デスノ 君と私は足してゼロ | ナノ
過去話 邂逅相遇
廊下を歩いている最中に授業開始の音が鳴った。
近づく教室からは男性の声。教科書を朗読しているようだ。
扉を勢いよく開けて、私は持ってきたバケツを思いきり振る。
すると遠心力に任せて水が教室内に舞う。
悲鳴が上がる。
ざまあみろ。
君
と
私
は足して
ゼロ
番外 邂逅相遇
水が物体に当たる音が響く。
悲鳴の後には静寂が訪れて、水の滴る音だけが教室内に響く。
教科書もノートも机も人間も水浸し。
対する私も水浸しだ。
教師が怒りに戦慄く身体をぐっと押さえながら、私のアルファベットを叫ぶ。
「C!何をするんだ!」
教卓にぶつかった水が跳ねたのだろう、教師も上着が濡れて密着しているから体型が露になっている。
顔を歪めているが、そんなみっともない格好で怒りを露にしていても滑稽なだけだ。
「水をかけました」
「どうしてそんな事をする!」
「同じ事をやられたからやり返しただけです。それのどこに問題が?」
私の場合は階段を上っている最中に上からバケツが降ってきた。
中身の水だけが命中したから良かったものの、バケツ本体が当たっていたら洒落にならない状況になっていただろう。
階上からバケツを投げてきた奴等はクラスの中央に点在しているので見事水浸しになっている。
お返しだ。
ざまあみろ。
「謝りなさい」
「嫌です」
「なら私の授業に出るな!顔も見たくない」
「貴方がそう言うならそうします。元々つまらない授業ですから惜しくもありません」
空になって軽いバケツを持つ。
教師がまだ何か言うが、顔も見たくないと言ったのは相手だ。振り向かないでおいてやろう。
歩く度に水が入った上履きは音をたてる。
服は一度絞ったからそこまで張り付いてこないけれど、体温を奪うのはそのままだ。
日当たりが良い場所はどこだろう。
北側は特別教室で鍵がかかっているし、第一日当たりが良くない。
南側は殆んどが教室。
否、図書室と保健室がある。
図書室に行こう。
バケツを元の用具入れに戻してから、存在を主張するようにペタペタと鳴る足音を引き連れて図書室のドアを開ける。
風が通り過ぎて鳥肌が立った。
寒いったらない。
早く席に座ろう。
でも人に見つかって授業を抜け出したと騒がれでもすれば厄介だ。
本棚の間を抜けて奥まで進む。
足音が棚の間で反響して喧しい。
奥まで行って、南側の陽が射している席を見た。
おかしい、人が居る。
人間が椅子の上に座って膝を抱えるようにしながら、飛び出してきそうな眼球でこちらを見ている。
机の上には読み途中だろう本が開かれたまま置かれている。
屈葬のように身体を丸めている同年くらいの人は何も言わない。
私も何で居るんだとは言わない。
私には私の事情があるように、彼には彼の事情があるのだろう。
「前、座っても良い?」
「……どうぞ」
陽の当たる席に座る。
上靴を脱いで靴下も脱ぐ。
机の上に並べて陽に当てる。乾くだろうか。乾いたら良い。
床に足を置くのは汚そうだから、私も向き合う席の人と同じ座り方になる。
髪が張り付いてうっとうしいので横に流す。
ボサボサな黒髪をした人は自分の口に指を持っていって、こちらを凝視している。
「寒中水泳でもなさってきたんですか?」
「今プールに入ったら病気になるよ」
冬のプールは藻や枯葉が蓄積して、ボーフラが涌いている。
そんな水だったらぬるぬるするし、まず臭い。
臭いもしないしぬるぬるもしないから、プールの水ではないだろう。
「何の水ですかね」
「とりあえずトイレの水でないことを祈るよ」
「臭いは?」
「ない」
「そうですか」
座敷わらしのような男は画集の様に大きい本に視線を向ける。
目の下に濃い隈を携えた眼球は文字を追って機械的に動く。
陽が当たって暖かい。
乾燥し始めた肌が少しひきつる。
授業が終了したのだろう、チャイムが鳴った。
「次の授業に出ないんですか?」
膝に額を当ててうつらうつらとしていたら、声をかけられる。
前を向けば、ギョロリとした眼球の男はじっとこちらを見ていた。
「出ないよ」
にべにもなく告げれば、相手も淡白に返してくる。
「授業放棄ですか」
「君もでしょ?」
「知っている内容をわざわざ他人の口から説明されるのは時間の無駄。だから出ないだけです」
「つまり先生から学ぶような内容は全てを知っていると」
「全てではありません。貴女はどうなんですか」
「全てを知るなんて不可能だよ」
「違います。自分で出来るか、他人の口から説明を受けなければならないか、と云うことです」
「自分で出来るよ。教科書を朗読するしか能のない教師に教わる事はないね」
さっきの男の教師はまさに典型的な駄目授業しかしない。
教科書を読んで、端に載っている内容を自分の知識のように振る舞う授業だから、受けるなと言われて内心喜んだ。
あんなつまらない授業、こちらから願い下げだ。
「つまらなそうな授業ですね」
「とてもつまらないよ」
「それはそれは」
会話が途切れる。
けれど気を使う必要はない。
知らない他人に気を使うことほど面倒な事はない。
燦々と降り注ぐ陽射しに服がパリッと乾く。
太陽が高くに昇っていて、そろそろ授業に出るべきだろうと思って立ち上がる。
「授業に出るんですか?」
「うん。鞄を置いてきたのも気になるから」
「今更でしょう」
「今更でも、取りに行くよ」
靴下と上履きを履いて椅子を降りる。
「授業楽しんできて下さい」
「そっちは出ないの?」
「気が向いたら出ますよ、今のCの様に」
「あぁそうですか」
図書館から出て教室へ向かう。
もう上履きは変な音を立てない。
「……」
いつ私はあの男に名乗っただろうか。
邂逅相遇(かいこうそうぐう)
偶然の出会い。
思いがけずひょっこりと巡り合うこと
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