デスノ 君と私は足してゼロ | ナノ
過去話 孟母三遷
ワイミーズハウスに制服はない。
一応孤児院という事もあって、慈善活動とやらをやる一般市民が可哀想な子羊達にと支給された服から、自分に合う服を選んで貰っていくのだ。
本当は、施設としては例外的にこのワイミーズはお金があるから、ワイミーさんがカタログを持って来てその中から各自指定された金額内に収まる物を購入しているのだけれど、それでも偶に、特に成長期は靴サイズを見誤って「お恵み」の中から探す羽目になる事がある。
今回、私がそれだった。まさか足のサイズだけがこんなに大きくなるとは思わなかった。
保険医から言わせれば、将来大きくなるための地盤作りということらしいけれど、足だけデカいアンバランスな人間になる可能性も捨てきれない。
兎に角、今回届いた「お恵み」から貰った靴は、ほぼ新品だった。
想像するに、親戚が子供に買ってきた靴のサイズが既に小さくて「お恵み」行きになったのだろう。そうでなければ、箱に入ったまま届くはずがない。
サイズと履き心地はとても良いけれど、唯一の難点は色だった。派手なのである。これから暫くはこの靴なのかと思うと、憂鬱だった。
君と私は足してゼロ
孟母三遷
「ダッセー靴だな」
「分かってるから黙れよ」
Bは私を見つけるなり開口一番にそう言ってくるので、すかさず言い返すとヒャヒャヒャ、と笑われた。
「まぁ歩き方が普通になっただけマシだな」
「え?そんなに歩き方変だった?」
「指先丸めて無理に履いていただろう?変な歩き方だったぜ」
「靴が届くまで、我慢するしかなかったからね」
「他の奴から奪えば良いだろ」
このハウスには子供が沢山いて、上から下まで年齢はバラバラだ。だから他の子供で、私が今欲しいサイズの靴がもう不要になってる場合もある。そこから譲り受けて、足りない物を補っていくのが他の子供達の生き方だ。
けれど私にはそういう、物をやり取りする間柄の人が居ないから、もし欲しい物があった場合は譲り受けられるはずもなく、奪うしかない。
そこまで分かっているからこそ、Bは私に奪えと言うのだ。
「冗談。面倒事を自分から引き起こすつもりはないよ」
もし奪ってみろ、仕返しでも何でもないその強奪行為は救済の余地もないただの犯罪だ。そんな事をすれば私はただの犯罪者になる。それだけはごめんだ。
そんな馬鹿な肩書きを背負うくらいなら、少しだけ待って「お恵み」から欲しい物を探す方が良い。
面倒事を自分から起こしたくはないからね。
「お前、足のサイズ幾つなんだ?」
問われて、素直に答えればBは少し口をへの字にした。何で不機嫌になるんだよ。
「つまんねぇ」
「あ、もしかして私より足小さいの?」
無視される。つまりは正解だ。女の私より自分の足が小さいから不貞腐れているのだ。
男とか女の括りにこだわるタイプではないと思っていたのだけれど、どうやら足のサイズは別らしい。足のサイズが背丈と比例するとも言うし、私より背丈が小さい自分を想像して落ち込んだのかもしれない。
それはそれで、面白い。
「ちゃんと食べないと大きくなれないよ」
「足だけでかくて背は俺と一緒の奴に言われたくないな」
「私は成長が保障されたようなものだからね」
「男の成長期は女より遅いんだよ」
そう言って寮の方に行ってしまう。授業をサボるつもりか……まぁ私もサボるんだけど。
教室には向かわず、そのままの足取りで図書室に向かう。
書籍が傷まないように空調管理された空間は少しカビ臭いけれど気持ち良い。照明もいつも同じだ。
いつもの席に向かうと、そこに久しぶりに見る先客が居て、私の気持ちはみるみるうちに萎んでいった。
人のお気に入りのエリアに、何で居るんだよ。
「L、此処に居るってことは暇人なの?」
「開口一番がそれですか……それよりも随分と悪趣味な靴を履いていますね。どういった趣味なんですか?気になります」
「好きで履いているわけではないよ。これしかないから履いてるだけ」
「どなたかのお下がりですか。ですが私が思うに、あなたはおさがりを貰えるほど仲の良い人はいないはずです」
「いちいち煩いね。これはワイミーズハウス内でのおさがりではなくて、一般市民からの寄付品だよ」
「はぁ、成る程。売れ残りですかね」
売れ残り、という言葉に、それもあるかもしれないと気付く。靴屋が慈善活動をしていたら、この靴は靴屋が売れ残りをくれたのかもしれない。
