デスノ 跡継ぎ 番外 | ナノ
6周年記念:ピクニック(後編)
サンドウィッチはワタリの手によって形を整えられて、ランチボックスに詰められた。
蓋をする前に、中にはソーセージ等の添え物も入っているのが少し見えて、あの短時間で凄いと感心する。
ワタリは何でも出来る人なのだ。
「さて、行き先だが……」
「私がご案内します」
レジャーシートに水筒を持ったワタリがケイの言葉を遮って、珍しいと思う。
ワタリは決して、ケイの言葉を遮る事は無かったのに。
ケイは私とは違い驚いた様子もなく、そうか、と頷いた。
「L、ワタリがエスコートしてくれるって。素敵な紳士が我が家には居てくれて助かるな」
私をいつも導いてくれるのはケイで、そのケイを導くのはワタリ。
私はまだ子供で、ワタリの年齢からすればケイも子供の部類に入るのかもしれない。
年の功に勝てるはずがないのは分かっているけれど、それでも少し、ワタリが羨ましくなった。
後部座席に私とケイが座ると、車が動き出す。
ラジオが曲を流していていつも通りのドライブ感覚だけれど、少し走った後に現れる景色がいつもと違っているから気持ちが高まる。
窓の外の景色は何時もより流れが速い。
空は似ているのに、景色がどんどん変わってゆく。
都会を抜けて現れたのは森だった。
森の手前に大きな駐車場があって、国立公園の文字。
「なるほど、ピクニックには最適な場所だ」
「いずれケイとビショップと共にと思っていました。まさかこんなに早く夢が叶うとは考えてもいませんでしたが」
「レジャーシートにランチボックス、水筒まで用意していたじゃないか」
「用意しておかなくては、行きたくなった時に行けないでしょう?」
ワタリもケイも嬉しそうで、私も嬉しくなる。
ケイがレジャーシートを片手に持って、ワタリがランチボックスと水筒を持った。
私が持つ荷物は?と思って見ていると、ケイが片手を差し出してくる。
手を握るとケイはでは行こうか、と言って足を進め始めた。
当然のように差し出された手と、自然に繋いだまま足を動かせている事実が胸を嬉しさで苦しくさせる。
ケイと並んで、鬱蒼とした森の中に入る。
絵本に出てくる魔女が住んでいそうな木立のトンネルだ。
少し横道にそれて迷子になったら、きっと誰にも見つけてもらえない。
すぐ隣にいるケイが瞬きの間に姿を消してしまいそうで、不安が押し寄せてくる。
神隠しなんてあり得ない。物体が消えるなんてあり得ない。
そう思っているのに、どこかでそれが起きて独りぼっちになってしまうのではないかと思う自分がいる。
どこまでも臆病だ。
ケイは繋ぐ手に少し力を込めてくる。
ここに居ると言われているみたいで、たちまち不安が消えるからケイは良い魔法使いのようだと思う。
5分ほど森の中を歩けば視界が開けた。
なだらかな草原。所々に木があって、ボール遊びをしている母子の姿がある。
学校はどうしたのだろうかと思ったが、私自身も同じ年頃なので人のことは言えない。
「少し周りを見て回ろうか」
「はい」
当然のように手を繋いで緩やかな丘を登っていると、風が野草の茂った大地を駆けていく。
家は庭が広いけれど、住宅街で建物が風の通りを邪魔するからこんなに風がビュウと地面を駆け抜けることはない。
まるで背中をグイグイ押されているような気分だ。
いつか足元を風が吹き抜けて、宙に浮いてしまいそうで、面白い。
「普段の散歩も良いが、こういう場所に稀に来て、いつもと違う景色を楽しむのも良いな」
風に暴れるケイの髪は、陽射しを浴びてキラキラしていて綺麗だ。
いつもと違うケイの姿。
確かに、いつもと違う景色はドキドキする。
「お二人共まだまだ行ったことがない場所が沢山ありますし、これから週に一度は遠出しましょうか?」
「どう思う?ビショップ」
ケイはいつも私に回答権を預けてくれる。
私は頷くことで返事をした。
ケイとワタリと色々な場所へ行けるのだと思うと、胸が高鳴る。
これからの事を想像しても何も想像出来ず、不安と恐怖に押しつぶされて暗い気持ちになっていた昔とは違う。今の私の未来は色々な事が想像出来て実現出来て、光に溢れた場所にいるのだと再認識する。
背中を風に押されて登りついた丘。
綺麗な景色だ。
「あそこは何だろうね」
ケイが丘の上から指差した先は、緑の大地の一部が白くなっている。
何が群生しているのだろうか?
「見に行ってみますか」
「はい」
背中を風に押されているからか、何時もより少し駆け足になる。
手を繋いでいるから走りにくいけれど、それでも離したくなくて手を強く握った。
ケイは手に力が加わったのを感じたのか私を見て、髪を遊ばせながら微笑んでくれた。
少しの距離だから息が上がる事は無いけれど、駆け足を止める時にまた風に背を押されて前のめりになる。
転んでしまうと思って目を閉じるけれど予測した痛みは来ずに、代わりに繋いだ手を引かれてふわりと柔らかい布が頬に触れた。
目を開けると、ケイの上着。
抱きしめられているのだ。
「危うくビショップが風に攫われてしまうところだったな」
抱きしめてくれる腕に少し力が入った。
外での抱擁はあまりないから嬉しさと同時に恥ずかしくなる。
「ビショップが風に攫われたら大変なことになりますね」
大変なこと?私一人がいなくなって、何が大変なことになるのだろうか。
分からなくてケイを見ているとケイは至極当然というように話し出す。
「もしビショップが行方不明になりでもすれば、私は地の果てまでビショップを探すよ」
ケイの言葉にワタリが微笑んでいる。
直接的な気持ちは擽ったい。
嬉しくて、でもこの気持ちをどう伝えたらいいか分からないのが口惜しくて、言葉を探すけれど見つからない。
言葉が見つからない私をケイもワタリも急かす事はしない。
ケイは抱擁を解いて私の頭を撫でてくれた。
「シロツメクサですね」
ワタリの言葉にケイは頷いた。
この草花がシロツメクサという名前なのだと、理解する。
「家の庭は生えていないから、ビショップは見るのが初めてかもしれないね」
首を捻る。
見た事があるような、無いような。
何処かで見たことがあったはずだと記憶を遡る。
見たのは白くなかったと脳が訴えてきて、では何を見たのかと記憶の棚を開けてゆく。
そうだ。孤児院の雑草の群生場所に似た物が生えていたのを見たのだ。
だからデジャヴが発生したのだと気付く。
「これと似た物で、冠を作っているのを見たことはあります」
短期間ではあったけれど、孤児院の庭の隅に女の子が集まって花を摘んでは繋げているのを見たことがある。それで花冠を作って、誰が一番綺麗に作れたかを競っていた。
「冠?ビショップも作れるのかな?」
「いえ、作ったことはないです……」
「ビショップは虫が苦手ですかな?」
「好きではないですが、とびきり苦手というわけでもないです」
何でワタリは虫について尋ねるのだろうか?
私は虫を好んで触ったりはしないけれど、逃げる程嫌いというわけではない。
ただ、触れる機会が無かっただけだ。
「では花冠を作ってみるとしましょう」
え?と思ってワタリを見る。
ワタリは昔、作った事があるのだろうか?
ケイは家庭菜園をするくらいだから、草花に触れるのには慣れていて作れるのかもしれない。
けれど、ワタリはどうなのだろう?
私の中でのワタリは綺麗好きだから、眺めるだけで率先して草花に触れるとは思えなかった。
もしかしたら、ケイが幼い頃にワタリと作ったことがあるのかもしれない。そんな考えが浮かんで、少しばかりの嫉妬心が胸をちらついた。
なんて矮小なのだろう。
ワタリがレジャーシートを広げて座るエリアを作ってくれたから、そこに三人で座る。
ワタリは茎を長い状態で摘んでいて、私も習って数本摘み取った。
ワタリが手本を見せてくれる。
あまり手先が器用ではないんだ、と言うケイ。
確かに、記憶の中の女の子たちと形が違う。
ワタリの説明を聞いて、私も花冠を作る。
摘んでは繋げて、摘んでは繋げてを繰り返していると、少しずつ紐のようになってきた。
「サンドウィッチを作っている時も思ったけれど、ビショップは手先が器用だね」
「そうでしょうか?」
「そうだよ。とても美味しそうだったからね」
その言葉に、多めに作ったフルーツサンドを食べてもらえるかもしれないという期待が膨らむ。
勝手に期待するのは良くないと分かっているけれど、ケイには期待してしまうのだ。
ケイは私の気持ちに、期待に応えてくれるから、高慢にも期待する。
ある程度の長さになったら、それを輪にするようにまた花を使った。
「出来たな。ビショップのは初めてではないみたいだ」
完成した花冠は、ケイのもワタリのも、そして私のも変わりない。
ケイも十分に手先が器用だと思う。
作った花冠を見る。
出来上がりは、ケイが言うには上手の部類だ。
ケイは他にも作れるのだと言って一つ花を摘んでいる。
覚悟を決めて立ち上がって、座ったままのケイを見下ろす。
ケイを見下ろすなんて初めてかもしれない。
ケイが立っている時に私が座っていることはあっても、私が立っている時にケイが座っていることはなかったはずだ。
ケイは黙って私の動向を見ていて、急に恥ずかしさが押し寄せてくる。
それでも気持ちを奮わせて、ケイの頭に花冠を乗せるとケイはパチリと瞬きをして、それからふふ、と笑った。
「では、私も」
ケイは膝立ちになって、私の頭に花冠を乗せた。
「シロツメクサの花冠をビショップから貰えるとはね。嬉しいよ、ありがとう」
「お二人共、とてもお似合いですよ」
ワタリがまぶしそうな表情でこちらを見ている。
その表情はどこか切なそうで、何かしたかと心配になる。
ワタリの花冠が無いからだろうか?
ワタリだけ交換が出来ていないのだ。
でも、ケイから受け取った冠を渡したくないと思ってしまった。そして私の冠はケイにつけていて欲しい。そう、身勝手にも思ってしまった。
ワタリは手本として作っていた二つを、私とケイの頭に置いた。
ケイの頭では二つの冠が重なっていて、とても綺麗だ。
ケイは私の頭にも冠が乗っているからだろう、伸ばしかけた手を引っ込めて、さて、他の場所も見て回ろうかと立ち上がる。
当然のようにまた手を繋いで、公園内を散歩する。
色々な物を観てどれくらいだろうか、ワタリがここで食事としましょう、と言った。
それは芝生が茂る大地に木がまばらに生えている、ピクニックには最適な場所。
木の下にレジャーシートを広げて、3人でお弁当箱を囲むようにして座る。
ワタリが蓋を開けて広げられるお弁当箱に、ワクワクする。
まるで宝箱のようだ。
開けられた蓋の中には、サンドウィッチと、唐揚げとポテト、それからウィンナー。
デザートが無いのは、私が作ったサンドウィッチがデザートということだろうか?
