デスノ 君と私は足してゼロ | ナノ
3日 雲壌月鼈
日付を跨いで数分。
暇で暇で仕方ないからと読み始めた小説は、今では後書きのページに突入している。
小説は物語を楽しむ為に買うのだから、わざわざ作者の思想なんぞを載せるのは邪道だろうに。
本を閉じて、ソファに膝を抱えて座りながらあれやこれやと資料を見ているLを眺める。
「いつまで仕事する気?」
Lはぱっと顔を上げる。
それから私をまじまじと見て、首を傾げた。
「もしかして、眠たいんですか?」
君
と
私
は足して
ゼロ
雲壌月鼈
「もしかしても何も無いね。もう十二時過ぎたんだから、眠いに決まってるでしょ」
告げると、Lは大きな目を更に大きくしてみせた。
何だその顔。
眠いっていうのがそんなに珍しいのかよ。
「昨日早く寝ましたよね」
「疲れていたからね」
「今朝、起きたのは遅かったですよね」
「七時は十分早いよ」
「今日は何もしていませんよね」
「日用雑貨買ってきたよ。後、マカロンもね」
空になった箱を見る。
マカロンは甘ったるくて私は一つで終了したけれど、Lは何を考えたのか全部食べた。
Lは私から視線を外すと、パソコンに向ける。
「シャリはよく寝る人ですね」
「睡眠八時間がベストなんでね」
「……人生の三分の一を寝て過ごしているんですか。人生無駄にしていますね」
一般人は人生の三分の一は寝て過ごしてんだよ。
第一、睡眠欲は人間の三大欲求で一番大きいんだ。
それを無駄の一言で切り捨てるって、何だそりゃ。
睡眠をとらなければ、人は幻覚すら見る。
それをLは分かってないのかね。
「起床中、脳を活性化させる為にも八時間睡眠がベストだって学会でも言われているけど?」
「それは子どもに向けての見解です。大人、社会人となれば、まず睡眠に八時間とるのは無理です」
「だから、やる事が無い今日みたいな日に寝貯めするんだよ」
「やる事が無い、ですか」
「小説を読んでいる時点でやる事が無い証だね」
「シャリは昔から、小説は読まない人でしたね」
「他人の生き様に興味は無いからね」
本は、知識補充に役立つ資料だのなんだので十分だ。
と、そんな事はどうでも良い。
私は眠くてただでさえエネルギーが少ないのだから、討論に無駄なエネルギーを使うなんて以ての外だ。
私のエネルギーの残量はベッドに足を運ぶ分しか残っちゃいない。
「やる事が無いのに起きていても時間の無駄だから、私は寝る」
「そんなに眠いんですか?」
「眠い。それに二十二時から二時まではシンデレラタイムなんだよ」
Lは時計を見て、残り二時間もありませんね。と言った。
誰のせいだ。
言い掛けて、やめる。
こんな分からず屋と口論したところで、時間の無駄だ。
私は、寝る。
口論は翌朝にだって出来る。
「寝る」
「おやすみなさい」
「はいはいおやすみ。Lもいい加減寝なよ」
寝室へ入って、ベッドに潜り込む。
今日はパジャマだ。
安心して眠れる。
次に瞼を開けた時、窓の向こうは不思議な世界だった。
地上に雲が下りたような状態になっていて、自分がいる場所が高層ビルの最上階だと思い出す。
相変わらずロンドンの霧は濃い。
時計を見れば、朝の六時を過ぎたところ。
なかなか良い時間に目覚めたものだ。
窓辺に行く。
これだけ高い場所からロンドンの街並みを見下ろすのは今まで無かった。
下界が靄に隠れている。
これでは霧の街と言われても仕方ない。
窓辺を離れて、身仕度をしてから部屋を出る。
するとLは昨日と変わらない場所に変わらない姿でいた。
「おはよう御座います」
「おはよう。早いね」
Lは淡泊な返事をするとすぐに紅茶を、と言った。
こいつの身体は紅茶とケーキから出来ているのだろうか。
どこのぶりっこ芸能人だ。
排泄物がマシュマロです、と真顔で言う芸能人並みに有り得ない事だが、Lを見ていると本気でそれが有り得るのではないかと考えしまうから恐ろしいよ。
「Lはいつ普通の飯を食べてるの?」
「適当に食べてますよ」
「食べてないんだ」
「食べてますよ」
「頻度はどれぐらい?」
「……シャリは口だけは達者ですね」
「頭の回転が速い証拠だよ」
「ボケてなくて何よりです」
お湯を沸かす。
朝食は、私は昨晩作り置きしておいたサンドイッチで、Lは相も変わらずショートケーキだ。
私はニュースを見ながら、Lは書類とニュースとパソコンを見ながらの朝食となる。
私は良いとして、Lは確実に胃の消化に悪い。
「いち家政婦として、対象者の体を思って助言するよ。食事の時くらい仕事は止めたら?」
「それは無理な話です」
「速答かよ。少しは助言に耳を傾けたら?」
Lは馬鹿を見るような、じとりと面倒臭い相手に向けるような視線を私に向けた。
失礼にも、程がある。
「考えるまでもありません」
「考えろよ」
「では言いますが、私がここで十分間休憩を取るとしましょう。シャリならばたかが十分間と思うその時間に、何件の殺人事件が起き、何件の強盗事件が起きると思いますか?」
「私はそういったのが専門外だから、正確な数値は分かりかねるね」
「けれど、世界中、と考えれば、膨大な値になるのは分かるでしょう」
「そこまで馬鹿じゃないからね」
「そして、その膨大な数の中に、凶悪な、それこそ国を揺るがすような事件も含まれていて、しかし見たところよくある殺人事件として地方警察の手に渡り、真相は大事件なので地方警察の手には有り余って未解決とされる事件が何件あると思いますか?」
「考え過ぎじゃない?」
「シャリは考えなさすぎです」
考えなさすぎ?
私が?
そりゃそうだ。
必要最低限の事しか考えないように生きているのだから、私に関係ないことは考えないんだよ。
余計な事まで考えて生きるのは疲れる。
私にとって大切な事は、私が如何に愉快に楽しく安楽して暮らせるかという事だ。
「だとしても、L」
愉快に楽に生きたいとは思うが、口論で負けるのは私の性格に反する。
だから、こんな私にとってはまったく関係ないし話しても意味のない事でも、反論させてもらうよ。
「何ですか」
「十分の内に難事件が例えば五件出来たとして、それを全部Lが受け持つわけじゃないでしょ」
Lはケーキを一口食べて、私をまたじとりとした目で見た。
何さ、その目は。
「確かに、私が必ず受け持つ訳ではありません。ですが、現在もどんどん私には事件が寄せられます。例えば、十分間に起きた難事件五件の内、二件が私の元に来るとしましょう。十分間で二件も解決に導くのは難しいです。ともすれば、十分間すら惜しいんです」
「そんなに事件受け持たなければ良いのに。有意義にお茶する時間まで仕事に持っていかれるんじゃ、人生の楽しみがないよ」
「私は仕事が楽しいので、そうでもないですよ」
「菓子を嬉しそうに食ってる奴がよく言うよ。甘い物を食べて、その食費を稼ぐだけの仕事で良いんじゃないの?」
「私は頭を使わない事が退屈になります」
「だからずっと考えてるって?」
「退屈ほどつまらないものはありませんからね」
「ボケ防止に良さそうだ」
「シャリはボケそうですね」
「暫くはボケないけどね」
Lは呆れた、と言いたげな目線を私に向けた後、またパソコンを眺める。
同じハウス出身でここまで真逆に育つものなのだろうかと思ったが、これが個性だろうという簡素な回答を見つけて収束した。
仰け反って窓の外を見る。
下界に広がっていた霧は、相変わらず雲のように存在していた。
雲壌月鼈(うんじょうげつべつ)
両者があまりにも異なっていること。天と地、月とすっぽんのように違いすぎる意から
- 6 -
[
*前
] | [
次#
]
←
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -