デスノ 跡継ぎ | ナノ
終末2
目
を開けると、闇に色が生まれた。
「おはよう、L」
きゅうっと抱き締められて、私も抱き付く。
「おはよう御座います」
頬に当たる柔らかなもの。
ケイの心音は、少しだけ早い。
どうしたのだろうか。
ケイを見るとニコリとやわらかい笑顔を向けられた。
ケイの心音に耳を当てる。
いつもより少しだけ早いけれど、温かい音。
「寒いな」
「はい」
でも、暖かい。
ケイが居るから暖かい。
髪を梳く指。
頭を撫でてくれる優しい手。
また眠たくなってくる。
「L、今何時?」
問われて、時計を見る。
「七時半過ぎです」
ケイはそうか。と言った。
何故自分で見ずに私に問うのだろうかと、少し不思議に思う。
ケイは最近、自分で見れば分かるような事を度々訊いてくるのだ。
きっと、ケイが作った、何か新しい遊びなのだろう。
「起きようか」
「はい」
起き上がる。
ケイは身に染み付いたと云う様に、自然な動作で眼鏡をつけた。
跡継ぎ
見えない未来へ
廊下に出ると、息が白くなった。
寒い。
「冬だな」
「はい」
ケイは伏し目がちに笑った。
寂しそうな笑い方。
見て、何故か苦しくなった。
ケイは最近伏し目がちに笑う。
その笑顔は私にいつも理由も分からない切なさを与える。
階段を下りる時、ケイは繋いでいた手を離した。
掌に冷たい空気が流れ込んでくる。
ケイはまっすぐに前を向き、少しいつもと違う歩き方で手摺の方に行く。
違和感に、私は声を掛ける事すら出来なかった。
そしてケイは階段を下り始めた。
「っ!!」
「ケイ!」
階段を踏み外したケイ。
すぐに手摺に掴まったから何段も落ちずに済んだが、やはり身体を打ったのだろう、階段に座って動かない。
眼鏡が階段下まで音を立てながら落ちる。
私が走りよれば、ケイは大丈夫だと言いながら顔を片手で覆っていた。
「ケイ、どこを打ったんですか?」
「そんな大事は無いから、心配するな」
立たないのはちょっと打ち所が悪いだけだと、ケイは無理に笑って言う。
何でこんな時まで笑うのだろう。
痛いなら痛いって、言ってくれれば良いのに。
強がらないで欲しい。
「それより、済まないがワタリを呼んで来てくれないか?」
私では力不足なのだろうか。
幼くて弱い自分が、悔しくて悲しい。
私では、ケイを助ける事も出来ないのか。
「……分かりました」
今ケイが必要としているのは、子供の力では無く大人の力。
私はケイを抱き抱える事も、肩を貸して立たせる事も出来ない。
悔しいけれど、子供では駄目なのだ。
立ち上がって階下に下りようとすると、ワタリがリビングから走って出て来た。
「ケイっ!」
すぐに階段を上って来るワタリ。
眼鏡は存在を忘れられた様に、階段の下に転がったままだ。
「済まないが肩貸してくれ。部屋に」
「分かりました」
ワタリがケイを半分担ぐ様にして立ち上がる。
私はどうすれば良いのか。
何も出来る事が無い。
この非日常の世界で私は何が出来るのか分からずに、後をついて行く事しか出来ない。
何も出来ない事への憤りが胸を燃やす。
自分がこんなにも非力なのだと今になって気付くなんて、大馬鹿者だ。
ケイの部屋の前に来て、ワタリは言った。
「ビショップは暫らく一人でいて下さい」
どうして。
そう言いたかったのに、拒絶の言葉に息が掠れて出るだけだった。
ケイもワタリと同じ意見なのかとケイを見るけれど、ケイは私を見ない。
見てもくれない。
部屋に入る二人。
私の前で、扉は閉まった
。
生か
死か
助
けて欲しいと
伸ばした手は空を掴む
ずっとそうだった
助けなんて無かった
私が掴むものは何も無かった
だからもう
手をどうやって伸ばせば良いのかなんて
忘れてしまった
跡継ぎ
私が産まれた日
ワタリの肩を借りて、ベットに腰掛ける。