手を洗って、いただきます、とサンドウィッチに手を伸ばす。
「これ食べていいか?」
ケイが指したのは、ワタリが作ったマッシュポテトとレタス、ハムが挟まったサンドウィッチ。
「どうぞ。ビショップも、よろしければ」
「いだたきます」
私もワタリが作ったサンドウィッチに手を伸ばす。
一口食べるとワタリが作ったそれは美味しくて、すぐに手元から姿を消してしまった。
水筒に入っていたお茶をコップに注いだワタリは、それを私とケイに渡してくれる。
太陽の下で、風をそのまま浴びて食べる食事は、とても美味しい。
「ビショップ、これ食べていい?」
「!っはい!」
ケイが手を伸ばしたのは私が作ったチキンと卵焼きのサンドウィッチだ。
デザートにはまだ早いからフルーツサンドには手を伸ばしてもらえていないけれど、それでも私が挟んだ物に手を伸ばしてもらえて嬉しくなる。
「ビショップもワイミーも、私が作った物で食べてみたいものがあったらどんどん食べてくれ」
そう言って、ケイはサンドウィッチを食べてゆく。
ワタリは楽しそうに目を細めて、添え物のポテトを食べていた手をケイが作ったサンドウィッチへ移動させた。
その動きに、ワタリが遠慮をしていたのだと気付く。
今、言わないときっとワタリは私とケイに遠慮して、自分が作った物とケイの作ったサンドウィッチしか食べないだろう。
私が作った物も食べて欲しい。
きっとこの気持ちは雰囲気で伝わってはいるだろう。けれど確信が無いから、ワタリは私の作ったものを食べてはくれないだろう。
言葉にしないと伝わらないのだ。
そう考えるだけで心臓がバクバクする。
緊張で食べている物の味も分からない。
でも、私は二人と一緒に生活していて気付いているのだ。
すべて諦めて言葉にしないあの時と今は違って、言葉にすれば聴いてくれて、受け入れてもらえるのだと。
だから、言葉にしなくては駄目なのだと。
握ったコップをまっすぐに見ると、私の頭に載った冠が少し映りこんだ。
そうだ、私にはケイとワタリが作ってくれた冠をつけているのだから、そんな臆病そうな表情をしているなんておかしい。
私は二人から贈り物を貰えているのだから。
私はお茶を一気に飲み干して、喉を潤す。
それでもカラカラに渇きそうな喉に、ぐっと力をこめた。
「私の作った物も…ケイやワイミーに食べて欲しいです」
どうにか言った言葉は小さくて、聞こえていないかもしれない。
聞こえていなくて、言った意味が無かったかもしれない。
恐る恐る顔を上げると、ケイもワタリも笑顔で私を見てくれていた。
「嬉しいですね。では、早速いただきます」
ワタリはフルーツサンドに手を伸ばした。
それを見たケイが、私もフルーツサンドを食べたかったんだ、と言ってフルーツサンドに手を伸ばす。
「ビショップが作っている時から食べたいと思っていてね」
いただきます。と言ってケイがフルーツサンドを口に含む。
多めに挟んだクリームがパンからはみ出して、ケイの口の端についた。
ケイはそれを舐め取って、果物がいっぱいで美味しい、と笑顔。
ワタリも美味しいですねと言って、穏やかに笑っていた。
私が作ったフルーツサンドで二人が笑顔になっているのが嬉しい。
「コップが空っぽですね」
コップの中にお茶が注がれて、また私と空が映りこむ。
けれど今度は俯いていないから、冠は映りこまなかった。
ケイト様
この度は6周年記念のリクエストにご参加いただきまことにありがとう御座いました!そしてまさかの前編・後編への分解、そして前編をUPしてから後編UPまで期間が空いてしまい本当に、本当に申し訳御座いませんでした!
リクエストいただいた、ピクニックと花冠を含ませたストーリーとなりましたが、いかがでしょうか?
お気に召していただけたならば、幸いです。
もし、希望と違う!もう一回書き直せ!と思ったならばいつでも仰ってください。新しく書かせていただきます。
気が付いたら6周年と言う、小学生なら卒業する長さのサイト運営となっていました。
こんなに長く続けられているのも、ひとえにケイト様を含む読者様の支えあってのことです。
本当にありがとう御座います。
まだまだへっぽこな管理人では御座いますが、今後ともよろしくしていただけると幸いです。
本当に、リクエストありがとう御座いました!!
2014/4/5
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