デスノ 君と私は足してゼロ | ナノ
2日 怜悧狡猾
周りが変人ばかりで成立したこの学校が大嫌いだった。
勉強勉強また勉強。
そんな日々に飽きてきた頃に、ワイミーさんが私に会いに来てくれた。
「シャリさん」
「お久しぶりです!ワイミーさん!」
走り寄って腰に抱きつけば、ワイミーさんは私の頭を撫でてくれて。
ワイミーさんのお腹に頭を擦りつければ、バニラのような香りがした。
ワイミーさんの香りだ。
私はこの香りがとても好き。
その香りを自分に移したくて、更に頭を擦りつけた。
「今日のシャリさんは、甘えたさんですね」
ワイミーさんが朗らかに笑って、私の頭を撫でてくれた。
君
と
私
は足して
ゼロ
怜悧狡猾
ドン、と大地が揺れて、驚いて幸せに閉じた瞼を開けた。
なんだ、地震か?ハリケーンか?それともテロ?
任せてくださいワタリさん。
私が貴方をお守りします。
開いた瞼によって生まれた視界には、眩しい陽射しの差し込むベッドサイドに誰か立っている姿。
待て待て待て、私は一人暮らしだ。
じゃあ誰だ。
泥棒か。
覚醒した脳はフル回転して、焦点を合わせて標的を確認する。
「なんだ、Lか」
私を見下ろすそいつは不機嫌な顔。
そうだった、私はLの家政婦を一週間するんだっけ。
「いつまで寝ているんですか、もう朝の七時ですよ」
その言葉に、理解する。
Lはベッドを蹴飛ばして、私を起こそうとしたのだ。
なんという乱暴な起こし方だろう。
こんな起こし方ではベッドにしがみつきたくなる。
否、それ以前に、人が幸せな夢を見ている最中に起こすとは何事だ。
せっかく昔の幸せを再現した夢を見ていたのに。
ワタリさんが夢に出てくれる事なんてなかなか無いのに、貴重な夢に限って、この野郎。
「いつまでぼんやりしているんですか」
また揺れるベッド。
蹴るなよ。
溜め息を吐いてベッドから降りる。
ああ、よく寝た。
丸一日寝た気分だよ。
「ん〜……」
ぐーっと伸びをすれば、Lは溜め息。
朝っぱらから陰欝な奴だな。
「重たい空気吐かないでくれる?朝っぱらから気分悪くなるんだけど」
「私は朝から盛り下がりです。今日は推理力が半減ですよ」
「何?仕事でミスったとか?おめでとう」
「違いますよ」
なんだ、違うのか。
盛大に馬鹿にしてやろうと思ったのに、残念。
Lはじとりと私を見て、また溜め息。
失礼すぎやしないか。
人を見て溜め息なんて、ぶん殴りたくなる。
「シャリがネグリジェで寝ていたから悪いんです」
「はっはー、さては私の寝姿に欲情したか。金取るぞ」
「そんな訳ありません。むしろ逆です」
「どういう意味さ」
「シャリは寝相悪いですね。ネグリジェが腰まで捲り上がって、脚どころか下着まで見えていましたよ」
「見んなよ」
「おかげで気分が悪いです。精神的苦痛を受けたので、こちらが慰謝料請求したいくらいですよ」
何それ。
下半身だけであれ、人の下着姿を見た男が精神的苦痛を受けたとか、何様だ。
「だったらパジャマちょうだいよ。ネグリジェしかないのが問題なんだから」
「パジャマくらい持ってきたら良いじゃないですか。それに、昨日買ってくれば良かったんですよ」
「忘れてたんだよ」
「忘れるシャリが悪いです」
くそ、ああ言えばこう言う奴だ。
朝っぱらからこんなに気分が悪いなんて、最悪だよ。
「水着姿と変わらないんだから、そんなに嫌悪感丸出しにする必要ないでしょ」
「場所と服装と雰囲気は大切です。海なら気にもならないでしょうが、寝室で朝っぱらから、というのがガッカリでした」
「ああそうかい」
これ以上話しても面倒臭い。
まずは洗濯物やって、回している間に朝食を……って、ここホテルじゃん。
洗濯機?
