デスノ 君と私は足してゼロ | ナノ
過去話 残忍酷薄
教室に入った私が最初に感じたのは敗北感。
それは規則正しく並んだ勉強机の一つ、いつも私が使っている机に異変があったからだ。
机の上に何かが乗っている。
それが一輪挿しだったら可愛らしい悪戯だと鼻で一笑して済んだだろう。
しかし此処はそんなに優しくはない。
未発育なくせに脳は秀才という奴らの収容所では、年相応の可愛い悪戯は望めないのだ。
私の机の上には鼠の死骸。
しかも三つ。
一匹はそのまま、一匹は腹を開かれ中身が引き摺りだされていて血なまぐさくて、一匹は生物室にあったホルマリン漬けの物で白くなっている。
私をチラチラと見る奴は主催者ではなく傍観を決め込んでいる野次馬。
クスクスと愉快そうに口元を歪ませて私を見る奴は主催者。
目をそらす、反応を見せない奴はこういった事を馬鹿にしている少しはまともな奴。
仕方ないか。
まだ来ていない奴の机と自分の机を交換する。
周りは驚いた顔をしたが、私は何とも思わなかった。
勉強机はどれも同じなのだから、交換したところで“机”という意味では何も問題はないのだ。
机を交換した私は自分の席につく。
窓から入る風は心地良いけれど、周りの空気はチクチクと私の身体を刺すようだ。
まぁそれも慣れたもので、私にとっては何でもないのだけれど。
VとZが受けた仕打ちは、誰一人として私がやったとは思っていない。
だからこそ、今もこんな事が出来るのだ。
そうでなければ、こんな馬鹿げた事をすれば次は自分が精神病棟に送り込まれると怯えるはず。
ああ本当に、教師が一番馬鹿だ。
ガキどもですら信じていないJの発言を鵜呑みにするなんて。
それとも教師は、Bが怖くて私を犯人に仕立てただけなのかもしれない。
もしくは、面倒だから私を犯人にして事を集結させたか。
ああ、くだらない。
他人の発想など考えるだけ無駄だ。
私はそいつではないのだから、そいつに思考にならえをする必要はない。
私が机を変えた奴が教室に来て、悲鳴を上げた。
ちょうどチャイムと重なって、実に耳障りだった。
君
と
私
は足して
ゼロ
残忍酷薄
「あ、居た」
「居たらあなたに不都合でも?」
「居たから居たって言っただけ。理由なんて無いよ」
相手はギョロリとした目で私を睨むけれど、ギョロ目過ぎて睨むというより凝視する感じだ。
相変わらず分厚い本を読みながら椅子の上に体育座りをしているそいつと向き合う席に座る。
午前中でも日当たり良好。
此処はなかなかに快適だ。
「授業はどうしたんですか」
「その言葉、そっくりそのまま返すよ」
「私は良いんですよ。受ける必要がありませんから」
「あーはいはい。Lは頭が良いから受ける必要はないって事ね」
わざとアルファベットを強調して言葉にすれば、相手は少し驚いた顔。
馬鹿なL。
素知らぬふりしていれば私の勘違いだ何だと言って、私みたいな奴一人くらい丸め込むのは造作もないくせに、表情で私の発言が正解だとあっさりとバラした。
これが誰もが望むたった一つのLという玉座に座っている男だと言うなら、そんな馬鹿げた事はない。
表情を変えず相手に気取られないという初歩が出来ていないのだから。
「随分と早くに正解にたどり着きましたね」
「生まれてからずっと此処の住民やってるんでね、どのアルファベットが誰を示すかは把握してるよ。私と年が近くて一度も見たことないアルファベットがLしかないってだけ」
「あなたはコインロッカーベイビーですからね」
私の経歴も調べ済みか。
隠しているつもりも無いから知られたところで不快感は無いし、私がコインロッカーベイビーなのはなかなか有名らしくてワイミーズの噂好きは大概知っている真実だ。
ロンドンの駅にあるコインロッカーに放り込まれていた私をたまたまワイミーさんが発見して、そのまま私をハウスに入れた。
ただそれだけ。とは言え、能力がある子供だけを収容するワイミーズハウスに能力検査もなく収容された私はかなり珍しい存在なのも事実。
大方、優秀に囲まれ、優秀な者に勉学を教わったら優秀に育つかを試してみたかったのだろう。
自分を実験のモルモットだとするこの考えは自分から見ても卑屈に思えるけれど、このハウスは教育実験の場なのだから強ち外れていないと思う。
それにしても、わざわざ確認するように私の経歴を調べたと明かさなくても良いのに。
事実を調べたならば、本人に確認など無用なのだから。
人は自分の事を調査されるのを好まない生き物だ。なのに調査したと言う。
人との間に摩擦を生じさせたいのかね。
面倒を好むとは、存外Lも愚かだ。
否、もしかしたら不快にさせるのも何かの策の内かもしれない。
では、私の表情の変化で何かを推理したいとか?