それならば趣味の悪い色も、箱に入って新品同様だったのも納得がいく。
「サイズは幾つなんですか?」
「うっわ、嫌なデジャヴ」
「……サイズを訊かれたんですか?」
「まあね」
Lは口に親指を押し当てて、指を吸っているのか指の腹を噛んでいるのか、唇の形を変形させる。
気持ち悪い。
お前の親指は、赤ん坊のおしゃぶりかよ。
「ああ、Bですか」
「何でそう思ったの?」
正解を導き出されて、思わず疑問を口にしてしまう。馬鹿にされるなと直ぐに気付いたけれど、口から零れた言葉が相手の耳に届いてしまっては無かった事には出来ない。
自分で考えろ、と言われておしまいかな。
「あなたとそういう話をするのは、Bくらいですからね」
回答を見つけられなかったと馬鹿にするでもなくあっさりと答えを口にするLに、Lを作る為に日々質問する子供を見下す大人は教育方針を見直したほうが良いのではないかと思った。
Lは疑問に対して、答えを隠すことはしない。尤も、それは私の知能は低いと判定して、考えさせる時間が無駄だからかもしれないけれど。
「LってBの事を意識してるよね」
「彼の行動は目に余るものが多いので、必然的に視界に入るだけです。少々、いえ、大いに、のほうが良いでしょう。彼の頭脳は素晴らしいけれど、それでいて、危険性が強い。Lになるのではなく、別の怪物になる可能性が高い」
怪物とは随分な言われようだけれど、日々の行いを思えば当然かもしれない。
簡単に人の目を潰すのがBだ。いくら私でもたかだか水をかけられただけで報復にそこまではしない。
自分がされたのと同等か、それより少し意地悪を返すくらいだ。
それなのにBは、何も当人はされていないのに「何となく」で相手を嬲り、最悪は殺す。
「あなたはBと親しくしていますが、Bをどう見ていますか?」
「何?Bのプロファイリングの為に今日此処で待ってたの?」
馬鹿馬鹿しいとは思わない。
Lは探偵で、悪を裁くのだ。今手元にあるBを悪の種と感知しているならば、プロファイリングして悪だと確認次第、摘み取るなんて訳ないだろう。
「ワイミーズハウスの中で、狂った」
「……それは、ハウスが悪だという事ですか?」
「L程の頭脳なら分かるんじゃない?この中にいる奴に、マトモな人なんていないよ」
マトモなら、きっと発狂している。
Lになれ、Lになれ、と知恵の実ばかり食わされた頭でっかちの子供は知恵の使い方も分からず、善悪の見境もなく興味本位で覚えた事を実践する。
その行為による結果も分かっているくせに、知識を試したいが為に楽しんでそれをやるのだ。
それに耐えられる神経を持っている時点で、それを楽しんでやれる時点で、マトモではない。
「そうですか」
下唇を指で挟んでみょーん、と伸ばすL。
何だその態度は。馬鹿にしてるのか。
本をゆっくり読めそうもないし、部屋に戻ろう。
椅子から降りて本を畳んで脇に抱えると、Lは戻るんですか?と問うてくる。
「部屋に戻るんだよ」
「授業は?」
「受ける訳ないじゃん」
じゃあね、と言ってテーブルから離れると、C、とアルファベットを発するL。
それは、私を表すアルファベットだ。たった26文字の中の一文字。それが私の名前。
「何?」
「これ、あげます」
投げ渡されたのをキャッチすると、それは真新しい白いコンバース。
「何これ」
「私の足のサイズと同じですからあげます」
「は?施しのつもり?そんなに私が惨めに見えたの?」
不特定多数への施しから貰うなら、相手は私を知らないからプライドはまだ傷付かない。けれど、私の為にという施しを受けるなんて、冗談ではない。
「いらない」
「そんな悪趣味な靴を履いているとワイミーズの評判が下がります。孤児院の中でも見た目が綺麗で通っているんですから」
Lは裸足のまま床に足を下ろして、ペタペタと歩き始める。
「あなたへの施しではありません。ワイミーの為です」
では、とそのままドアをスライドさせて、廊下に出て行ってしまった。
手元に残るコンバースと履いている悪趣味な靴。
悔しいけれど、私は靴を脱いだ。
孟母三遷(もうぼさんせん)
子供は周囲の影響を受けやすいので、子供の教育には環境を選ぶことが大切であるという教え。
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