何も見えない闇。
真っ黒だ。
夜でもこんなに暗くはならない。
夜ならば月明りや街灯など、人が造り出した明かりが隙間から差し込んできて少しの光がある。
今はまるで、窓の無い空間に閉じ込められた様な気分だ。
過去を思い出して、吐きそうになる。
「ケイ、薬は何処に?」
「机の引き出しの奥。紙の束の下に隠している」
Lは今、廊下に居る。
朝と夜にサプリメントと偽って飲む以外に薬を飲んでいる事を、Lに知られたくなかった私を考慮して、ワタリがLを廊下に残した。
それは私にとっては有難い心遣い。
けれどLは、傷ついた筈だ。
この部屋より寒い廊下に一人で居るL。
きっと困惑して、心配しているに違いない。
「ケイ、飲んで下さい」
昨日から置きっ放しのペットボトル。
自然の冷蔵庫状態の部屋に置かれた、冷えたそれで薬を飲む。
薬は鎮痛剤。
病院の医者が言った死ぬと云う病気。
それは神経が侵される病気だ。
身体の感覚が痛みや麻痺を伴い、そして動けなくなり、最後には心肺停止の病気。
診断を受けた時は病気の進行が早く、医者は止める術は無いと言った。
今の私の身体は神経系がやられ、痛みは常に一定。
夏から良くも悪くもなっていない。
病気とは進行が加速するだけでは無く、減速も有り得るのだ。
……いつまた加速するのかは分からないのだけれども。
身体の感覚が無くなって動けなくなり、呼吸すら出来なくなるほど今は悪化していない。
指先の痺れ、身体を動かす時に生まれる電流が流れる様な痛みは、これから付き合っていかなくてはならない代物なのだけれど。
まぁ、痛みを感じているだけマシか。
いつかこの痛みすら無くなるのだから。
「ワタリ、視力を失った」
「……そうですか」
溜め息ともとれる声。
闇の世界。
ワタリは今どんな顔をしている?
悲しませたくないのに、私が悲しませる根源だなんて、滑稽だ。
「ビショップを呼びますか?」
「そうだな」
一人は寂しいだろう。
誰だってそうだ。
私だって。
でも、私はもうここには居たくない。
私に普通の生活はもう出来ない。
視界が徐々に闇に染まるから、生活する中で家の間取りを身体で覚えたつもりだった。
なのに、階段を踏み外した。
しかも慣れているこの家でそうなのだから、外を歩ける筈も無い。
しかもまたいつ神経系が侵蝕されていくのかも分からない。
こんな私が一緒にいたら、足手纏いになる。
それに私はLに教える事は教えた。
視力を無くした今、何かを教えられる筈も無い。
だからもう、離れよう。
一人が寂しくても、迷惑をかける方がもっと苦しいし嫌だ。
私は『L』としてしか生きてなくて
あの子と逢ってから『私』が出来たけれど
所詮それは仮初で
結局私は『L』としてしか生きられない
扉が開く音がした。
「ケイ」
駆け寄る足音は小さい。
抱き締めるつもりで腕を伸ばして広げる。
するとLは私の腕の中に、迷い無く入って来てくれた。
ぬくもりが伝わってくる。
頬に癖のある髪が当たって、少しばかりくすぐったい。
扉の閉まる音がした。
「ワタリ?」
ワタリはまだ部屋の中に居るのだろうか。
もし居るなら、暫らくは席を外して欲しい。
こんな私を彼には見せたくない。
だってワタリは何よりも『L』の人生しか歩まない私を悲しむ人だから。
「……」
返事は無い。
溜め息をついた。
重たい、何かを孕んだ空間。
それを感じているのは、きっと私だけなのだろうけれど。
「ケイ。どうしたんですか?ワタリは部屋にいませんよ」
Lの声は不安や疑問を含んでいる。
当たり前だ。
私は部屋にいない人の名前を呼んだのだから。
「ケイ?どうしたんですか?」
再度問われる。
疑問より不安が濃い声音。
会わなければ良かった。
あのまま去れば良かった。
逢えば別れはつらくなるのに。
Lを安心させたいと思うのに、不安がらせているのは私ではないか。
身体を離そうとするけれど、Lは私の上着を掴んでくる。
離れたくない。そう態度で示しているのだ。
それに縋りたくなる。
でも、甘えては駄目だ。
「L、お別れをしよう」
単刀直入に言った。
それしか方法を見出だせなかった。
Lは聡いから、遠回しに言っても意味が無い。
それに、自分を取り繕って遠回しに表現できる自信が、今の私には無い。
「なん、で、ですか?」
片言の言葉。
寒くて歯の根が合っていないみたいだ。
私も寒くてたまらない。
身体が芯から冷えて、寒くて寒くて、死にそうだ。
「私が疲れたから」
真の理由としては嘘。
でも本当でもある。
何に疲れているのかを問われたら言葉につまるだろう。
私は私に呆れて、そこから疲れを感じているのだから。
「何で疲れたらお別れなんですか?」
泣きそうな声。
泣いてはいないみたいだけれど何かを堪える声。
ほら、また私はLを傷つけた。
どう言えばLは納得するだろう。
傷つける言い方をすれば簡単。
でも私はそんな事怖くて出来ない。
離れるなら傷つけて、嫌われる方が優しさだろう。
でも私は拒絶から受ける痛みを知っているから出来ない。
それに私は、良き関係を築きあげた人から受ける拒絶を想像こそ出来るが、想像でしかない。
これが私の弱さなのだろうか。
これが私の悪いところなのだろうか。
「……」
沈黙が長引けば『疲れたから』と云う理由は嘘になる。
では本心を言う?
本心?
私の本心とは何なのだろう。
離れる事が私の本心の筈なのに、強くそれを推す事が出来ない。
優柔不断な自分に反吐が出る。
こんな自分、私は許せない。
「私の役目が終わったから」
「役目って何ですか?」
すぐに返される言葉は怒りだろうか。
まるで尋問。
しかも問われているのは私。
今までこんな事があっただろうか?
頭に浮かぶ経験は、一つもこれに該当しない。
「私が『L』で、『次代のL』を育てる事」
Lは小さく息を飲む。
傷つけた?
傷ついた?
ごめんね。
君を傷つけたくないから。
もういなくなるから。
「私はまだ、半人前です。ケイが必要です」
私を必要と言うのか?
それは『L』として必要?
「そうだとしても、もう無理だ」
「何で!?」
空間を裂く様な声。
冷たい空気を吸い込むと、肺が痛かった。
それが私に似合う痛みだと思えた。
「視力を失った。それに神経系がやられてる。鎮痛剤を飲んでいなくちゃならない。知ってるか?鎮痛剤は思考力を鈍らせるんだ。そんな頭で何を教えられる?」
一気に喋るのは焦りか、自分に対する怒りか。
冷静さを欠く自分。
本当に、こんな私がLの何の役に立つ?
邪魔なだけだ。
足手纏いなだけだ。
そんな自分、嫌だ。
私は誰の厄介にもなりたくない。
だから先代にも従順だったし、ワタリにも私生活では極力迷惑はかけないようにした。
暫らくの沈黙は永遠に続く様で、逃げたくなる。
先に口を開いたのはLだった。
「目が、見えないんですか?」
「あぁ」
「いつからですか?」
「徐々に視界が見えなくなっていって、今日が完全な闇だ」
「……気付きませんでした」
「私は嘘が上手いからね。気付かれない様にしていたから、それが普通だ」
嘘を吐くのが上手だなんて、誇れるところでは無い。
だが嘘だって時には必要だろう?
サンタクロースと同じ原理だ。
どうせいつか真実がバレると分かっていながら、平気で嘘をつく。
それは愛情があるからだ。
そして愛情があるから、重荷にも厄介にもなりたくない。
つまり私は論理的な『L』であれ、愛情を優先する『私』であれ、ここから出たいと望んでいるのだ。
ならばもう物事は簡単だ。
私は何にも後ろ髪ひかれずに、ここを離れられる。
そう、だろう?
「……っ」
Lが私の胸を押して身体を離した。
拒絶は、こんなにもくるものなのか。
胸が痛いどころでは無い。
呼吸を忘れそうになる。
けれど冷静に、普段通りでいなければ。
離れたL。
そうか、これでお別れか。
寂しくなんて、無い。
「訊かせて下さい」
少し震えた声。
窓が音を立てる。
あぁ、冬特有の、吹き抜ける風か。
「ケイはずっと私を『次代のL』として見ていたんですか?」
答えづらい質問。
正直に答えれば一番良いのに、本心を口にするのは難しい。
それにきっと正直に答えては、私の立場を悪くする。
そんな気がした。
「……」
「答えないのは肯定ですか?それとも否定ですか?」
「どっちつかずだ」
一番卑怯だろう返事。
Lが腹を立てても仕方無い。
けれども私の本心だ。
「私は『次代のL』相手じゃなかったら君に何学年も上の難しい事を教えたりしない。年相応の事を教えるよ」
Lは続きを待つ様に口を挟まなかった。
私は一呼吸置いた。
相手の表情や姿が見えないうえに声も聞けないのでは、学んだ臨床心理は使えない。
作戦も練れないから、本心で体当たりをしていくしかない。
「私が君を大切に思っているのも事実だ」
本心は、もっと深いだろう。
大切なんて言葉では言い表せない。
Lには笑っていて欲しい。
傷つく事の無い世界を作ってあげたい。
望むなら何だって、したい。
もしLの命が危険に晒されるなら、私は迷わずこの命を差し出してLを救うだろう。
「なら、傍にいて下さい」
震える声は幾度聞いたが、今回のは初めてのものだった。
聞こえるのは嗚咽。
泣かせたくなかったのに、笑っていて欲しかったのに、私が泣かせてしまった。
逆の行動ばかりしている。
「好きなら傍にいて下さい。私はケイが好きなんです。離れたくない……」
銅板で殴られた様な衝撃。
嗚咽混じりに紡がれる言葉。
『ケイ』が好き……?
初めて言われた。
身体から力が抜ける。
嬉しさより、恐怖を感じた。
甘えてしまう。
何でこの子は『L』では無く『ケイ』を好きだと言ってくれるのだろう。
何で私を『私』として見てくれるんだろう。
甘えたくなってしまう。
縋りたくなる。
ずっと誰かに私は『私』を見て欲しかった。
『L』としてでは無く『私』を見て欲しかった。
ずっと、望んでいた。
『私』を好きになって欲しかった。
『私』を愛して欲しかった。
本当に傍にいて良いのか?
離れなくて良いのか?
私の事を好きだと言ってくれるのか?
愛して、くれるのか?
鼻の奥がツンとする。
目の奥が焼けるみたいに熱い。
胸が苦しい。
今まで感じた事の無い苦しさだ。
空っぽの胸が痛むのでは無く、満たされて苦しい。
Lが存在する場所も分からず手を伸ばした。
見えないのに雰囲気や感覚でLを見つけられる自分が誇らしかった。
気持ちを伝えるには何をすれば良いのだろう。
それすら分からずに抱き締めた。
小さな手が背中に周ってきて服を掴む。
私は何度この手に救われたのだろう。
私はこの小さな存在が居たから『私』になれたのだ。
何でそれに気付かなかったのだろう。
ずっとこの子は私を見てくれていたのに。
「私は足手纏いになる」
「それでも傍にいて下さい」
「教えられる事は無いんだ」
「ケイと一緒にいられる事で私は沢山学べます。一緒にいられるだけで良いんです」
「Lが『探偵L』になった時、邪魔になるかもしれない」
「もしそうなったとしても、それ以上に、私にはケイが必要です」
助けて欲しいと伸ばした手は空を掴む
ずっとそうだった
助けなんて無かった
私が掴むものは何も無かった
だからもう手を伸ばす事をしなくなっていた
だって何も無いのは寂しいだろう?
でも今はずっと私に向けて救いの手は伸ばされていて
私が見ないふりをしていただけだったんだ
私が手を伸ばせば届く距離だったんだ
私が拒絶していたんだ
「有難う」
有難う
有難う
有難う
言い尽くせない程の有難うを伝えたい。
Lの涙を指で拭うと、涙はとてもあたたかくて。
頬を両手で包むと、とても濡れていた。
こんなに泣かせて、悲しませて苦しめてごめん。
「L、私はどんな顔をしてる?」
Lの小さな手が頬に触れる。
顔の筋肉の動きが手に伝わる。
今、Lは笑った。
「ケイも泣いてます」
もう涙なんて流れないと思っていた。
泣き方も忘れてた。
私にはいらないものなのだと思っていた。
人は産まれる時に泣く
産まれて最初に泣くんだ
ならば
私は
クウォーク・ケイは
今ここで産まれたのだ
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