デスノ 君と私は足してゼロ | ナノ
2日 一擲千金
「あー、食べた食べた」
「本当に食い意地はっていますね」
「Lに言われたくない」
私の前には三十分前にはランチが乗っていた皿。
勿論今は空っぽだ。
対するLの前、もとい私とLが挟むテーブルの上だから私の前でもある場所にあるのはウェディングケーキに近い物。
ケーキ入刀するのは男一人で、しかもケーキに刺さるのはナイフではなくてフォークだ。
何考えてんだこいつ。そう思うのはきっと私だけじゃない。そう思いたい。
「胸焼けしない?」
「しません」
「あぁそう」
三段ケーキの横に置かれたパソコンを動かしながら、器用にケーキを食べている。
いや、違うな。
ケーキを食べながら、器用にパソコンにも気を配っているといった感じ。
Lの現在のメインはケーキを貪る事であって、パソコンはサブだ。
これで世界の名探偵と言われるんだから、笑ってしまう。
実態を知らないって幸せな事だね。
液晶の向こうでニコニコ笑っているアイドルの素顔を知らないほうが幸せだって言うのと同じだよ。
君
と
私
は足して
ゼロ
一擲千金
外はロンドンにしては珍しいくらい青空が広がっていた。
これだけ天気が良いのに外に出られないとは、勿体ない。
どれ、とソファから腰を浮かせれば、ついでに紅茶を、と言われる。
立ったついでに紅茶かよ。
「服の乾き具合を見に行くから、その後でね」
「珍しく従順ですね」
「暇だからだよ」
「暇ですか、羨ましい限りです」
「Lもニートになれば嫌でも暇になるよ」
そう、悲しいかな現在の私はニートなのだ。
仕事を無視してロンドンに来たから失業者であるが、失業者の定義である新たな雇用先を探していない。
それに今やっているLの身の回りの世話がアルバイトになるかも分からないからフリーターでもない。
そう、私はニートなのだ。
また就職先が見つかったら二度となれないだろうニートを、今は心の底から満喫したい。
時間に縛られないって素敵だし、横になりたければ横になれるのも、お昼の時間も決まってなくて食べたい時に食べられるのも、紅茶を飲みたい時に飲めるのも、晴れた日は外にお出かけ出来るのも、ニートならでは。
何にも束縛されないニートって素晴らしい。
とは言っても、私は貯えが無いのでニート期間は限られている。
無償で金銭面で支えてくれる人がいるなら良いが、私みたいな大人相手に下心無くそんな慈善活動している人はいない。
パトロンという手もあるが、私はその点に関しては潔癖なので嫌だし、育ての親であるワタリさんがそんなポジションに収まる私を知ったら悲しむに違いない。
ワタリさんを悲しませるなんて、論外だ。
それに私も誰かに支えられなければ生きていけない人生は御免蒙る。
誰にも頼らず一人で生きていくと決めたから、ワイミーズハウス時代には資格取得に明け暮れたし、卒業後はすぐに単身でイギリスを出てアメリカに移り住んだのだ。
今考えるとなかなか逞しいじゃないか私、と自分を褒めつつ寝室に入る。
寝室は思いの外寒かった。
早く乾燥させようと除湿しているから、仕方ない。
カーテンレールに掛かった大量のハンガーを見る。
下着は今は良いとして、上着は乾いただろうか?
朝から干して、今は午後三時。そろそろ乾いてくれないかと願いながら上着に触れる。
「お、乾いてる」
パリッとまではいかないが、水気は飛んでいるからこれなら着られる。
けれどジーンズはポケットが乾いていなくて、しかも絞りが甘かったのか、下のほうはまだ乾いていない。
「厳しいなぁ」
「代用として私のジーパンを穿きますか?」
「は?Lのを?」
部屋の入り口に立ったLは頷いて、ベッドサイドにあるトランクからジーンズを引っ張り出して私に投げてきた。
「私はゆるめを好んで着ているので、シャリでも穿けますよ」
「どういう意味?」
「そのままの意味です」
私のほうがLより太っていると、そう言いたいのか、こいつは。
体系的には事実だけど、女に対して言う台詞じゃないね。
「病的にガリガリなLと同じ体系はこちらとしてもごめんだよ」
「そうですね、女性はふくよかなほうが良いです」
「デブ専か」
「そこまでいきません。私だって、脚はスラリとしていたほうが好みです」
「お前の好みは聞いちゃいない」
見たところ、確実に穿けるサイズだ。
いつも腰パンで穿いてるLのジーンズは、実際私にとっても腰パンになりかねない。
ベルトは?と訊けば、そんな物ある訳ないと返された。
仕方ない、新しいパンツかスカートを買うまではこれで我慢するか。
「シャリ、駅前のデパートでフランス菓子のお店が新設されました」
「はいはい分かった。ジーパン借りたからね、何か買ってくるよ」
「利子は10分で一つですよ。スタートは五つからです」
「たかがジーンズにそれは、利子高すぎだろ」
「シャリが穿いているジーパン、オークションに出したらかなりの高値がつく物ですよ」
「興味がある人にとっては物凄く価値があっても、興味がない人にとってはゼロ円だよ」
「豚に真珠ですね、シャリ」
「私が真珠か」
「自意識過剰って言われません?」
「初めて言われたよ。で、L」
Lはトランクの蓋を閉める為にしゃがんでいたらしく、名前を呼ぶとベッドの端からひょこりと顔を出した。
「何ですか?」
「私の下着姿を拝みたいの?」
「目が腐ります」
「部屋から出ていけよ」
「言われずとも」
Lはさっさと部屋を出て行った。
口論ばかりしているから、時間が無駄に過ぎてしまう。
さっさと着替えて、腰からずり落ちそうなジーンズを引っ張りあげて部屋から出ると、紅茶を。と言われた。
忘れていなかったのか、この野郎。
燦々と照りつける太陽は思いの外強かった。
服はこの際だから、数日分を買った。
洗濯は出来ないと考えたほうが良いし、服は新しいのを欲しいと思っていたところだから特に無駄遣いをしたという気持ちにもならない。
パジャマも買って、下着も買う。
歯ブラシと洗顔用具、その他必要そうだと思うのを買い漁れば、手元に残るのはレシートの束。
ドルをポンドに替えるのが面倒だからと現金で支払わずにカード支払いな分、使った金額が曖昧でお金を使った実感が無いのが恐ろしいね。
今回のこの買い物は必要経費だろうからワタリさんに請求出来ないかという考えが浮かぶ。
ブランド品を買ったわけでも無いのだし、ブラックカードを持つワタリさんからすればこの金額も微々たる物だろう。けれど、欲しいと思っていた服を買ったわけだし、それをワタリさんに請求するのは流石に申し訳ない。
服買ったからこれ支払っといてね。と何処の誰があの物腰柔らかで優しい老紳士に言えるだろう。
こんな事を言える奴は、聖職者の神父やシスターを悪どい事に巻き込めるくらいの図太い精神の持ち主だ。
ワタリさんが神父では、私は絶対に悪どい事は出来ないね。
というか、私の中でワタリさんは養い親であり、バトラーであり、神父か。
何にでもなれるとは素敵です、ワタリさん。
それに比べて服屋の袋ばかりをぶら下げた私は、かなり金遣いの荒い女に見られるだろう。
良かった、こんな姿をワタリさんに見られなくて。
出来れば私もこんな格好はしたくないけれど、入り用なのだから仕方ない。
自分の物は一通り買い終えて、言われた通り駅前のデパートのフランス菓子店へ行く。
人の列があってげんなりするが、ジーンズを借りた身分だから仕方ない。
並んでショーウィンドウを見ていると、そのお店はマカロンの専門店だった。
種類が沢山あるけれど外見はただ色が違うだけだから、何が美味しいのかさっぱりだ。
どれを選ぼうかと頭をフル回転させようにも服を買うのに体力を使ったから頭が働かない。
第一Lの為に私が考える、というのがそもそも私から考える力を奪っているのだ。
これはどうしようもない。
店員が私に挨拶をする。
考える気力が無い私は、勿論この一言を吐いた。
「全部、二個ずつください」
「また、随分と買ってきましたね」
「殆ど日用雑貨だけどね」
一週間の滞在という事で、軽く一人暮らしを始められるだけの物は買い揃えた。
正直、来月の請求が恐ろしい。
「はい、L」
マカロンの詰まった箱と借りていたジーンズを渡せば、Lはマカロンの箱を見て顔を綻ばせた。
その表情はやはりガキっぽい。
そして、あれだけ価値があるだの何だの言っていたジーンズは無視かよ。
Lにとってもジーンズは価値が無いと見た。
「また随分と多いですね。何か良い事でも?」
「考えるのが面倒だっただけ。半分は私のだから」
付け加えた言葉にLが凍り付く。
ふふんと笑ってやれば、Lは眉間に皺を寄せた。
「シャリは極悪非道です。喜ばせたうえで裏切るなんて、残酷です」
「勝手に思い込んだLが悪いんでしょ?」
Lは口を尖らせて、マカロンを持っていつもの席に座った。
私は紅茶の準備をする。
「シャリ」
「何?」
「本当に食べるんですか?」
「私、まだマカロンは食べた事が無いからね、食べてみたかったんだよ」
Lは悔しそうに指を噛んだ。
一擲千金(いってきせんきん)
一度に非常に多くのお金を使うこと。豪快なふるまいのたとえ。
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