デスノ 跡継ぎ 番外 | ナノ
6周年記念:目線
ここ最近、ケイと毎日散歩で公園に来ている。
それはテニスをするためで、散歩の際にケイはラケットを二つ持つのだ。
だから今日もケイはラケットバッグを肩にかけている。
繋いでいる手はいつもと変わらないし、笑顔も変わらない。
何も変わらない日常のはずなのに、私はテニスコートに近づくだけだ不安が大きくなる。
「あの、ケイ」
「うん?」
「……今日も、良い天気、ですね」
「そうだね。水分補給を忘れないようにしないと」
当たり障りない言葉しか言えない自分が歯がゆい。
テニスコートにいつも同じ人が来ていて、その人がここ数日、いつもケイを見ている。という事が伝えられないなんて。
ケイは気付いていないのだろうか?
そんな筈は無い。
ケイは探偵のLだ。
洞察力の優れているケイがあんなに見られているのに、それに気付かないなんてあり得ない。
では、何故無視をするのだろう?
見られていて嫌ではないのだろうか。
それとも、気にする必要もないと思っているのだろうか。
もやもやと考えていると、遠くないテニスコートにはすぐに辿り着いてしまう。
着いてすぐに、いつもケイを見てくる男が居るかを確かめる。
居なければ良い。そう思っていたのに、やっぱり男はいつものベンチに腰掛けていた。
「ケイ」
ケイは利用料を受付に支払っていて、私に背を向けている。
声が届かないのならば手を伸ばして訴えればいいのに、その動作すらも私には困難で、どうすれば良いのか分からない。
俯いて、自分の靴を見るしか出来ない自分。
ケイに遠慮することなんて無いのに。そう分かっているのに思っていることを言えないのは、私の不安感が杞憂で、結果としてケイを呆れさせたくないからだ。
ケイに見捨てられたら、私の居場所は何処からも無くなってしまう。
「ビショップ?」
ケイはペンを持ったまま、こちらに振り返っている。
パチリと目が合って、少し緊張した。
「何か言おうとしていたでしょう?どうした?」
てっきり届いていないと思っていた私の声は、ケイに届いていたのだと気付く。
きっと、自分の名前を呼ばれた時にケイは返事をしたのかもしれない。
私の耳が、ケイの声を聞き取れなかっただけのかもしれない。
「えっ……あの」
ケイは私の様子を見て、長引くと思ったのか受付のほうを向いてしまった。
満足に言葉を伝えられない私に呆れたのだろうか?
ドクリと心臓が大きく脈打って、目の前がグニャリと歪む。
怖い。
ケイに嫌われたらどうしよう。
話さないと。自分の言葉を、気持ちをしっかりと伝えないと。
でも、伝えてたところで、内容によっては更に呆れられてしまうかもしれない。
どっちに転がっても悪い方向に行くなんて最悪だ。
助けを求めても煩いと言われて普段より強く叩かれるから、黙って叩かれたほうがマシだと思ったあの時と同じだ。
どうしよう。
どうしたら良い?
あの時のように黙っていれば、傷付かない?
「ビショップ?」
声をかけられて戻った視界。
前を見ると、目の前にケイが居た。
しゃがんでいて、目線が同じ高さになっている。
「酷い汗だ」
私の頬に触れるケイ。
その手は温かくて、決して怖いものではないのに、やっぱり私は臆病で体が強張ってしまった。
けれどケイは手をすぐに引かずに私の頬を撫でてくれて、慣れたぬくもりにほっとする。
「少し休もう。ね?」
「……はい」
「大丈夫ですか?」
知らない誰かの声に、緩和していた筋肉がまた強張る。
振り返らなくても分かる、声の主はいつもケイを見ているあの男だ。
「ぼうや、具合が悪いのかな?」
男の声。後ろから近付く気配に声も出ない。
首だけどうにか回して後ろを見ると、逆光のせいで影のようになっているがシルエットで分かる。やっぱりあの男だった。
男が手を伸ばしてきていて、私の頭に触れようとしている。
上から伸ばされる手。
喉が痙攣して、拒絶の声も出ない。
怖い。
母が、知らない男が私を殴るあの時と同じだ。
嫌だ。
助けて。
強張った私の体が急に引っ張られた。
え?と思った時には身体がケイの腕の中に納まっていて、驚く。
「ケイ……?」
「ご心配ありがとう御座います。でも、大丈夫ですから。お気遣いなく」
ケイは私の頭を一度撫でて、少し休憩しようね、と言って私を抱き上げた。
浮遊間に不安はない。
むしろ、この形が私とケイの在り方なのだと思えるほどに、安心出来る。
「あ……」
男は何か言おうとしたけれど、ケイは軽く頭を下げてベンチに移動する。
男がいつも座っていた場所から一番遠い所にあるベンチに私を降ろして、ケイは前にしゃがんだ。
「飲む?ワイミーが用意してくれたお茶があるんだ」
バッグから出された水筒の蓋を開けて、コップに飲み物が注がれる。
コップを受け取って口を近付けると、嗅ぎ慣れた紅茶の香りがした。
水筒に入っているアイスティーは甘さが控えめになっていて普段はあまり好きではないけれど、今はそれがとても美味しい。
いつもの香りに、あっさりとした味の紅茶。
心が落ち着く。
「……済みませんでした」
「ビショップが謝ることなんて何も無いさ」
「でも、せっかくテニスをやるために来たのに、こんな事になってしまいました」
「体調は日々変動するんだから、無理をしてはいけないよ?具合が良くない、気分ではない、今日はのんびり過ごしたい、そんな時は教えてくれると嬉しいな」
「具合は悪くないし、テニスは好きです。でも、気になる事があって……」
「さっきの人?」
その言葉に、やはりケイは気付いていたのだと知る。
でも、分かっているならどうして無視をするのだろう?
「あの人は此処の管理者だよ。私達を良く見ているのは平日に現れる、家族には見えないけれど家族みたいな二人だから、不思議に思ってだろうね」
「そうなんですか?私は、そうは思わないです」
「じゃあ、どう思う?」
「ケイの事をいつも見ています」
「うん」
「もしかしたら、悪い人かもしれない」
「うん」
「もしかしたら、ケイの事を好きなのかもしれない」
「……好き?私を?」
予想外、という表情。
ケイがそんな表情をするなんて珍しい。それほど私は的外れなことを言ったのかもしれない。
やはり、呆れさせただろうか?
「よし、今日は帰って映画を見よう」
「映画?」
「そう、ラブストーリー。ビショップにはまだ早いと思っていたけれど、せっかくの良い機会だから人の行動を学ぼう。演技の上手い俳優がいてね、その人が意中の相手をじっと見るシーンがあるんだ。その人の目を見れば、好きな人を見る目がどんなものか分かるよ」
ケイの言うことがいまいち分からない。
見る目っていうのはそんなに変わるものなのだろうか?
けれど、嫌いな物を見る目の違いは私も知っている。
それと同じように、好きな物を見る目も、やはり違うのかもしれない。
「もう一杯飲む?」
「はい」
ケイは私の前にしゃがんだまま、コップにアイスティーを注いでくれる。
自分で出来ることをケイにさせてしまっているのだと、コップを受け取ってから気付いた。
ケイの奥に居る男を見る。
やはり男はこちらを見ているけれど、それは私を心配してかもしれないし、変わった二人組で気になっているのかもしれない。
もしくは、私が想像したようにケイに好意を寄せているのかもしれない。
そのどれを思ってこちらを見ているのか、今の私には分からない。
ただ、分かる事はある。
もし、あの男がケイに好意を持っていても、ケイはその気持ちに応えないという事。
その証拠に、ケイは男の視線に気付いているだろうのに一切気にしていないし、振り返ることもしない。
背中を向けたままだ。
それは拒絶のようにも見える。
そして私の事はまっすぐに見てくれている。
だから、ケイは母のような女性とは違うのだ。
それだけで、私の不安は吹き飛んだ。
***
虹奈様、この度はお祝いのメッセージ及び「跡継ぎで番外」のリクエストをありがとう御座います。
もちろん虹奈さんの事は覚えていますよ!
「ソラの旅路」の管理人で「ヨシユキ」だった頃から跡継ぎを読んでいただけていた事、そしてまた読みたいと思っていただけていた事、当時そのメッセージを頂けて本当に嬉しかったです。
本当にあの時からありがとう御座います。
今でも好きだと言っていただけて、本当に嬉しいです。
作者冥利に尽きます。
細かい事はお任せとの事だったので、Lがまだ慣れ始めたばかりの頃、二人でテニスをしていた時期、そしてテニスをいつの間にかしなくなった理由の一部を書かせていただきました。
Lはヒロインが他人を大切な人にして、自分から離れていくのではないか、自分はいらない子になるのではないかとまだ不安を持つ時期の話です。
跡継ぎは書いていてとても楽しい小説なので、リクエストいただけて、書くタイミングを頂けたことを感謝します。
本当にありがとう御座いました。
今後とも、ソラの旅路をよろしくお願い致します。
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