デスノ 君と私は足してゼロ | ナノ
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君
と
私
は足して
ゼロ
捨
捨選択
「行きましょう」
「行きません。お二人でディナーを楽しんでください」
「
行きましょう」
「マジ!?」
Lは「は?」という顔をした。
否、私がは?なんだけど。
だってLは出不精で人間嫌いというか人間怖いの生き物だから、他人に顔を見せる事になる外に出るなんて到底考えられない。
第一協調性のカケラも無いのだ。自分が行きたいから行くはあるのだけれど、誰かが誘ったから行きたくないけど行くなんてあり得ない。
どういう風の吹き回し?
「ワタリのことです。貸切にしているのでしょう?」
「まぁそうだけど」
「それなら問題ありません」
そんな軽いものだったのか…。
信じられない。
てっきりLのことだから行きたくないと駄々を捏ると思っていたのに。
「それで、時間はいつからですか?」
「夕食の時間って言っていたよ」
「アバウトですね」
親指の腹を唇に押し当てながら床を見るように眼球が動く。今頃夕食の時間の一般的な定義をその優秀な脳味噌の中で探しているに違いない。
常識が無いっていうのも大変だね。
「18時くらいじゃない?まぁワタリさんを待たせるのも悪いし、少し早く行こうよ」
「私が待たされるのは良いんですか?その間に一つの事件が解決するかもしれないのに」
「今こうやって追いかけっこしてる時間の方が勿体無いと思うけど」
「えっ、まだ続けるんですか?」
「当たり前!」
ワタリさんに会える日に、手に傷がある状態にしたLを絶対に許さないからね。
追いかけるけれどLはひょいひょいと逃げる。このガリガリのどこにこんな身体能力があるんだ。
「シャリ、息が上がっています。それにそろそろ私も仕事に戻らなければならないので止めましょう」
確かに仕事に支障をきたすのは良くない。
ワタリさんだって望まないだろうし、何よりこの事を夕食の場で言われでもすればワタリさんの中での私の株が大暴落する可能性は大だ。
私も性根は負けず嫌いだから一回は一回でやり返したいけれど、今回ばかりは我慢しよう。食事の席でワタリさんに労わられるLを見たくないしね。
「さっさと仕事済ませて、夕食に遅刻しないようにしてね」
「おや、随分従順ですね。何か悪い物でも食べたんですか?」
「この後に良い物を食べるから我慢してるんだよ」
「へー」
こいつわざと煽ってるだろう。
唇に親指を当てたまま首を傾げて、元々でかい目で驚いてますと言わんばかりに見てくる。
腹立だしいったらないね!
しかしここで抑えないとまた部屋で暴れてしまう。
この部屋を片付けてワタリさんに返すのが私の仕事だ。
Lは勝手に探偵業を始めるだろうから、私は掃除機をかけたりしよう。
深夜回ってるけどワタリさんとの食事を考えたら興奮して眠気吹っ飛んじゃったし、朝に寝て昼過ぎ起きれば問題ないでしょう。
あ、起きてからベッドを綺麗にするのを忘れないようにしないと。
「シャリ」
足跡のついたテーブルを拭いて、掃除機の準備をしていると、Lは仕事の姿勢のままこちらを見もしないで私の名前を呼んでくる。
昔からこいつは私のことを二人きりの時はアルファベットではなく呼んでいたし、社会に出た今はシャリと呼ぶ人の方が圧倒的に多いから違和感はないけれど、まるで犬猫みたいに気軽に名前を呼ぶのはやめてくれるかな。
「ん?」
そう思いながら反応してしまう自分は、やはり上機嫌なのだろう。
そうでなければ無視するに決まっている。
「夕食、楽しみですか?」
「そりゃあワタリさんとの食事なんて随分と久しぶりだからね」
「そうでしょうね」
「Lは楽しみじゃないの?」
解答を分かっているくせに尋ねると、Lは長い溜め息を吐いた。
こいつ、良い性格してるよ本当に!
「シャリはやはり馬鹿ですね」
「全然楽しみにしていないって理解してるよ」
「なら聞かないで下さい」
「そのくせして行く気になったんだから、Lも十分ワタリさん好きだね」
Lから物が投げられる。
キャッチすると、それはチュッパチャプスだった。
これ舐めて口を閉じろって?
「甘えん坊」
「シャリほどではありません」
「どうかなー?四六時中ワタリさんと居たLの方が、会えなくて寂しい気持ちは強いんじゃないの?」
「黙って下さい」
「飴はいただくよ」
包装紙を外して、チュッパチャプスを舐める。
Lの見立てだけあって甘ったるいキャンディだ。喉が焼けそうだね。
夕食の時間、Lは服装はそのままでというのを譲らず、私もドレスなんて持っていないからそのままの格好で貸切の高級だろうレストランに足を踏み入れる事となった。
大人二人みずぼらしい格好だと言うのに、背筋を伸ばしたウェイターは優しく薄暗い店内を案内してくれる。教育の行き届いていることで。
磨き上げられた漆黒の床に反射する沢山の間接照明の光。なんともアダルティな雰囲気だなぁと感心する。私はこんな場所とは一生無縁だと思ってたのだけれど。
ピアノからある程度離れた距離で、けれど夜景が見える窓辺ではない、きっとLの姿がどこから見ても見えない場所だろう所にワタリさんは来ていた。
「済みません、遅れました」
「いいえ、私も来た所です。竜崎がここに足を運んでくださったこと、嬉しく思います」
「それは良かった。久しぶりの親孝行です」
竜崎、と呼ばれたLは椅子の上に体育座りして、にいっと笑顔。
こいつワタリさんの前ではこんな笑顔見せるんだ。意外だなぁ。
運ばれてくるフルコースは、Lの席だけ違う物だった。
私の前に出てきた前菜はマリネ、ディップ、ジュレだけれども、Lの前には金色の飴細工にゼリー、しっとりとしていそうなクッキー。
ワタリさんがLの為だけにこんな献立を考えて作らせたのかと思うと、本当にLは贅沢者だと思う。今だって、まるで頭の周りにお花が咲いているのが見えそうな雰囲気を撒き散らして、ナプキンもマナーも一切守らずに美味しそうに素手掴みで食べ始めている。
私はといえば、高級食材の良し悪しなんて分からないから、キャビアだフォアグラだと高級食材を列挙されても普段食べる安物の方が美味しいなと思ってしまう。
安物に慣れた舌に高級品はどうにも味が薄く感じる。ここはフレンチ料理なのだろうか?
薄暗い、それこそドラマや映画で色っぽい男女がグラスを傾けるような空間だから、ファストフードやジャンクフードみたいなコッテリとした味付けは好まれないのかもしれないけれど。
「シャリさんとの生活は如何でしたか?」
ワタリさんからの問いにLはチラリと私を見る。
「新鮮でした」
口角をキュッとあげて見せた顔は、腹立つ笑みではなく本当に楽しかったという笑顔。
こいつ、ニヒルな笑み以外も出来たんだ。
「それは良う御座いました」
カチャカチャと、食事の音が再開する。
私に対する質問が無いのは、あくまで私は雇われた側であって、金を払っているのだから聞くに値しない人間だということなのだろうか。
まぁ、事実そうだ。
雇い主はワタリさんで、対象はL。
私はあくまで雇われた側。
それにしても、もう少し楽しく食事を出来るかなと思っていたのだけれど……あまり話は出来なさそうだ。
店内を流れるクラシカルな音楽が会話の代わりに空間を振動させている。
とはいえ、高級レストランらしく空気を読んで言葉を飲み込むほど私は出来た人間では無いし、アメリカに移り住んでからというもの自己主張の必要性は体感して理解している。
「ワイミーさん」
「如何なさいましたか?料理がお口に合わなかったでしょうか」
「いいえ、とても美味しいです。とはいえ、私はファストフードばかり口にしていたので味の良し悪しにそこまで細かく話せませんが……。それよりも、この一週間をワイミーさんはどのように過ごされていましたか?息抜きは出来ましたか?」
「ええ、とても良い一週間でした。ですがやはり、私は竜崎と共にいることに慣れているようで、ついあれやこれやと考えてしまいましたね」
職業病、否、過干渉気味な親のような発言に、いささか驚く。
ワタリさんが公私を混ぜるタイプになっているとは思わなかった。昔は全く違ったのに、やはり年だろうか?人は年を取ると情を持ちやすくなるとも言う。
否、ワタリさんに限ってそれは無いか。この人は捨てる時はすっぱりと切り捨てるタイプだ。自分さえも。
では、今の言葉はなんだ?この珍獣Lの相手をし過ぎて少し感覚が変わってしまったのだろうか?
手が掛かる子程可愛いと言うしね。
「シャリさんはどうでしたか?」
「え?」
「竜崎との生活です」
Lを見る。Lは何か?と言いたそうにこちらを凝視して来た。
その飄々とした面構え、本当に腹立だしいよ。
本当は2度とごめんですと言いたい。
言いたい、が!それを言うとワタリさんの息抜きのための逃げ道の一つを塞いでしまう事になりかねない。
それだけは嫌だ。
「なかなかエキサイティングでユーモアがある生活でした」
「それは、良かった、という意味でしょうか?」
はい、と言わなければ、ワタリさんは息抜きをしたい時であっても、二度と私には頼み事をしないだろう。
答えが決まっているのに、訊ねてくるんですね。
そういう強引なところも本当に好きです。
「はい、良かったです」
「そうですか」
ワタリさんが朗らかな笑顔を浮かべる。
紳士的な笑みではなく、本当に、本当に幸せそうな笑顔だ。
なんて可愛い老紳士なんだ!!!
このテーブルが無ければワタリさんに突進してハグしていたに違いない。
「では、シャリさんは無職になったのですし、このまま生活を続けて下さい」
「は…。は?」
ついはい、と肯定しそうになって、私は口をぽかんと開ける事になった。
このまま、生活?どういう意味?
「竜崎のこと、よろしくお願いします」
「いやちょっと待って下さいワイミーさん」
「シャリ」
「お前も何か言えよ!毎日私と言い争いなんて嫌でしょ!?」
Lを睨み付けると、Lは口角を上げてニンマリ笑顔。
こいつ、何を企んでる?
「私はエキサイティングでユーモアある毎日、結構好きですよ」
何言ってんだ?
このままじゃ私がずっとワタリさんの代わりにLの面倒見なくちゃいけなくなるじゃん!勘弁してよ!
「シャリさん、大丈夫ですよ、私も仕事の時は竜崎と共に居りますから」
「全然フォローになってないですよワイミーさん!」
本当に私が見るの?こいつの面倒を?一週間で脳内血管が何回切れそうになったか分かってないのか?いや分かる訳無いか、人の脳内血管の事情まで知ってたら流石に気持ち悪いったらないね。
いや違う今はそういう事を考えるのではなくて!
「よろしくお願いしますよ、シャリさん」
ワタリさんが握手を求めてくる。
これを握れば交渉成立。握らなければ交渉決裂。
あんまりですよ、ワタリさん。
私がワタリさんの差し出した手を握らなかったことが一度たりともありましたか?
「よろしくお願いします」
こうして私は代替え品が沢山ある社会ネジから、たった一人の探偵Lの補助となった。
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「
行きません。お二人でディナーを楽しんでください」
「そう言うと思ったよ!」
畜生!
どうにかして連れて行かないと、ワタリさんになんて言ったら良いか分からない。
でもこいつはどれだけ情とやらに語りかけたとしても、そもそも心が無いから「情?何それ?」レベルになって立て板に水になる事も分かっている。
分かっているけれど、流石に腹が立つ。
ワタリさんに必要とされているのLであって私ではないのだから私はLを連れて行かなければならないのだ。
それを知っているくせに、そして私がワタリさんの願いは絶対だという考えであるのも理解しているくせに、この態度。
ただ、ワタリさんの依頼はあまりにも無理難題なのだ。
Lは世界のLであって、常に命の危険がついて回る。
そんなLを例えホテル内であったとしてもレストランまで連れてこいというのは、ワタリさんらしくもない提案だ。
万一ワタリさんの正体に感づいた奴がいたとして、尾行されていたらどうするのだろう?
そうだよ、Bがワタリはワイミーだと口外していたら?
それこそLの正体を掴まれたら、ワタリさんもLも命が危ない。
彼等は全てに正体を隠しているせいで、守ってもらうのすら難しい存在なのだから。
そして何より、一緒にいる私の命まで危険に晒されるのだ。冗談じゃない。
どうしようかな。
Lを連れて行けないのは確定だから、私だけ行こうかな?
ワタリさんにはLを連れて行けなくて申し訳ないけれど、私としてはワタリさんと二人きりのディナーというのはとても嬉しい。
この一週間、我儘なL相手に頑張った自分へのご褒美をいただけているのかと思うレベルだ。
Lを見る。
Lは1人で行ってはどうですか?と私を見ずに言ってきた。
「そうだね、行くよ」
「んー…いいや」
ワ
タリさんと会った時には、私一人で来てごめんなさいすれば良いでしょう。
Lはそうですか、と言ってディスプレイと睨めっこをしている。
あのボサボサヘアの中にある脳味噌は、今頃フル回転しているのだろう。私の与り知らない世界の話だから、水をさす事はしない。
私はひとまず風呂に入って寝よう。起きたら部屋掃除して、Lの食料を買って、それからドレスを用意しなくては。
ぐっすり寝ても慢性化した隈はとれないけれど、仕方ないか。毎日の積み重ねだから、今日だけ多く睡眠をとったからといって隈は無くならない。化粧で隠すしかないね。
掃除して、引き篭もりなLの分の食事を買いに出かけて、ついでに高級レストランであろうからと少し奮発して服を選ぶ。
ロンドンの中心街だけあって私が買う安い店に比べて一桁も違うし、これからの生活を考えたらあまりお金の浪費はと戸惑ってしまいそうになるけれど、ひとつ良い服を持っていれば何かの時に役立つのだから買っても良いだろうと思って1着購入する。
「とてもお似合いです」
「そりゃどうも」
店員のお世辞の声はスルーして、ドアマンの隣をすり抜けて陽射しの下に飛び出す。
なんて清々しいのか。
まるで新しい門出を祝われているみたいだ。
Lはこの陽射しを感じる事もなく、今も事件解決に勤しんでいるのだろう。そう思うと、私はLではないただのCなのだなと思えてくるから不思議だ。
私はLにならなくて良かった。本当にそう思う。
あんな生活、私には無理だね。
Lは先天的にあの生活スタイルだったのか、後天的にあの生活スタイルになったのか知る由もないし興味も無いけれど、出来れば先天的にあの生活スタイルであれば良いと思う。
Lになったから外の世界を捨てたのだと思うと少し哀れだ。
だったら元から外なんて知らずに生きていたほうがよほど良い。
まぁ、私がLの事をどう考えどう思おうが、Lにとってはどうでも良い事なのだろうけれど。
Lにとって過ごしやすい空間があれば良いのだ。
それがあのホテルの一室なのだろう。
どれ、これから私はお楽しみの時間が来るのだから、Lにも少しは良いスイーツを買って行ってやるとするか。
部屋にケーキと、それから食べられずに捨てられるのだろう夕食も置いて、着替えて荷物を持つ。
多分、この部屋を出たら私はもう此処には戻って来ないだろう。
この部屋を出て食事をして、ワタリさんと別れた時には私はワイミーズハウスなんで知らない、Lなんて知らないただの一般人になるのだ。
「バイバイL。達者でね」
「はいさようなら」
せめて一週間お世話有難う御座いましたはないのかと喉元まで来て、即座に飲み込む。
私は雇われた身だし、そもそもこいつに感謝の言葉を求める方がおかしいのだ。
ホテルのスイートルームを出て、伸びをする。
やっっっと!!!自由だ!!!!
無職になった瞬間でもあるから、本当に自由の身と考えて良いだろう。
夕食に指定されたレストランへ向かうと、人払いは済んでいてウェイターがいるだけだった。ようこそお越し下さいましたと仰々しく頭を下げるウェイターに、流石一流、という印象を受ける。
間接照明がやたら散りばめられた薄暗い店内の片隅にぽつんといるワタリさん。いつもと変わらずに黒のスーツをしっかりと着こなし、白髪はオールバック、髭なんて不潔な物という印象が根強い世の中だと言うのにワタリさんの髭は綺麗に整えられていて、そこから知的さまで感じるのだから素晴らしい。
高い服を買って良かった。みずぼらしい私が相席だなんて、ワタリさんに申し訳なくて消えたくなるところだったよ。
お久しぶりです、と一週間ぶりの挨拶をすると先ほど電話でお話ししましたよ、と返された。
私にとってワタリさんはなかなか会えない相手であるので、顔を合わせられるのと電話をするのはイコールにはならないのだが、ワタリさんにとっては顔を合わせるのも電話もするのも同じなのだ。顔が見えるからといって特別な何かが発生するわけではない。
引かれた椅子に腰を下ろし、彼は連れて来られませんでしたと言うと、ワタリさんは朗らかにそうでしょうとも、と答えた。
「あの方をお連れするのは酷く困難です。本人が望まない限りは、決して動きませんから」
ワタリさんはそれだけ告げる。テーブルに飾られた蝋燭の光がシワの多いワタリさんの顔に陰影を作り出していて、表情の微細な部分が読み取れない。
いつも通りの柔和な表情。その心は何を考えているのだろうか。
「一週間、如何でしたか?」
前菜が運ばれ、グラスにはワインが注がれた。何年物のどこどこ産の、という説明がされるが、私はワインに明るくはないので当たり年だと言われても、店に合う高級な酒なのだろうということしか分からない。
ウェイターが去った後、ワタリさんの問いかけを反復する。
探るでもないただの問いかけだったから、私も素直に答えたほうが良いだろう。
「一番はやはり大変だった、ですね。ワイミーさんが毎日どれだけ大変かを痛感しました」
「一番、と言うことは、次があるという事でしょうか?」
分かっていながら問うてくるワタリさんに、私は笑顔を向ける。
ワタリさんが私の意見を優先するとは思えないけれど、どうせまた頼まれ事があるなら快く引き受けられる駒の一つでありたい。
私が本当に嫌でした、Lと刺し違えてもいいと思うくらいに、とでも言ったら流石にもう私にLの相手を依頼することはなくなるだろう。けれどそんなことを言ったら、今後またワタリさんがLの相手をするのに疲れて誰かに任せたくなった時に頼る手駒を一つ無くしてしまうということなのだ。それは避けたい。
「なかなかスリルがあって面白かったですね」
「それは良かったです。怪我も……大きなものは無いようで安心しました」
指の咬み傷を見て、ワタリさんは少し表情を変える。私の心配をしてくれているのだろうか。なんて優しいんだワタリさん。
Lの咬み傷は憎たらしい事この上ないけれど、ワタリさんの表情を変える要因になったのならまだ許せる。いや、噛まれたのは許せないけど。
「あの人に怪我はさせていませんか?」
あ、私の心配じゃなかったんだ。
そうですよね!ワタリさんが私の心配するはずないですもんね!
「大丈夫ですあっちは怪我一つしてません」
逃げられて、というところは伏せる。私が弱いみたいで癪に触るし、ワタリさんにとってLは大切なものだから怪我をさせようとしたと分かれば私の株が大暴落だ。
ここは噛み付いてきたLに対して私が大人の対応をしたとみてもらった方が幾分都合が良い。
「それは良かったです」
で す よ ね !
ワタリさんはL一辺倒だもんね!知ってた!そんなところもひっくるめたワタリさんが私は大好きです。
「また何かあった時には、よろしくお願いします」
「はい」
グラスを少し持ち上げ、乾杯を行う。中身はワインなのだ、実際にぶつけるような無粋なことはしない。
これからの事なんて何があるか分かりはしないけれど、ワタリさんが望むなら、私はいつでもワタリさんの代わりになろう。……短期間というのでなら、だけど。
「ところで、ワイミーさん」
「はい」
「私、今無職なんですよ」
「そうですね、休職願いも出さずに来てしまったようですし、確実にクビですね」
「どこか良い就職先はないですかね?」
ワタリさんは私を見て、ニコリと笑顔。
ああ、これは期待した答えとは違うものが返ってくるな。
「貴女なら、自分で自分の仕事先は探せますでしょう?無職期間分のお金はもう振り込んでいますので、ご自分で探しなさい。私はあの人の事で手いっぱいで、貴女には構えませんから」
ですよね。
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L
がギョッとしたようにこちらを見た。
ギョッと言うよりギョロッと、の方が正しいかもしれない。
目玉が零れ落ちそうなほど目を見開いて私を見てくるLに何さ、と言えば、Lは目と同じように口までぽかんと開けてみせた。
「L?」
「シャリがワタリの誘いを断る……?具合でも悪いんですか?薬は此処にありませんよ?病院に行かれては」
「私は健康だよ」
お前どんだけ私に失礼なんだよ。
そりゃあ私だってワタリさんの誘いを受けたいさ。そりゃあね!ワタリさんとディナーとか願っても無い機会だよ!
でも忘れてはいけないのだ。ワタリさんは私にLを一週間面倒を見るように言ってきた。
なのに、Lを無視してワタリさんと二人きりでディナーを取るという事は、ワタリさんからの依頼を蹴る事になる。
Lを連れてこいだなんて無理難題を言ってきたのは、最後にワタリさんが私を試そうとしているからなのかもしれないのだ。そんな思考がちらつく中で、Lは行かないけど私は行こうなんて思えない。
「私はワタリさんから任された仕事があるからね、途中放棄は出来ないよ」
「そんなに仕事熱心だとは思いませんでした。それに日が変わるまで私の世話をするというのがシャリの仕事ならば、夜までに片付けをして、合わせて私の夜の食事を用意すれば良いだけです。ずっと一緒にいるのが仕事ではありませんよ?」
「そりゃそうだろうね。でもワタリさんにとっての仕事の定義と私達の考えは違うかもしれないでしょ。それにワタリさんとの食事は年末帰省した時に出来てるから、今回は良いや」
高級レストランなんて私には敷居が高いし。そう言うと、ラフな格好の私を頭のてっぺんからつま先まで見てLはそうですね、と言った。
本当に失礼な奴だな。今は化粧もしてないからそう思われても仕方ないのかもしれないけど、私だって着飾ればそれなりになるはずだ。
「本当に断るんですか?」
「しつこいよ、L。何なのさっきから」
「いえ、貴方がワタリとの食事より、こちらを取るのかと最終確認です。シャリはワタリに連絡する手段が無いでしょう?私が連絡しますから、ジャッジして下さい」
「行かないよ」
「分かりました」
Lが携帯電話を取り出して、すぐに通話のポーズ。
「ワタリ、私だ。Cは私と過ごす」
それだけ言って通話が切られる。
ん?私と過ごす?
お前、何言ってんの?
「L?」
「はい」
「ディナーはLが行かないからCも行けませんって伝えるんじゃなかったの?」
「そんなまどろっこしい説明は不要です。私は事実を伝えただけです」
確かに私はLと残りの時間を過ごす選択をしたよ。したさ。
でもね、言い方ってものがあるでしょう。
今の言い方は色々と誤解されかねない。ワタリさんに限ってそんな誤解するとは思えないけれど、ワタリさんにだけはそんな誤解されてたまるかというものなのだ。
「L、今すぐ撤回の電話して」
「嫌ですよ。私は今から捜査するので話しかけないで下さい」
「じゃあ電話貸して」
「何がそんなに不満なんですか?事実を伝えたのに」
意味が分からない、と眉間に皺を寄せて半開きの口。お前、何だよその顔。
私の方が意味が分からない、だよ。頭は良いくせに何でそういうところに頭が働かないのか。これだから世間知らずは困るんだよ。
「Lは世間を知らないから、否、世間一般のゲスな奴らの思考回路を知らないからそういう発言するんだろうけどね、さっきのは私がワタリさんよりもLと一緒に過ごす時間を取ったと受け取られてもおかしくないんだよ」
「訂正が二つ必要ですね」
Lはソファに足は乗せたまま、腰を浮かせてテーブルに片手をついて体をこちらに伸ばしてくる。そして伸ばした片腕でピースを作り、私の目前に掲げた。
そして指を一本折り、一つ目、と言った。
「ワタリはゲスではないのでそんな思考回路は持ち合わせていないでしょう。万一世間一般的な思考回路からそういう考えに至ったとしても対象が私とシャリという時点で無いと気付き失笑して終わりです」
折った指を伸ばして、二つ目、と言った。
「シャリがワタリとのディナーより私との時間を取ったのは事実です。なので、訂正する必要はありません」
ギョロリ、とした目が私を真っ直ぐ見てくる。何でそんなに自信満々なんだよお前は。
考えを改めるつもりがないだろうLに何て言えば、携帯電話を奪えるだろう。
一言、ワタリさんに訂正入れておきたいのだが……とは言え、確かにワタリさんはゲスではないからそんなこと考え至らないか。
職場で下世話な思考回路の奴らばかり相手にしていたから、それが社会一般的だと感じたし、事実社会的には下世話なのが正しいだろう。但し今回の相手はワタリさんで、誤解される対象がLと私なのだから誤解するはずがないか。
「釈然とはしないけど確かにワタリさんはそんな考えしないだろうから許すよ」
姿勢を戻してソファに深々と腰を下ろしたLは、お菓子を摘みながらパチリと目を瞬かせて首を傾げた。
美少女がお菓子を咥えながら首を傾げてぱっちりお目目を瞬かせたならそれは絵になるだろうけれど、相手は男だし更には成人しているから気持ち悪いとしか思えない。
なのにそんなぶりっこポーズして何考えてんだこいつ。ふざけてるの?
「許す?何で上から目線なんですか?失礼ですねシャリは」
「失礼なのはLだよ。嫁入り前の女性に要らぬ嫌疑が掛かるような言い方をしたんだから。そんなだからLって存在は高慢とか無礼とか言われるんだよ」
「そんなこと言っている人いるんですか。というより何でシャリがそう言われているという事を知っているんですか?」
「私もワイミーズの端くれだからね」
情報を持ってきた相手はBだけどね。とは言わない。私が何かにリークしていると疑ったのか、Lは眉間に皺を寄せて、爪を噛み始めた。
「シャリが何かしらの動きをしているとは思っていませんでした。私の認識ミスです」
Lの爪が噛み砕かれた音。
親指はただでさえ短かったはずなのに、これでは深爪ってレベルじゃないな。
「その癖、いい加減に止めなよ。ほら手を出して、消毒するから」
「問題ありません」
Lは自分の思考に入り込んでしまう。そんなに私が何かにリークしていたのが衝撃なのか。
仕方ない、限りなく真実に近い嘘を言っておこう。そうでなければ世界の探偵Lに目を付けられかねない。
「さっきのは冗談。悪いけど、私のプログラムやらの成績はろくなもんじゃないからね、それに、私の家にあったパソコンは安物で起動が遅いからそんなのしたらすぐ捕まってムショ入りだよ」
Lは私をじっと見て、嘘か本当か判断しかねますね、と言った。
疑り深い奴め。
「ま、勝手に疑えば良いよ。私は今日が終わればまた平々凡々生きるから」
口をへの字にしたLを無視して救急箱を取りに行く。確か棚の中にあったはずだ。掃除の最中に見かけた記憶を引っ張り出す。
分かりやすい救急マークがついた箱は、記憶通り棚の下のほうにあった。
Lのそばのソファに腰掛けて、Lの口元にある手の手首を掴む。
親指はよだれが付いているだろうと思うと、触りたくない。
「要りません」
「化膿したら厄介だよ。消毒ついでに豆板醤も塗ってあげようか?」
「やめて下さい」
「親指口に当てたらから〜い味がするってなれば癖も治るんじゃない?」
「荒治療なんて、最低です」
「この歳になってもこの噛み癖が抜けない奴には荒治療しかないと思うけどね」
ガーゼを当てて消毒液を吹きかけると手がびくりと震えた。しみてるんじゃん。
ここに豆板醤は濡れないな、傷口に塩を塗り込むのと同じ行為になってしまう。例え喧嘩する相手であってもそんなに憎たらしいわけではないし、一応幼馴染み相手だ、痛がる姿は可哀想にも思える。
第一、私は痛がっている人を見て喜ぶような趣味は持ち合わせていない。
とはいえこのまま渡してもまた噛むのだろうし、少しは抑制になるかと思って絆創膏を貼り付ける。
「はい、出来上がり」
「……これいりません」
剥がそうとするのをすぐに止めて、豆板醤塗るよ、と言うとまた口をへの字にする。
どこまでガキなんだよお前。
仕方ありません、と酷く落ち込んでますと見せるように肩をしょげさせて、それでも自由になった手はお菓子へと伸びるのだからこいつは好きに生きているよ本当に。
「先ほどの話ですが」
「まだ引っ張るの?」
「私は気になった事はとことん調べないと気が済まない性格なので」
「負けず嫌いなだけでしょ?というか、当てずっぽうで言ったとは思わないの?Lの性格考えればそう言われて当然だと思うんだけど」
これだけ好き勝手生きているLを見ていたら誰だって私と同じ事を推測するはずだよ。たまたま私にはLの情報を持っているBがいたから確信を持って言っただけなんだけどさ。
「随分失礼ですね」
「事実でしょう。Lの性格考えたらワタリさんしか耐えられないと思うよ?というか私そろそろお風呂に入って寝たいんだけど」
時計を見ると、日付を跨いでいる。
Lの捜査の話は楽しかったけれど、私はLと違って眠くなる人間だからそろそろ眠りたい時間だ。
「ではこの話は起きてからにしましょう」
「いやもう終わりにしようよ。疑われたところで何も出ないんだから不毛だね。それより事件を解決する事に専念しな」
くあっと欠伸が出る。
お風呂にゆっくり浸かって寝よう。
「シャリ、シャリ」
肩を突かれて、名前を呼ばれれば人は何事かと一気に覚醒するものだ。
睡眠状態から急に浮上した意識は危険を知らせるように脈は早くなって身体の全神経を活性化させる。
目を見開いた私に、普段と変わらない表情のLは驚かせないで下さい。と言った。
私の方が驚いたんだけど。
「何?」
「荷物が届いているようです」
「荷物?」
「私は何も頼んでいないのに、竜崎宛に届きました」
「竜崎って誰?」
「私の偽名です」
「竜崎って名乗ってたLに何か贈り物なんじゃないの?」
「私が竜崎と名乗ったのは日本の仕事をした時だけです。そして此処に私がいることを知っている人はいません」
つまり、怪しい荷物が届いているということか。
嫌な予感しかしないね。
「そこで、です。シャリ、受け取りに出てその場で開けて下さい」
「爆弾だったらどうするのさ」
私に死ねってことか。いや、爆弾レベルによってはこのホテルがヤバいことになりかねないね。最上階で爆発が起きたら下に瓦礫が落ちるし。
「危険物関係の取扱資格を網羅しているでしょう?」
ハウスにいる時に手あたり次第資格を取ったけど、それはあくまで一人で生きていくのに有利になれば良いと思って取っただけであって、実用するつもりは全くと言っていいほどなかったんだけど。
まさかここで使えと言われるなんて思いもしなかったよ。
「工具もマスクも無いんだけど」
「チラッと中を見るだけです。ダメそうだったら爆発させる前に持ち込んで下さい。私が解除します」
「だったら箱だけ受け取ってくるからLが解除してよ」
「まだ爆発物とも、劇物とも、もしくはスイーツの可能性だってありますから、まずはチェックして下さい」
どう考えても怪しい荷物だと自分で言っていたくせに、なんでそんな最後はポジティブに贈り物なのかね。
仕方ない、せめてカッターとドライバーと六角レンチとスパナは持っていこう。
ドアホンの液晶には困ったような配達員の姿。
待たされっぱなしじゃそりゃ心配になるだろうね。仕方ない、受け取りに行きますか。
玄関扉を開けると、配達員はホッとした表情。
受け取って、中身を確認するためにダンボールに耳をくっつける。
音は無い。それに軽い。箱も両手から少しはみ出すサイズで、高さは片手サイズだ。
「あ、帰っていいですよ」
私の動きが不審だったのだろう、そわそわしていた配達員に帰れと告げれば頭を下げて去っていった。
「中身分からないなぁ」
溶液でもなさそうだ。一応確認に蓋を開けるか。
ガムテープを切って、ゆっくり蓋を開ける。
その中には手紙と、手のひらサイズの小さな黒い箱。
「手紙?」
お前の正体を暴いたぞ竜崎、とかそんな感じの手紙かな?
どれ、開けてみるか。
手紙を開けて中身を見ると、末長くお幸せに、の文字。
何の事だ。しかも送り主の記載は無いし。
「箱の中身は何だろう」
耳を押し当てて、音を確認する。
箱の形と布の感じからしてアクセサリーを入れるケースみたいだ。文章からして中身はやっぱり指輪?でもLに末長くお幸せにと言って、指輪を送ってくる奴がいるのか?もし居るならストーカーでしか無いな。気持ち悪い。
Lに開けさせようかな。どんな顔するだろう。
荷物をダンボールに戻してリビングに戻るとLは箱を持ってきた私に怪訝な表情を浮かべた。
「中身を解除出来なかったんですか?」
「違うよ。そもそも爆発物では無いみたい」
はい、と手紙と指輪ケースだろう物が入ったダンボールを渡すと、Lはキョトンとした表情。
「何ですかこれ?」
「まず手紙を読めば?」
世界の探偵Lに惚れ込んだどちらか様からの熱烈なメッセージだ。
しかもお幸せに。というあなたの幸せを一番に考えてますっていう自己主張。
ん?願い?お幸せにって、普通は好きな相手には使わない言葉?
じゃあ、なんのためのメッセージとアクセサリー?
「L、送り人分かる?」
「まさかシャリ、分からなかったんですか?」
「分からないから持ってきたんだよ」
Lは長い溜息を吐く。本当に失礼だなお前。
「幸せですね」
「何が」
Lは指輪ケースだろう物を手に取って、戸惑いなく蓋を開ける。
そこには、二つのリングが入っていた。
「どういう事?」
「私とシャリにですね」
「は?意味分かんないんだけど」
「ワタリから、私たち2人に末長くお幸せにというメッセージ付きで指輪が送られてきました」
Lは一つのリングを持って、中を見てああやはり、と言った。
「こちらは私の指輪のようですね。C to Lになってます」
「ちょっと待て」
「こっちはL to Cになっていますね」
「おい少し動揺しろよ」
私は物凄く動揺してるよ。
何で私とLでブライダルリングが用意されてるの。笑い話にもならないネタはやめて欲しいね。
「ワタリがあの電話で勘違いをしたという事ですね」
「……は?」
ワタリさんが勘違いした?
という事は、この送り主はワタリさん?
まさか。だってワタリさんがそんなくだらない発想するなんてありえないでしょ。
ワタリさんのふりをした誰かじゃないの?
例えば、Bとか。
「ワタリが勘違いをしたのは事実として、どうしますか?」
「どうしますかって何が」
「ワタリからの贈り物には変わりありませんから、指輪、つけますか?」
「つけるわけないでしょ」
何が悲しくてLとのペアリングをつけなくちゃいけないのさ。
たとえワタリさんからの贈り物だとしてもごめんだね。
「まずLがやる事はワタリさんの誤解を解くこと」
「面倒ですね」
心底面倒臭そうに頭を掻きながら嫌そうな顔をするL。
お前が蒔いた種なんだから、自分でどうにかしなよ。
「L」
「分かってますよ睨まないで下さい」
仕方ないですね、と言って携帯電話を取り出した。
通話状態にした携帯電話を相変わらず独特の持ち方をしたLは、ワタリさんが出ないようで待機状態が続く。
「出ませんね」
「ワタリさんに何かあったのかな?」
Lも不安を感じ始めたのか、一度切って再度掛け直している。
そわそわする私たちなど無視して、またチャイムが鳴る。今度は何だよ。
Lが目線で確認しろと言ってくるので仕方なくドアホンのモニターを見ると、そこにはシルクハットを深々とかぶった老紳士の姿。
「L!」
「何ですかいきなり大きい声出して」
「ワタリさん!」
Lはソファからぴょんと飛び降りて、こちらに前傾姿勢のまま走り寄ってくる。
ドアホンのモニターを見て、出て下さい、と私に一言。お前が迎えに行かないのかよ、という言葉は飲み込んで、私はすぐさま玄関に向かった。
「ワイミーさん!」
「ご機嫌麗しく、シャリさん」
朗らかな笑み、シルクハットを脱いで胸元に当てた姿はまさしく紳士だ。
こんな紳士、この世にはそういないね。絶滅危惧種だよ。
「ワイミーさん、後ろの大きな荷物は?」
ワタリさんの後ろにあるサービスワゴンには、大きな箱が置かれていた。
何だろう、全然良い予感がしないよ。むしろ嫌な予感しかしないよ。
「まずは中に入りましょう、シャリさん」
「えっと……じゃあ後ろのワゴン、私が運びますね」
「いいえ、これは私が運びますので、どうぞドアを開けていて下さい」
ワタリさんが私に対して下手に出るなんておかしい。
それにサービスワゴンは料理を運ぶ物だ。その上に大きな箱、そして届いたブライダルリング。
もうね、中は嫌な物しか想像出来ないよ。
いくら推理しない私でも、想像はつく。
部屋の中に運び入れるワタリさんの後をついて部屋に入ると、Lははて?と首を傾げた。
中身が本当に分かっていないのだろうね。羨ましいよその鈍感さが。
「ワタリ、それは何ですか?」
「Lの大好きな物です」
ワタリさんは箱を上に引っ張り上げる。
中身は案の定、五段ケーキ。つまりウェディングケーキだ。
先日Lが勝手に電話注文した三段ケーキより断然ウェディングらしく飴細工やらで綺麗に飾られている。末恐ろしいよ。
「お二人の今後を想い、ささやかながらお祝いをしたく用意させていただきました。L、シャリさん、おめでとう御座います」
「ワタリ、誤解だ」
「ワタリさん、誤解です」
ゆっくりと頭を下げるワタリさんに私とLの声が重なった。
Lも珍しく困惑しているようだ。
頭を掻いてあー、と言葉を探している。
「ワタリ、勘違いをさせる発言をして済まなかった。私とシャリはそんな関係ではない」
「そうですワタリさん、私はワタリさんが好きなのであってLの事はこれっぽっちも好きではありませんし今後もそういった関係にはなりません」
「棘のある言い方ですね癪に触ります」
「Lのせいでこんな事になってるのに反省もない上にそんな事を言うんだLのせいでこんな事になってるのになぁ」
「それならシャリももっと訂正しろと言えば良かったじゃないですか。納得の上での行動だったのだから私がシャリに謝る理由はありません」
「反省しろよ」
「する必要は無いでしょう」
後三秒睨み合えば拳が交わるだろうという時に、ワタリさんがあの、と口を開いた。
「お二人は、そういう関係ではないのですか?」
「「断じて」」
ハモる私とL。何真似してくれてるのさ。
「ハモるなよ気持ち悪い」
「それはこちらの台詞です。シャリと同じ思考回路で動いてハモるなんてごめんです」
「本当にいい度胸だよL、表出ろ」
「嫌ですよ。外に出ないためにシャリがいるのを忘れたんですか?単純な人間は物覚えが悪くて困ります」
「……畏まりました。では、こちらは下げさせていただきますね」
ワタリさんは私達の会話を聞いて落ち込んだ様子で、運んできたケーキにまた蓋をして外に出そうとする。
それに素早く待ったをかけたのは勿論Lだ。
「指輪はいりませんがそのケーキはいただきます。とても美味しそうです」
「L、残念ながらこれはウェディングケーキです。結婚をされた時以外は食べられないのですよ」
「なら結婚します」
「は?」
いやいやいや、何言ってるの?
何考えてんの?
さっきあれだけ嫌だとか言ってただろうが!
何考え改めてんだよ!
そして私の意思は無視かよ!
「では指輪を交換しましょう」
ウキウキとしたワタリさんに、この人はLに結婚させたかったのか?と疑問が浮かぶ。
そしてLに会える女は私くらいだから今回私を選んで一週間過ごさせて結婚させようとしてるの?
ふざけてない?
流石に私もそろそろ怒りますよワタリさん。
「ワタリさん私はワタリさんとは結婚したいですけどLと結婚なんて絶対に嫌です」
「私だってシャリとの結婚は嫌ですけどケーキの為です。ほら、早く左手を出して下さい」
「私の結婚がたかがウェディングケーキの為に決まるとか本当冗談じゃないよ!」
「シャリさん、嫌よ嫌よも好きのうちですよ」
「ワタリさんは何でそんなに結婚させたがるんですか!」
「シャリさんが素で話しが出来るのはLですし、Lに至っては素顔を晒した相手でこれほどまでに好きに話が出来るのはシャリさんだけです。お二人が運命の相手同士であるのは疑う余地もありません」
まぁ確かにそうだけど私は独身貴族で生きていきたいんだよね!分かってよね!もう!!
「とにかく!絶対に結婚しませんから!おいL勝手に左手掴んで指輪はめようとすんな!」
左手を掴んできたLは人差し指に指輪をはめようとしてくるので、拳を作って指輪をはめさせないようにする。
「ケーキの為なので、何があってもはめてもらいます」
薬指を伸ばそうと指を骨折しかねない力で伸ばそうとしてくるから、痛いと言うとならば力を抜けと言われる。
何で私がこんなに劣勢なんだよ!
私何かした!?
というかこんな結婚方法で良いのワタリさん?
ケーキの為って公言してるし、指輪を交換するだけで終わりで良いの!?
別に私も結婚に夢見る年ではないし指輪交換くらい模擬でやって鼻で笑ってやっても良いという考えも無きにしも非ずだけど相手がLっていうのが嫌だし、ワタリさんの前でというのがもっと嫌だ。
「五段ケーキは私が用意してやるから!」
Lの動きがピタリと止まる。
指を骨折させようという力を見せていたLの手から力が抜けるのが分かってホッとした。
危うく骨折するところだったよ。
こんなガリヒョロのくせに、男ってだけで鍛えていなくても力があるんだから憎たらしいね。
「本当ですか?」
「勿論」
「……シャリにそんな技術もお金もあるとは思えません」
ぐっと手に力が入る。あっと思った時にはグーにしていた手は薬指だけ伸びていて、ぐっと差し込まれるリング。
「ちょっ」
「結婚しました。ワタリ、ケーキを」
Lは私の手をぺっと離して、ワタリさんの方を向く。
私の左手薬指にはまった指輪に、何だこの茶番はと思う。
「L、指輪はLもつけなくては駄目なのですよ」
「分かりました」
ケースから取り出したリングを自分の指輪をはめて、Lはほらはめたからケーキ下さいとせがんでいる。
「ですがその前に」
ワタリさんが仕切り直しをする。もう良いですよ、ワタリさん。そんな事しなくて。
「ご結婚、おめでとう御座います」
朗らかな笑顔、パチパチと拍手する皺の増えた手。
もうお年と言えるワタリさんがLの世話をして苦心して毎日を過ごす中で、今は心から喜んでいるのだ。
それを分かっていながらその笑顔を蹴散らす言葉なんて吐けるはずがない。
きっと眉は下がっているだろう、目は笑っていないだろう。
それでも口角をキュッと上げて
「ありがとう御座います」
そう言葉を紡ぐしかなかった。
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