デスノ 跡継ぎ | ナノ
痛み
蹲る様な格好のLを更に包む状態の今、まるで私は卵の殻だと思えた。
外界から彼を護る為に張られた防御壁と言えるかもしれない。
身じろぐことすらせずに寝息だけが聞こえるLは本当に寝ているのか、それとも自分の造り出した何者にも侵害されない世界の住人になっているのか。
内心で溜め息をつく。
この格好に疲れてきたのだが、Lが寝ているかもしれないと思うと身動きがとれないのだ。
過去が過去故に物音一つに怯えそうだから、身動き一つ許されない。
しかしいい加減、腰が痛くなってきている。
眠れない時間ならば、何かに有効活用しよう。
この子の事をもっと知る為にも、私も昔作った自分だけの、自分を傷付ける人は居ない世界を思い出そうか。きっと同じ状況下を想定すれば、この子の心の有り様が知識としてではなく、感情として分かるかもしれない。
長い間頭の隅に追いやられていた自分の世界を思い出そうとすると容易に思い出せたが、その世界の入り口は硬く閉ざされていて入れなかった。
それはそうか。私はもうこの世界の人間で、現実に自分の居場所があるのだから仮想の世界など不要なのだ。
跡継ぎ
痛いのは……
陽が昇る。
結局一睡もしなかったが平気だ、これくらい。
捜査中は殆ど寝ないのだから、さして問題は無い。
仕事中は急に身体が沈む様な感覚に襲われて3時間程寝る時があったが、それ以外は殆ど寝なかった。
幼い時からの習慣か、それとも体質かは分からないが、何も事件を受け持っていない時も一日に3時間眠れば上々だ。
「……」
Lが少し動いたので息を潜める。
眠りから醒めたのか、それともずっと自分が造り出した世界から現実世界に戻ってきたのか。
Lは自分の身体に回されている腕に驚き、身を堅くした。
恐る恐る私を見て、息を吐くのと同時に肩を下げる。
「おはようL、眠れたか?」
Lは少し間を置き、頷いた。
彼も私同様に眠れなかったようだ。
ただ、私は意識を現実に置いていて、Lは自己の世界に入っていたのが違いなのだろう。
「まだ夜明けだぞ。起きるには早くないか?」
Lが私に寝ていたと表現するならば、私はそれに話を合わせる事しかしない。
Lがその答えを出すまでに至った経緯の本質は何かを見つける事が出来れば、真偽など関係ないのだ。
今回の場合は、彼が私に心配をさせない為についた嘘なのか、それとも彼が自身の世界に入る事を睡眠と解釈しているかのどちらかだ。
Lはまだ自分の事で手一杯なのだから、後者の確率が高いだろう。
それで良い。
私達『L』は外界とは隔離された空間に存在するのだから『L』という探偵が他者への気遣いを心掛ける必要などないのだ。
気遣いなんてものをしていては、捜査が後手に回ってしまう。
「もう眠れそうも無いか?」
Lは少し視線をあちこちにとばした後、頷いた。
「じゃあ起きようか」
漸くこの格好から解放される。
嬉しく思い、絡めていた指を解きLを解放した。
Lが退いてから、私はベッドから下りて本当なら伸びの一つでもして凝り固まった筋肉をほぐしたいところであるが、Lを連れてまずトイレに向かう。
先にLを入れ、扉が完全に閉まってから私は伸びをした。
肩の骨が良い音を出し、筋肉は急に伸ばされたので痛みを発するが、これは気持ちが良い部類の痛みだ。
久しぶりの肉体労働に、体が酷く重たい。
Lを連れて一階に行くと、すでに朝食の準備が始まっていた。
「随分と早いですね」
「ワタリもだろう?」
ワタリこそ、いつも起きるのが早い。
夜明け前に起きて朝食の準備をするのがワタリの日課だ。
捜査をしている時は常にリビングで仕事をしている私の処にワタリが来るという関係だったが、Lが住むようになってからは私も二階の自室を使うようになったので、リビングに居るワタリの処に私達が向かうという関係が成り立ちつつある。
子供一人増えただけで、生活は変わるものだ。
「もう朝食は食べられますか?」
「L、食べられる?」
Lは私を見上げて、頷く。
食べられる旨を伝えると、ワタリはすぐに作りますね、と言って台所で手早く朝食を作り始めた。
Lはワタリの料理を好き嫌い無く食べる。
否、本当は苦手な物があるのだろうが、残してはならないと考えているのだろう。
学習能力の高いLは更に努力家だった。
私が問題の解法さえ教えれば自発的に取り掛かるから、私は分からない事があったら聞きに来るようにと言ってLを部屋に一人にした。
Lが夜眠れていないとすれば、今からでも一人にさせて眠らせようと考えたからだ。それに私も、ワタリを除いての話だが、元来一人を好む人間なので四六時中一緒なのは辛く、少し一人になりたかった。
自室に入るとワタリが居た。
窓を開け、使っていないベッドのシーツを代えている。
使ってないのだからそのままでも良いのではないかと毎回思うのだが、ワタリは毎日シーツを代えるのだ。
まるでそれが決まりだというように。
「手伝うよ」
やる事が特に無いので、私もシーツをスプリングの下に差し込む作業を手伝った。
「重労働だな」
「そんな事ありませんよ」
「そうか?毎日私とワタリ自身とLのシーツを代えるのは大変じゃないのか?」
「私は鍛えていましたから」
その言葉に思わず苦笑する。
身体を鍛えるのを怠ったのは認めよう。
「ケイ」
ワタリが窓を閉めながら言ったので、私は入口を閉める。
「何だ」
「やはり入院して、どこまで進行しているか調べたらどうですか?」
いつかはいわれると思っていた言葉であったけれど、私は首を振った。
「入院はしない。私は自分に金を使いたくないんだよ」
「お金は沢山あるでしょう。私の特許もあります」
「特許の金を使ってはいけないよ」
特許で得た金はワイミーの物であり、私が使って良い筈も無く、また私に使うべきでも無い。
どう言えばワイミーに私の考えは伝わるのだろうか。
ワイミーの物だと言っても、ワイミーであるワタリはそんな事は関係無いと言うだろう。
だが私にとって、ワタリの物を使うのは凄く嫌なのだ。
ワタリの生きていく上での障害物になったような気分になる。
だから、嫌だ。
「ケイ、私には貴女が死を望んでいるようにしか見えません」
私は眉根を寄せた。
「自殺願望なんて無いよ。そんな事はワタリが一番良く知っているだろう?」
私の事を一番分かってくれているのはワタリでは無かったのか?
「確かに自傷行為はありません。しかし私が言いたいのは自殺では無いのですよ」
私はワタリが口を開く前に声を発した。
それ以上何か言われるのは、ごめんだ。
「ワタリ、私が治療を受けないのは金がかかるくせに治る見込みも無く、痛い思いをして延命するのが嫌だからだ。確かに、一般の考えとは違う部分があるだろう。本能に組み込まれている生への執着は計り知れない。だが私はそれ以上に、注射も点滴も自由の利かない身体も嫌なんだ。死に急いでもいないし、死にたいとも思っていない」
後半は少し嘘を混ぜた。
注射も点滴もこの年になって嫌いも怖いも無い。
だが理由をつけるなら、私が拒否する部分を増やす方が相手にも私が何故そこまで拒むかをより理解してもらえるだろう。
それなのにワタリは食い下がってくる。
「ですが、貴女を必要としている人がいるのですよ?痛みに堪えてでも病気の進行を食い止めるべきです」
必要とされているのは『私』ではなく『L』なのだ。
『L』さえ途切れる事が無ければ誰も私の事など気にもとめない。
私は『L』という存在を生かす上での足場の一つにすぎないのだ。
「ワタリ、あのな……」
私が口を開いた時、扉が叩かれた。
Lが来たのだろう。
「ワタリ、この話は終わりだ」
この家は防音加工ではあるが、扉の前に立てば中での会話内容こそ分からなくとも、何か音がしているのは分かる。
Lに今の会話が聞き取られていたら、厄介だ。
私はLに病気の事は隠し通せなくなるまで隠し通すつもりだ。
若いLの心を、余計な事を言って揺れ動かしたくはない。
扉を開けると、Lは部屋の奥に居るワタリを見て少し驚いたようだった。きっと私しか居ないと思っていたのだろう。それはつまり、私達の会話がLまで届いていなかったという証拠だ。
布の擦れる音がして、ワタリがシーツを腕に抱えて部屋から出る支度を始めているのだと分かる。
「どこか分からない箇所があったか?」
しゃがんでLと同じ高さの目線にすると、Lは視線を床に落として口をもごもごさせた後、上目遣いに私を見た。
「……」
開かれた教科書を手に持っている。
「見せてごらん」
見れば、もう掛け算まで入っていた。
「引き算は分かったのか?」
「……はい」
「で、どこか分からない?」
「掛け算のやり方が分からないんです」
教科書を見た。
存外教科書というのは、表現方法が希薄だったりする。
この教科書を買ったのは失敗だったか、やはり買う前にもう少し教科書の中身を見るべきだったな。
楽な計算ほど表現は難しいのだから。
「まだ計算やりたいか?」
聞くと、目を開いてどういう意味だと目だけで問われた。
「一応足し算と引き算が一組になっていて、掛け算はこの後出て来る割り算と一組になっているんだよ。だから今日はここで終わるか、それとも今日続けてやるか……疲れてないか?」
問えば、視線は床にずらされる。
昨日も筆記用具を使いづらそうに使用していたし、慣れないシャープペンを持って手も疲れているのではないだろうか。
「今日はここまでにしようか」
Lは頷いた。
「よし、じゃあ、お疲れ様」
頭を撫でる。
Lの身体は相変わらず硬いが、最初の様な拒否反応は無い。
「Lは何かしたい事あるか?例えば、眠りたいとか横になりたいとか、遊びたいとか、散歩したいとか」
Lの目は正直だ。
散歩という言葉に目だけが反応を示した。
「散歩しようか」
頷くLに、部屋の中で枕カバーも代えているワタリに振り返って口を開く。
「散歩に行ってくる」
「無理はなさらないように」
私は笑って、無理はしないさと言った。
私は無理とは何を指すのか、良く分からないのだ。
堪える事だと人は言うのだろうが、私には堪えている事など特に無い。
だから、無理などしていないのだ。
手を繋ぐ。
「さて、行こうかビショップ」
ビショップはやはり無言のまま頷いた。
君が作り出した君を護る殻から、私は君を出す事が出来るのか。
散歩の様に、手を繋いで引っ張れば外に出せるものでは無いから、難題かもしれない。
私は生きているうちに、何が出来るのだろうか。
〜戯言〜
抗うか
ただ運命という名の下に流されるか
それは本人が決める事
だけれども
気遣ってくれている人をあしらう態度は如何なものか
お節介や有難迷惑なら許せるけれど
親身に思っている人には、それ相応の態度を
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