そんなものホテルのスウィートルームにある訳が無い。
「L」
「はい」
「洗濯物はどうすれば良いの」
「……さあ」
さあって何だ、さあって。
でも私は下着ぐらいは洗わないとまずい。色々な意味で。
お風呂場で洗うか、仕方ない。
「時にL」
「何ですか」
「上着を着替えて。それも洗うから」
何だその怪訝な表情は。
「その袖」
指差せば、Lは猫背を更に曲げて、中途半端に持ち上げた袖口を見た。
そこにはコーヒー色の染みが付着していて、Lはああ、と気の無い返事をしてくる。
「洞察力がありますね」
「白い服なら嫌でも気付くよ」
「そうですよね、シャリが洞察力良い訳ありませんからね」
「一言余計だね」
「わざとです」
良いから脱げよ。
どうせ食事した時に袖で口元拭ったんでしょ。
汚い。
Lは仕方ないと言うようにのろのろと動いて、ベッドサイドのトランクから服を出した。
……何で同じのばかり着ているのやら。
蓼食う虫も好き好きとは言うからケーキばかり食べるのは良いとして、好きな服しか着ないというのはどうなのだろう。
着替えたLは上着を渡してきた。
「下着は?」
「今ここで着替えろと?」
「じゃあ、脱いだら風呂場に持ってきて、洗うから」
「脱いだら捨てます」
「勿体ない事するなよ」
「ブルジョアなので」
「嫌味だね」
「そのつもりで言いましたから」
「たかがパンツだけで恥ずかしがるLはブルジョア。よし、暗記した」
私は風呂場へ行く。
去り際に見たLは苦虫を噛み潰したような顔をしていて、私は少し勝利を味わった。
さて、洗濯を始めよう。
文明の利器に溢れたこの御時世に手洗いという切なさは斜め横に置いておくとして、昨日脱ぎ捨てたままの自分の服とLの上着を浴槽に入れて、湯を入れる。
お湯のほうが汚れが取れるっていうしね。
さて、洗いますか。
まずは自分の下着から。
浴槽を見れば、昨日着ていた私の服もぷかぷか水中を漂っていて……。
しまった!と思う時には遅い。
後のまつりとか後悔とか、よく言ったものだ。
「あーぁ」
出るのは溜め息なのか良く分からない声。
私の普段着は着てきた一着しかなくて、それが今は水中を漂っているのだから、溜め息しか出てこないのは仕方ないだろう。
今着ているのはネグリジェ。
私が持っている服はネグリジェと、現在水中を泳いでいる昨日着ていた服だけだ。
つまりこれが乾くまで、外出は無理だと。
「下着と同じ所に脱ぎ捨てるなよ」
悪態ついても自分に対してなのでとても虚しい。
取り敢えず、洗うだけ洗おう。
水浸しなんだし。
「随分時間が掛かりましたね」
「まぁね」
「では、紅茶をお願いします」
何が、では、だ。
人を労るという部分がLは欠落している。間違いない。
でも、私も今から紅茶を淹れて飲もうと思っていたから、良いとしよう。
正直、服が無いって事が何より私を落ち込ませてくれているから、Lの一言にあまり反応する気にはならない。
けれどLはそれが意外だったのだろう、台所にいる私を怪訝な表情で見てくる。
「何?」
「何かありましたか?」
「あったには、あった」
「何が?」
「服を洗った」
「それの何が……あぁ、さては、昨日着てきた服を洗ったとか」
「ご名答」
Lは謎が解けた事に満足したらしく、興味を無くしたのかまたパソコンと向き合った。
お湯を沸かしている間に冷蔵庫を開けて、ぎょっとする。
約三十個あったケーキ。
ケーキは三箱に分けて入れられていたと私は記憶している。
なのに冷蔵庫には一箱。
どういう事だ。
そんな事、考えるまでもない。
「L」
「シャリが夕飯の用意もせずに寝たからです」
「責任転嫁するな」
「事実です」
「だからと言って、一日で二十前後食うなよ」
「お腹が空くんです」
「痩せの大食い」
「デブの大食いよりはマシでしょう?」
「比べる事じゃない。エンゲル係数が高いのが問題なんだよ」
Lにケーキ一つと紅茶を運ぶ。
対する私は昨日買っておいた、昨日の夕飯にするはずだったお惣菜。
賞味期限は少し過ぎているけれども、昨日の今日で今は朝だ。良いとしよう。
食べ終わって、ソファに横になる。
今日一日は暇だ。
服が無いから外に出られないし、冷蔵庫の中にはケーキが約十個ある。Lはそれで食い繋ぐだろう。
……で、私は?
賞味期限切れの惣菜を食べ終えた私は、今からどうしろと。
「飢え死にかぁ」
「この飽食の時代に何言っているんですか、シャリ」
「一日これだけじゃ死ぬ」
「人間は一週間水だけで生きられますよ」
「ひもじい一日だ」
「ケーキはあげませんよ」
「ケーキばかり食べたら胸焼けする」
ソファに寝そべって目元に腕を乗せると、視界が暗くなるから目を閉じる。
不貞腐れてるんじゃありませんよ。と言われるけど、この状況では不貞腐れたくもなるわ。
「仕方ないですね、ルームサービスを頼んで下さい」
「ルームサービス?」
何そのセレブ発言。
Lはペタペタ歩いて、インテリア用に置かれているのだろう黒光りする電話に近付く。
電話の横にあるチラシを取って、私に渡してきた。
見れば、このホテルのレストランガイドと、部屋まで持って来てくれるらしいメニュー表。
「欲しい物は勝手に注文して下さい」
「部屋に他人を入れるの嫌じゃないの?」
その為の私だろうに。
他人が食事を運んで良いなら、私は此処に居ないって。
「玄関でシャリが受け取れば良いんですよ。そうすれば私が会う事はありません」
「成る程」
そうすれば部屋から出なくても食事を手に入れられるし、Lもホテルマンに会う事はないと。
「昨日からこれやっておけば良かった」
「思いつかないシャリが悪いんですよ」
「知ってて黙っているのもどうかと思うけどね」
「大人にわざわざ教えるのも馬鹿らしいでしょう?」
「気付いていない人に教えるのは優しさだろ」
「己で気付かなければいけない事が世の中いっぱいです。すぐに人に助言を求めるのは自発性の無い大人ですよ」
「別に求めてないし」
「そうですね、シャリはまだ自発性が少しはありますから」
「一言余分だよ」
「真実を語るに必要な分しか言葉を使ってはいませんよ」
「本当、腹立つ」
メニュー表を見て、どれを昼は注文しようかと思案する。
「シャリが注文する時、174も一緒に注文して下さい」
「174?」
ページを捲って、その番号に近づけばデザートゾーンが現われた。
またケーキか何かか、と溜め息混じりに一ページ捲って、ぎょっとする。
174は、ウェディングケーキよろしくな、三段ケーキだった。
「注文しない」
「食べたいです」
「ケーキあるでしょ」
「食べたいです」
さてはこいつ、ワタリさんが絶対に注文してくれないから、私に頼んできたな。
悪いけど、私はワタリさん派だからLの我儘には付き合わないよ。
「注文しないから」
「シャリは酷いです」
「何を今更」
「そうですね、今更です」
この野郎。
「Lは性悪だよ」
「世界の平和を目指す私に何を言いますか」
「食い意地が張ってる」
「シャリも同じでしょう」
まぁ確かに、一日食わなきゃ死ぬと大げさに言ったけど。
でもね、ケーキがこの室内にある現在、更にケーキを頼む奴と、食べ物が無いから欲しいという奴は立場がだいぶ違う。
三食用意がある奴と無い奴、それなら無い奴が欲しい欲しいと言うのは普通だ。
だから私は食い意地が張ってるんじゃない。
「性悪っていうのは、ルームサービスを教えたのが私に対する善意からではなくて、私にこのケーキを注文させる魂胆があったからだよ」
これを性悪と言わずに何と言う。
本当に、性格が悪いったらないね。
危うくLの望み通りに動くところだった。
「私は一石二鳥だからシャリに教えただけです。大体人生はギブアンドテイクと言うでしょう」
「教えるのがギブで、そのテイクがこのケーキだと」
「その通りです」
くそ、言い返すネタが浮かばない。
負けるなんて、冗談じゃない。
「いい加減まともな物を食べなよ」
まさに正論を言えば、Lは不貞腐れたらしくソファに座るとそっぽを向いた。
お前はガキか。
いや、ガキだ。ただのガキだ。
「私は私のを注文するから」
受話器を取って、ホテルマンが来るのが一回で済むように今日一日の分を注文する。
残れば冷蔵庫に入れば良い訳だから、少し多めに見積もっておこう。
『以上でよろしいですか?』
「はい」
「174もお願いします」
突然後ろからかかる声に振り替えれば、Lはしたり顔。
しまったと思うより早く、通話が切れた音が受話器からした。
受話器を置く場所を見れば、Lの手があって。
「何をしてんのさ」
「注文しただけですが、何か?」
「私の記憶ではLは声も姿も曝しちゃいけないはずなんだけど」
「緊急事態だったので」
たかがケーキで緊急事態かよ!
ふざけんなよ!
「手、退けなよ。キャンセルするから」
「そんな事を言われて手を退ける奴が何処にいますか」
この野郎!
手を退かそうとすれば、Lはもう片方の手に鋏を持っていて。
「器物破損はやめろよ」
「シャリがキャンセルを入れないならしません」
「どんな定義だよ!世界の探偵Lが犯罪起こすなよ!」
「ですから、シャリが……」
「あーもー分かった!勝手にしな!」
Lがメタボリックになろうが、血糖値がおかしくなろうが、糖尿病になろうが私の知った事じゃないね!
Lはそうですか、と言って鋏を捨てて、私の手から受話器を取ると定位置に戻した。
「疲れた……」
「私は結構楽しかったです」
「私の元気を吸収してるからだよ」
「ご馳走様です」
何だその発言。
まったくご馳走だと思ってないくせに。
「御粗末様」
それでもご馳走様と言われたら御粗末様と返してしまう習性はワタリさん直伝で。
ああもう早くワタリさんに会いたい。そして私を癒してくれ。
本気で、そう思った。
怜悧狡猾(れいりこうかつ)
小賢く、悪賢いこと。
- 4 -
[
*前
] | [
次#
]
←
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -