デスノ 跡継ぎ 番外 | ナノ
拍手ログ2
天気予報は快晴を謳っていた。
それは今朝方のこと。
散歩をしている間に怪しくなった空模様。
見上げた空は薄い雲こそ漂っているが、まだ青い。
しかし少し視線を移動させれば、今にも雫を零しそうな雲が存在していた。
雲の動きから予測するに、灰色の雲がこちらに流れてくるのはまず間違いないだろう。
「お茶に入ろうか」
Lは大きな瞳をこちらに向けて嬉しそうに細めた後、元気よく頷いた。
Lと私の行きつけの喫茶店は、隠れ家的な雰囲気のある店だ。
扉を開けると、扉に付けられたベルが低音を響かせる。
高すぎず、時代を感じるその音色を私は一等気に入っている。
相変わらずジャズが流れている店内は人があまりいない。
「いらっしゃいませ」
中から現われた女性は、私と似た年の人。
以前散歩をしていた時、彼女が子供と旦那を連れてショッピングを楽しんでいたのを見た事がある。
女性は人数を目視すると、こちらにと言って禁煙席へと連れていってくれる。
窓際の席を案内されて、腰掛ける。
私は珈琲、Lはパフェを注文する。これもいつものことだ。
窓際の席に座って、外を見ながらジャズを聞いて、前ではLがパフェを嬉しそうに食べて。
此処の店員の良いところは、常連になっても決して馴々しく話し掛けてこないところだ。
客と店員の枠を超えない。
「お待たせ致しました」
「有難う御座います」
出された珈琲とパフェを見て、思わず顔が綻ぶ。
本当に、この女性は素敵だ。
Lのパフェにはアイスの上のチェリーが二つ。
中のフルーツポンチの部分には、旬の果物のシャーベットが入っている。
Lはパフェの一番上に飾られたチェリーが好きで、フルーツポンチは好きではないのだ。
以前、フルーツポンチを残したのを彼女は覚えていて、L好みにと変えたのだろう。
Lはチェリーが双子だと言って、幸せそうに笑う。
それでこちらも幸せになれるのだから、彼女の心遣いには感謝すべきなのだろう。
Lがパフェを食べている間に、地面が色を変え始めた。
パラパラと降り始めた雨は瞬く間に大粒になって、地面で雫を跳ねさせている。
「凄い雨ですね」
「そうだね」
ジャズは変わらず音を奏でているが、雨音がガラス越しだというのに耳元で鳴っているように聞こえて、ジャズが遠く感じる。
目を閉じてもそれは変わらなくて、不思議な感覚だ。
「ケイは雨が好きですか?」
問われて、ゆっくりと瞼を上げる。
口の端についたチョコレイトに少し笑って、指で拭き取ってやるとLは照れたように俯いた。
「何処に居ても耳にしてきたからね、落ち着くんだよ。雨音は一つとして同じ音ではないのに落ち着くと感じるのは、不思議だね」
同じ音なんて存在しない。なのに雨音だと思うだけで落ち着くから不思議だ。
「私も、落ち着きます」
Lは照れたように俯いたまま、上目遣いに言う。
「雨の夜に一緒に寝て、温かいのを思い出して、落ち着きます」
これは一本取られた。
私も落ち着く理由はそこかもしれない。
雨の日、気温が下がって肌寒い時、腕の中にあるぬくもりに何度安堵したことか。
何度、心が満たされたことか。
「あ、」
Lが口をぽかんと開けて、外を見ている。
見つめる先には人影があった。
真っ黒な出で立ちのその人に、私も思わず目を凝らす。
間違いない。
ワタリだ。
「ワイミーですよね?」
「あ、ああ」
何でワイミーが。
雨の日に出かけるのはズボンの裾が汚れるから嫌だと言っていたくせに。
こんなどしゃぶりの中、歩いているなんて。
Lが席に膝立ちして、窓の向こうにいるワイミーに手を振った。
ワイミーはまだ遠くて、雨粒のせいで霞んで見えている。
きっとワイミーから見た私達も同じような状態なのだろうのに、傘とビニール袋をぶら下げた手を振っている。
彼には見えているのだ。
ワイミーは店に入ってくる。
傘をさしていたのに左の肩は濡れて、スボンの裾も色が変わっている。
「ワイミー」
Lは駆け寄って、ワイミーの腰に抱きつく。
ワイミーはLの頭を撫でて、私達のテーブルを見た後微笑んだ。
「ケイ、ビショップ、お迎えにあがりました」
私はテーブルから離れる。
テーブルの上には冷めた珈琲がカップに半分と、空っぽのパフェのグラスだけが残った。
「よく分かったな、私達がいる店」
ビニール袋に入っていた長靴を履いたLは上機嫌で水溜まりに足を踏み入れる。
ワイミーと二人、ステップを踏んで踊るLを眺めながら疑問を口にすれば、ワイミーはふふ、と楽しげに笑った。
「あなた達のことなど、手に取るように分かりますよ」
「え?」
素直に驚けば、ワイミーは尚の事可笑しいというように笑う。
それは、嘘を吐いた合図。
真実は?と問えば、ワイミーはLを見つめた。
目尻によった皺が、ワイミーの人柄を更に柔らかくする。
その灰色の瞳がLを慈しむように見つめる時、言い様のない安堵感が私の胸を占めるのだと、この人は知っているのだろうか。
「前、ビショップと買い物に行った時、教えてくれたのですよ」
「成る程」
前を歩くLは、軽やかに水溜まりに飛び込んで、大きな花を咲かせる。
私はそれを見て、雨の日のお出かけも良いものだなと思った。
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