馬鹿馬鹿しい。
周知の事実をLに言われたところで、顔色一つ変わりはしないね。
「あなたは憎みますか?」
突然の問いに思考が空論から現実に引きずり戻される。
「何を?」
問い返せば、ロッカーに入れられた事を、と言われた。
その表情は無表情。
声にも同情の欠片は一つもない。
だから私は机に乗って拳を相手の顔面にぶつける事も、手元の本を相手に投げる事もしなかった。
「今は衣食住が賄われているから、捨ててもらえてラッキーだよ」
「捨てられていなくても、衣食住はあったかもしれませんよ」
「捨てたいガキに対して、どれも満足に与えられるとは思えないね」
本心を告げれば、相手は口元を緩ませた。
そうですね、と言ってLは椅子から降りると、椅子に座っていた時と同じ背を丸めた格好でヒョコヒョコと歩きだした。
その後ろ姿は老人みたいだ。
猫背はみっともないなと思っていると、扉が開いた。
扉、と言っても今Lが出ていこうとしている扉ではなく、私達からは遠い所の図書室の扉だ。
Lはその音を耳にして、直ぐ様図書室を出ていった。
私には姿を晒しても良いけど、他には駄目らしい。
それにしても、何が言いたかったのか分からなかった。
否、分からなくていいんだ。
私はL出はないのだから。
「お前は辛気臭い場所が好きだな」
そう言って奥から現われたのはB。
周りをキョロキョロしている。
「どうしたの?」
「もう一人、居るんじゃねぇの?」
ああ、さっきの扉の音で誰かが図書室に来たと思ったのか。
真逆だよ、B。
「もう一人なら出ていったよ」
「何だぁ?そいつ、お前と仲良いのか?」
「まさか。他人だよ」
「どこの誰だ?」
「知らないよ。私、Bみたいに他人に興味を持てる人間じゃないんでね」
Bは他人に興味を持つ。
常にトップを望む気質を持つBは、自分より上位な人間には執着といっても過言ではないくらい、意識を向けるのだ。
そんなBにLと会ったなんて知られたら、面倒ごとになるのは目に見えて明らかだ。
面倒ごとは避けたいから、私は嘘を吐く。
Bはつまらなそうにした。
私が他人に興味を持たないのをBはよく理解しているから、私がこんなくだらない嘘を吐くとは思っていないのだろう。
それで良い。
「B、鼠はどうなったの?」
「あれなら、馬鹿が泣きながら片付けたさ」
馬鹿が誰を指すかは分からない。
大方、その席の奴だろう。
私はそう、と言って欠伸をした。
今日は少し、気分が良い。
残忍酷薄(ざんにんこくはく)
他者に対する思いやりがなく、むごたらしいさま。人の性質にいう。
- 26 -
[
*前
] | [
次#
]
←
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -