「頭を使うのは嫌いだよ」
「それでは脳細胞は死ぬ一方です。トレーニングとして付き合って下さい」
「私が付き合う理由は?」
Lはピタリとスプーンの動きを止めて、私を見た。
「なまじ頭で考えるよりも、シャリの意見を聞いたほうが面白そうだと思いまして」
「つまり、Lもお手上げなんだ」
「暇を持て余しているシャリに、話題を提供しているんです」
「それはありがたい。で、どんな内容?」
今ならもれなくエネルギーも有り余っていて、暇を潰すなら話題に乗るのも良いと思っているのだ。
それだけ暇、という事なのだけれども。
まさかLとこんなに言葉を交わす日が来るとは思わなかったよ。
「シャリは友達がいますか?」
「いるよ」
「嘘っぽいですね。まぁ良いです。言及はしません」
Lも友達がいないくせに、いちいち食い付くなよ。
言及しないって言っているけど、その発言自体が言及しているものだ。
「では、シャリに最近出来た異性の友人がいて、その友人に、結婚したいと言われました。どうしますか?」
「断る」
「速答ですね。婚期を逃しますよ」
「結婚願望が無い私は婚期云々と言われても痛くも痒くも無いよ」
「では、何故断りますか?」
「まず第一に、私は相手を知人としか見てない事。次に、最近出来た知人に好きだと言われて、その好きが何を指すのか分からない」
「明確に好きな所を言ってきたら?」
「三年後に同じ事を言えるようなら、そこから考えると言うね」
「何故三年ですか?」
「脳が一人を恋するのは、保って三年って言われるからね」
「つまりシャリは、三年後には言えないと仮定して言っているんですね?」
「三年の間に私がそいつの前から消えるっていう手もあるしね」
「はっきり断れば良いじゃないですか」
「いや、まず断るよ。何度も断っても、何度も好きだ何だと煩くてこちらがどうしようも出来ない状態だったら、そう言ってとんずらするって事」
「なるほど」
Lはふむ、と言った後、一枚の紙を出してきた。
「何これ」
「シャリと真逆の行動を取っては、男を殺した女の話です」
つまり男に告白されては結婚していたと。
事件の日付を確認すると、今から約五十年前だった。
まだ生まれてもいない時の事件だ。
何でまたこんな古い物を引っ張り出しているのか、まったく理解に苦しむね。
「金目当てだったんじゃないの?」
「存続した物を統べて、殺した夫の親族に返しています」
「殺すのが趣味だったんじゃない?」
「その人は旦那になった人以外に手を出してはいません」
つまり、夫を次々と作っては殺したって事か。
「分からないでしょ、五十年前だし」
「確かな記録です」
「ふぅん。にしても、こんな古いのが何の役に立つの」
Lは駄目な人を見る表情を浮かべて、盛大に溜め息を吐いた。
「現在起きている事件の殆どには過去で起きた事件と似ている部分があります。ですから、過去の事件を知っておく事で、発生した事件をゼロから調べるのではなく、類似点を見つけて構造を練ったほうが時間短縮になります」
「数学の公式みたいなものか」
「少しニュアンスとしては微妙ですが、言いたい事は分かります」
事件もある程度方式があるという事なのだから、間違えてはいない。
「この女性は、どんな考えで、こんな事をしたと思いますか?」
白黒の写真を見る。
印象としては、家族と穏やかに暮らしてクッキーを焼いていそうなおばさんだ。
この人が次々に男を殺していたとはね。
世の中、隣人は殺人鬼と思って生きたほうが良さそうだ。
どれにしろ、私には分からない、が回答だ。
私は性格異常者、つまりサイコパスではないからね。
こんなカマキリみたいな生き方をする人の思考回路は分からないよ。
「分からない」
「一番つまらない回答ですね」
もう少し考えろと、そういう事か。
自分をカマキリだと勘違いして、性行為をしたら男を食わなくちゃと思って殺したとか?
これだと完全なるサイコパスだ。
これをLに言っても有り得ないと一等両断されるのが関の山。
そう言えば、まだワイミーズハウスで生活している時にBから聞いた話があったな。
何だっけ。
そうだ。葬式である人に会いたい為に、親族を殺しまくった人の話だ。
これなら、案外この問題についても少しは上手く答えられるかもしれない。
「葬式を開きたかったから」
「どうしてそう思いますか?」
「葬式の時に会いたい人がいたとか、あの黒装束で人が集まる空間が好きだったとか」
「……」
Lは私をじっと見た。
何か言いたいなら、はっきり言えば良いのに。
何なんだ、こいつは。
「シャリ」
「ん?」
「シャリは変人のワイミーズハウスの人達に変人と言われた、だから自分はまともだと思っているようですが、十分に、変です」
「何を藪から棒に言うかと思えば、失礼だね」
「真実です。その回答を出す時点で、サイコパスです」
この回答がサイコパス?
何で。
「サイコパス診断というのが世の中にはあります。そこで、その解答はアウトとされるものです」
「……」
ワイミーズハウスで植え付けられた知識は、サイコパス用か。
そんな空間で生きていたら、まともな人であっても、まともではなくなるよ。
昨非今是(さくひこんぜ)
今までの間違いに気付き、今になって正しい事を理解し、悟ること
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