デスノ 跡継ぎ | ナノ
三人
手を繋ぐのは初めてではないのに私でも少しばかり緊張したのだから、Lはとても緊張していただろう。
顔の筋肉に疲れが出始めていた帰り道、笑顔を保つのは殊の外大変だった。
今まで顔の筋肉を殆ど使わずに日々を送っていたのだと知り、ずっと外界を避けた生活だったのだと気付く。
それとも、病気の進行で筋肉が落ちているのだろうか。
跡継ぎ
ワイミーとケイとビショップと
玄関先でワタリが出迎えてくれた。
「ただいまワタリ」
「ただいまワタリ……」
Lが私と同じ発言だが、私が促す前に自分から挨拶をする。
小さい声でも鸚鵡返しでも、良い進歩だ。
Lは自ら変わろうとしているのだと、手に触れる物の様に確かに感じる。
強い子だと、思った。
普通はそう簡単には今までの習慣を変えられはしない。
「お帰りなさいケイ、L」
ワタリが笑顔で穏やかに、リラックスさせる様に柔らかい口調で言ったからだろう、Lは緊張を少しばかりほぐした。
私はワタリのこの口調が今も昔も、そしてきっとこれからも好きだ。
「疲れたでしょう。お茶を淹れますからリビングで寛いでいて下さい」
午前をすべて遊びに費やしてしまった私は、今からまた寛ぐ時間を設けるべきでは無い。
「L、ワタリと一緒にリビングに行くと良い。ケーキが出るぞ」
俯いたままのLは、上目遣いに長い前髪の隙間から私を見て、目だけで『ケイは?』と問うてくる。
「部屋で仕事をしようかと思ってな」
視線が伏せられ、本当に俯いてしまったその頭を撫でた。
芯のある、癖が付きやすい髪。
今君は、私が仕事の時間を削って君に付き合ったと思ってるいるのだろう。
そんな事はない。
私が、君と居る口実を欲したのだから、君が自分を責めるのは間違いだ。
「散歩に付き合ってくれてありがとう、楽しかった。また出歩こうな」
Lが私を視線だけで見るので、笑みを浮べた。
作り笑いではなく、勝手に口元が綻んだのだ。
部屋は新鮮な空気で満たされていた。
窓が全開になっていて、白いカーテンが揺れている。
私はいつ窓を開けただろうか。
この部屋では朝起きてから着替えをしただけだ。
窓を開けた記憶は無い。
ベッドを見て、なるほどなと思った。
いつもベッドはシーツも何もかも、ワタリが午後に交換や整頓をしてくれるのだが、今日は午前中に行ってくれたのだ。
そして、ついでに窓を開けて換気をしてくれているのだろう。
心の中で感謝しつつ部屋の電気を点け、窓を完全に閉めて暗幕カーテンで一切外から見えなくする。
仕事が仕事なので、外に少しでも洩れてはならない。
だからどれだけ天気が良くても暗幕カーテンで日差しを遮断し、空気が澄んでいても窓を完全に閉ざす。
机に向かって座り、パソコンの電源を入れる。
いつもは日常で、自分の身分を考えたら当たり前なのだからと気にもとめなかったが、私は今、外界と隔離された空間に存在するのか。
頭を振る。
何を馬鹿な事を。
感傷的になり過ぎだ。
きっと特に目的も無く外に出て歩き回ったからだ。
だから、少しでも外に馴染んでしまったから、外が気になる。
ふぅと息を吐いて、一度深呼吸をする。
起動処理を終え、パスワードを打ち込むと見慣れたデスクトップが現れた画面を見た瞬間に、外の事なんてどうでも良くなった。
「L、犯人を捕らえました!」
「良かった。負傷者はいませんか?」
「今のところ見られません!」
イヤホンから洩れるのはマイクを持った警察庁長官の声と周りのざわめき。
私はパソコンの隣りにあるテレビをつけた。
テレビの音量は元より切っている。
だから私のつけているマイクが私の声以外の音を拾う事は無い。
じきに速報でテロリストチーム逮捕と流れるだろう。
耳元から流れ込んで来るざわめきに目を閉じた。
マイクが拾う声を聞き取る。
「Lが言っていた通り、犯人は全員で7人か」
「彼は凄いな。流石世界のL、最後の切り札か」
『彼』という単語に心中で笑う。
誰もが私を男だと信じて疑わない。
男らしくあれと育てられ、口調も、そして変声機を使用するのに声すらも1オクターブ下げる事を強いられていたのも、こうやって思うと実質的だ。
今テロリストを捕まえた者達は全員私の声を聞き私の指示で動いていたのだが、街で私と会っても、まさかLだとは心にも思うまい。
「L、聞こえるか?」
「如何なさいましたか、長官」
「L、君には感謝をしてもしきれない。本当に、有難う」
「感謝は動き回ってくれた方々にして下さい」
「そうか、そうだな」
「それでは」
一方的に通信を切る。
テレビではちょうどテロリスト逮捕の速報が流れ始めていた。
パソコンの電源を切る。
完全にシャットダウンしてから窓へ行き、暗幕カーテンを一気に端へ追いやった。
視界が真っ白になる。
瞳の奥に痛みを感じ、目を閉じた。
手探りで窓を開けると気持ち良い風が身体を撫でる。
太陽が西に傾いているのだろう、片側の頬が熱を感知する。
目が光に慣れてきた頃、ドアがノックされた。
入って来たのはやはりワタリだった。
テレビをつけていたのだろう、テレビで私が受け持っている事件解決の報道がされるといつもワタリはお茶を持ってきてくれる。
私は窓を閉めた。
暗幕カーテンはいらない。
ただ茶をするだけで、会話だけが洩れては困るものなのだから。
「お疲れ様です」
「今回は楽だったから、疲れてはいないよ」
「怪我人が出なくて良かったですね」
座ると、机にコーヒーとショートケーキが置かれた。
「有難う、ワタリ」
コーヒーを口に運ぶ。
「私の仕事ですから」
ワタリの返答。
それはいつも私を悲しい気持ちにさせる。
ワタリの本名はキルシュ=ワイミーと言って、本職は特許を沢山持っている発明家だ。
何故発明家のワイミーが探偵の私と生活を共にして、更には身の回りの世話をしているのかと問われれば、理由は先代のLにある。
ワイミーがまだ学生時代に話は逆上るのだが、ワイミーは学生時代から世に云う『出来る子』だった。
だが当時まだ学生だったワイミーには研究する場所も物資も金も無かった。
そこで、頭が良いと聞き付けていた先代のLがワイミーに研究の援助をすると言いだし、その代わりに次代のLになってくれないかと言い出した。
ワイミーはLになる事を拒んだ。
ワイミーは研究をしたいのであって、頭が良いからといってLにはなりたくなかったのだ。
それでも先代のLはワイミーを高く評価していて、自分の近くにおいておきたかったのだろう、援助をする代わりに自分の身の回りの世話を頼んだのだ。
当時のワイミーは研究の援助をしてくれるあてが無かったのでその申し出を快く引き受け、研究の傍ら“L”の世話をしている。
名前をワタリと偽ってまで、献身的に勤めてくれているのだ。
そんなワタリは、我儘過ぎた先代のLに『茶を淹れるのはお前の仕事だ』とでも、言われたのではないだろうか。
昔、それこそ私が此処に来たばかりの本当に幼い頃、ワタリにお茶を淹れてもらった時に有難うと言ったら『私の仕事ですから』と返されたのは記憶に鮮明に残っている。
ワタリに言ったらワタリを悲しませてしまいそうだから言いはしないが、私は先代のLが嫌いだ。
死者への冒涜だと言われても、意見は変わらない。
優しさが一欠片も無い人だった。
私には勿論の事、Lの名を継がないワタリにも。
そういえば、私がワイミーをワタリと呼ぶのも、先代の言いつけだったな。
私はワタリの事を最初ワイミーと呼んでいて、そうしたら先代に丸二日倉庫に閉じ込められた。
未だに理由は分からない。そして先代が亡くなった今は永遠に分からないが、丸二日を倉庫で過ごしたのは確かだ。
当時閉所恐怖症で暗所恐怖症だった私は、ワイミーをワタリと呼ぼうと肝に銘じた。
それ以来ワタリと呼び、ただワタリが研究をする時だけ、ワイミーという名前を使う。
ワタリの本名はワイミーなのだと云うかのように、彼が探偵の私と関係ない仕事をする時はワイミーという単語を使う。
そうでなくては、本当の名前を持っているワイミーに申し訳ない気がするのだ。
「ケイ」
「何だ?」
「Lの事は外では何と呼べば良いでしょうか」
「私はビショップと呼ぶ事にした」
「ビショップですか?以前ケイが使っていた偽名ではないですか」
「他に思い浮かばなくて。名前を考えるのは苦手なんだ」
私はケーキもコーヒーも完食し、席を立って伸びをした。
「顔色が優れませんね」
「いつもの事じゃないか」
「ケイ」
「何だワタリ」
「薬は飲まれておりますか?朝は飲まれましたが、昼は外にいましたし、帰ってから今までずっと事件捜査をしていたでしょう」
ワタリは厳しい。
「分かった。飲むよ」
薬をケースから出し、一階に向かう。
「ケイ」
「どうした?」
「貴女は必要とされております。だからしっかりして下さい」
必要とされているのは『私=ケイ・クウォーク』ではなく、『私=L』だからだ。
しかしLになれる人は少数だが存在するわけで、つまり、本当は私ではなくても良いのだ。
必要とされているのは、私ではなく『L』。
代用品に価値は無い。
捻くれた思考回路に自分で嗤った。
「しっかり?いつもしてるじゃないか」
ワタリは肩を落とす。
「ちゃんと薬は飲むよ。事件も一段落ついた。暫くは療養する」
それだけ言ってリビングに入る。
ソファに蹲る様な、体育座りの格好で座ったLが顔だけをこちらに向けて大きな瞳で私を見た。
「何かあったのか?L」
Lは視線をそらして顔を横に振る。
座り方が気になるが、それは彼の過去を考えると自己防衛の姿に思えて訊ねる事は出来なかった。
「貴女が解決した事件に驚いていたんですよ」
ワタリが後ろから言った。
「Lも見ていたのか」
頷く。
私もソファに腰掛けた。
Lは何かを私に言いたいようだが、口を動かすだけで声は出てこない。
それに落胆したのは私ではなく、L。
Lは話したいのに今までの生活環境が身に染み付いていて、それが発声を拒むのだろう。
「事件を解決するのが私の、違うな、探偵『L』の仕事なんだ」
Lが話せない分、私が話す。
Lは頷いた。
そして少し不安そうに指を動かしていた。
「今手元にある事件は無いから、これからは君に事件調査の方法を教えるな」
その前に、常識レベルを教えなくてはいけないのだけれども。
「ケイ」
ワタリに名を呼ばれる。
水の入ったコップを渡された。
薬は沢山ある。
それを一つ一つ袋から出し、二、三粒ずつ飲んでいるとLは薬の量に驚いたらしく、薬を飲む私を見る。
私は返答に悩み、そして嘘をついた。
「ビタミン剤だ」
〜戯言〜
心配させたくないから、直に真実を知ると分かって居ても嘘をつく。
子供の夢を潰したくないから、『サンタクロースは居るんだよ』と言うのと同じだと思います。
でも相手が言っていた事が嘘だったと気付いた子供がどれだけ落胆するのか。
それは大人になれば薄れて傷跡も残らないけれど、子供の時は心に深い傷をつけてくれます。
- 6 -
[
*前
] | [
次#
]
←
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -