デスノ 跡継ぎ 番外 | ナノ
拍手ログ4
窓の向こう、広がった世界には、紅葉した樹々があった。
空は澄み切った青。
鮮やかな色に溢れた世界に、目を奪われた。
部屋は白に統一されていて、色なんて、ろくに目にしていなかったから。
窓に触れる。
それはひやりと冷たくて、私は思わず手を引っ込めた。
窓の外は、風が吹いて葉が揺れている。
風。
一週間だけ、外に出る事が可能な生活をした。
あの時、風はとても気持ち良くて。
髪が揺れる感覚も、形が無いのに肌に触れてゆく感覚も、すべてが、気持ち良くて。
また、風に、あたりたい。
肌に触れたあの感覚を、もう一度。
嗚呼、でも、けれど。
家から出てはいけないと、外に触れてはいけないと、言われている。
まずは私という存在をこの地域から、そして国、最後には世界から消さなくてはならないのだ。
Lになるというのは、そういう事。
だから、外に出る事は、ルール違反になってしまう。
けれど。
窓が揺れる。
止め具が、外してと、言っている。
手を伸ばす。
あと少し。
風に、鮮やかな色の葉が揺れている。
こちらにおいでと誘うように。
あと、少し。
突然、手首を捕まれた。
心臓が跳ねる。
手首を掴んだのは、ワタリの手では無く、冷たくて、細長くて、骨みたいな手。
Lだ。
「ルールは話したはずだ」
冷たい冷たい声音。
心が凍り付きそう。
見上げると、そこには眉間に皺を寄せて、不機嫌なLの顔。
「申し訳、御座いません」
手首が離される。
Lが歩き出して、足音が小さくなっていった。
窓を見る。
窓はもう、開けて開けてと、言いはしなかった。
外はもう、私の存在を見捨てたのだ。
紅葉した樹々は、気持ち良さそうに風に揺れていて。
オレンジの葉が一枚、風に乗って流れていった。
Lに課題を出して、私は窓辺の椅子に腰掛ける。
デスクに向かう小さな背中。
窓を見る。
そこに広がるのは紅葉の世界。
澄んだ青空。
見渡す彼方に見える、真っ白な雲。
沢山の色に溢れた世界は、私の目には、痛すぎる。
瞼を閉じる。
すると、灰色の世界が私を迎え入れた。
馴染みやすい色の世界。
モノクロームに馴れ親しんでいた私に、極彩色の外界は相容れないものを感じてしまう。
それはこちらが、距離を置いているからだと分かっている。
分かっているのに、歩み寄れないのだ。
一度距離を置くと、近寄り難くなる。
「ケイ」
私を呼ぶ、子供特有の少し高い声。
ぬくもりを含んだその声音は、耳に心地好くて、ゆっくりと瞼を開ける。
「済みません、寝ていましたか?」
「いや、暖かくてね、目を閉じていただけだよ」
椅子に座ったまま、腰を捻ってこちらを向いたL。
私の言葉に、良かった、と安堵の溜め息をつく姿は、愛しさを募らせるには十分で。
こちらも自然と口元が綻ぶ。
意識せずに笑顔を浮かべられるようになるとは、昔の私は思いもしなかった。
「問題、解けた?」
「はい」
Lが椅子を降りて、私が変わりに座る。
デスクの隅、ペン立てに存在する赤ペン。
Lがこの部屋で問題を解くようになってから、ペン立てには色が含まれるようになった。
私は丸を付けてゆく。
今回も満点かなと思っていたが、最後の問題が間違えていた。
難しい問題であったし、今から解説をして類似の問題を解かせてみよう。
L、と呼ぼうとして、振り返って、口を閉ざす。
Lは窓の外を眺めていた。
カタカタと、窓が揺れている。
私は思わず息を呑んだ。
Lは大きな瞳に外の景色を映しながら、窓に手を伸ばす。
その姿は、昔の私と重なった。
Lは扉が開くのを邪魔している止め具に手を伸ばして、そして触れた。
冷たいそれに臆する様子もなく、小さな手を動かして窓を開ける。
「わっ」
窓が開くと、ヒュッと風音を奏でて部屋に流れ込んでくる。
Lの髪は乱れて、けれどもLは外から目をそらさなかった。
部屋に新鮮な空気が入ってくる。
私の元にも風がやってきて、僅かに髪と袖が揺れた。
肌に触れる冷たい空気。
それと一緒に私の元に届いたのは、紅葉した葉。
綺麗な色のそれは私の足元にやってきて、私はそれを拾った。
もしも。
もしも私があの時、窓を開けていたら、彼方に流れていった葉は私の元に届いたのではないだろうかと、そんな事を心の片隅でずっと思っていた。
「葉っぱですか?」
「ああ、綺麗な色合いだね」
Lが歩み寄ってきて、私が持っている葉を見る。
そして、綺麗ですねと笑った。
小さな、ただの葉っぱ。
けれどこの一つの葉に、私は救われたような気がした。
ずっと胸に残っていたわだかまりが一つ浄化されたような、そんな感じ。
「天気も良いし、今から外に行こうか」
Lは私の提案に、首を縦に振ってくれた。
「テスト、どうでした?」
「最後だけ、間違えていたよ。他は正解」
「え!?では、解き方を、教えて下さい」
「それは夜にでも。今は天気が良いし、風も気持ち良いからね、少し外を散歩しよう」
昔の私が出来なかった事。
それをこの子がやってくれた。
この子を過去の自分に投影しても、過去が変わるわけではない。
けれど、過去に置き去りにしてきた小さな少女が、鮮やかな朱の葉を持って微笑んでくれていると、私は感じた。
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