デスノ 君と私は足してゼロ | ナノ
5日 恍然大悟
大きくて暖かい手が大好きだった。
手を繋ぐと、私の手が隠れて見えなくなってしまいそうで、それがこそばゆい。
「シャリさん?」
私が笑ったのが分かったのだろう、ワイミーさんが私を見た。
優しい灰色の瞳。
胸元が温かくなる。
「何でもないです、ワイミーさん」
ワイミーさんはそうですか、と言って、私の頭を撫でてくれた。
甘い甘い、バニラの香りがした。
君
と
私
は足して
ゼロ
恍然大悟
「ん〜……」
よく寝た。
ベッドの中で伸びをする。
また懐かしい夢を見たものだ。
私もかなり純粋で可愛らしい子だったじゃないか。
ワタリさんも若かったな、まだ黒髪が多かった。
それにしても。
前はLに叩き起こされて忘れていたけれど、ワタリさんってバニラの香りを纏っていたんだっけ。
懐かしいなぁ。
毎回甘い香りを纏っていて、なんて素敵な人なんだろうって思っていたっけ。
他の大人は明らかに香水ですって香りを身につけていて、臭いったらなかった。
男の匂いほど臭いのは無いね。
そう思うと、Lは甘ったるい匂いと石鹸の匂いしかしないから、有難い。
「……ん?」
待てよ。
Lって、昔からワタリさんに身の回りの事をやってもらっていたんだろうな。
ハウスには殆ど居なかったし、図書室には出現しても教室には一回も来なかった。
どこで生活していたのかって考えると、自然とワタリさんの元になる。
もしかして、ワタリさんから甘いバニラの香りがしていたのは、Lがバニラ系統の物ばかり食べていたからではなかろうな。
昔はワタリさんがケーキを作らされていて、だからワタリさんからバニラの香りがしたとか。
もしもそうなら、紳士がエプロン姿で、泡立て器で生クリームを作っていた事になる。
凄く、見てみたい。
私は確認をとるべく、パジャマのままに部屋を跳び出した。
「L!」
リビングに居たLが飛び上がったように見えた。
何をそんなに驚くのか……って、何やってんだこいつ。
「……おはよう御座います。今日は早いですね」
「おはよう。で、何してるのかな?L」
早口で一連の台詞を言ったLの手元には、私が隠しておいたバウムクーヘン。
しかも蓋を開けて、フォークが刺さっている。
現行犯逮捕だよ、L。
「お腹が空いたんです」
弁解する発言は何て弱々しいのだろう。
これを録音してハウスで流したら、Lになろうとしている子達は嘆くに違いない。
えぇと、今Lの候補は、MとNか。
あのやんちゃ盛り二人組は、こんなLにはなりたくないって言いそうだな。
子供達に見下されるよ、L。
「夜食は用意していたはずだよ」
ちゃんと栄養を考えてパンやスープ、サラダ付きのをね。
絶対に食べないだろうとは思っていたけど。
「あんな物、美味しくありません」
「生きていくうえでは必要だよ」
「私には不要です」
「だから、私が隠し持ってたバウムクーヘンを食べたって事?」
Lは悪怯れもせず、そうです。と言った。
開き直るのも生きてゆくうえでは大切だけどね、人の物を食べておいて、その態度はなんだ。
「私、バウムクーヘンが好きです」
「私も好きだよ。今朝の楽しみにと買っておいたんだよ」
「では、今からモーニングティーと一緒に」
「食い荒らされたそれを、私に食べろと?」
Lはバウムクーヘンを見る。
自分で食い荒らしていたくせに、何をマジマジと見ているのやら。
わざとらしくて、腹が立つよ。
「残り二口分は有りますよ?」
「たった二口ね」
「そんなに不貞腐れるなら、私が食べます」
「あっ!」
Lは言うとすぐにフォークを残りのバウムクーヘンに突き刺して、パクリと一口で食べてしまった。
本当は一口分しか残ってなかったのかよ!
いやいや、今はそこじゃなくて。
「私のバウムクーヘンだったのに!」
「ご馳走様でした。また買ってきて下さい」
「食べ物の恨みは恐ろしいよ、L」
「さっさと食べないから悪いんですよ。世の中食うか食われるかです」
「此処はイーストエンドかよ」
Lは上手いこと言いますね、と言うけれど、全然フォローになってない。
一気に疲れが身体に乗っかってくる。
起きたてでこんなに疲れさせるとは、Lは私を殺したいのか。
本当に、疲れた。
「……トイレ」
起きてトイレ行くのも忘れていたよ。
「行ってらっしゃい」
何だこのシュールな会話。
Lの相手をするってこんなに疲れるのか。
ワタリさんに会いたい。
今ワタリさんは何処に居るんだろう。
バカンスにでも行って羽根を伸ばしているのかな。
私もご一緒したかったです、ワタリさん。
トイレから出て、ソファに横になる。
「いつまでパジャマでいるつもりですか?」
「年中その格好のLに言われたくないね」
「不貞腐れないで下さい」
「あれー、おかしいなー。不貞腐れる原因を作ったのは何処の誰だったかなー。私の前に座ってるのは誰かなー。私が不貞腐れる原因を作った人の為にケーキとか買って来るの止めようかなー」
対面するソファでいつもの座り方をしたLは、口を尖らせた。
お前は子供か。
「シャリがこんなに子供っぽいとは思いませんでした」
「奇遇だね、私も同じ事を思っていたよ」
Lは困りましたね、と言って頭を掻いた。
困ると良いさ。
食べ物の恨みは恐ろしいのだから。
あのバウムクーヘンは昨日、運が良かったから手に入れられたのだ。
いつも売り切れのバウムクーヘンがちょうど焼き上がった時、ちょうど私が店の前に居た。
ああ、そう思うとやっぱり悔しい。
ケチらず昨日のうちに食べておけば良かった。
全部食べやがって、馬鹿Lめ。
Lは立ち上がって、キッチンに入った。
お湯を沸かして、何かをしている。
ティーセットを用意して、何をしている?
でも訊ねるのも気を許したみたいで嫌だから、私はソファに転がって目を閉じる。
私が淹れないから、自分で紅茶を淹れるのだろう。
自分で淹れられるなら、最初から自分で全部やれよ。
カチャカチャと、陶器の音がする。
「シャリ」
目を開けると、近くにLが居て驚く。
気配消して近づくなよ、暗殺者か。
「甘さはシャリに合わせています」
ローテーブルに置かれる紅茶。
ティーカップに口を近付けると、バニラの香りが鼻を擽った。
疲れ気味の私には、とても心地いい香り。
一口飲む。
Lが淹れたそれは、私に合う甘さの、とても美味しい紅茶。
「よく砂糖の量が分かったね」
「見ていましたから」
Lもいつもの場所に座って、いつもの座り方で紅茶を啜る。
Lの手元にあるティーカップには、砂糖がふんだんに入っているのだろう。
バニラの香りが胸を温かくする。
「あ、L」
「はい」
「ワタリさんっていつもバニラの香りがしてたけど、あれって何で?」
「質問の意味が掴めません。詳しく話して下さい」
私は昔の記憶で、ワタリさんからいつもバニラの香りがしていた事を伝えた。
Lは自分がいつも甘い匂いを漂わせているから気付かなかったのか、そうでしたっけ?と言う。
「ワタリさんがLの食べるケーキを作ってたりしたの?」
「それは無いです」
「なんだ」
なんだって何ですか、とLは言う。
別に期待していたわけじゃないけど、もしかしたらそうかもな、と思っていたのだ。
「もしかしたら」
Lが人の心を読んだように、私が思っていた言葉を口にするから驚く。
「何ですか、鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔をして」
「そんな顔してないし」
「してましたよ」
「で?もしかして何?」
顔を観察されるのも嫌で問えば、話をそらすの下手ですね、と言われる。
余計なお世話だ。
それより『もしかして』なんだよ。
「バニラビーンズかもしれません」
「バニラビーンズ?」
「はい」
バニラビーンズって、思い切りお菓子作りに使うやつだ。
となれば、ワタリさんはやっぱりお菓子作りをしていた事になる。
「やっぱりワタリさん、お菓子作っていたの?」
「いいえ」
「なら、何でワタリさんからバニラビーンズの香りがしたの」
Lは黙った。
何か、知られたら不都合な事があるのか。
「ワタリさんに何したの」
「私がワタリに何かをしたとは、心外です」
「なら、何したか話しなよ」
Lは嫌そうな顔をして、重たい口を渋々と開いた。
「バニラビーンズを、ワタリのトランクに挟ませたり、クローゼットにかけてあったワタリのスーツのポケットに入れたりしていました」
「はあ!?何してんの」
「私はバニラの香りが好きなので、ワタリからもバニラの香りがしたら良いなと思って……」
「ワタリさん、怒ったんじゃないの?」
「いえ、何も言わずに着ていました。ですから、数年間、やりました」
ワタリさんに同情する。
衣服から清潔な石鹸の香りではなく、甘い甘いバニラの香りがするなんて。
私だったら、死ぬ。
恍然大悟(こうぜんたいご)
ぼんやりした中から、ふと思い当たること。疑問が解けて、“はっ”と悟る。「ハッ!と悟る」という意味の中国語の成語。
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