デスノ 跡継ぎ | ナノ
終末1
ケイさんにお尋ねします。
貴女は、最期までLと共にあると誓えますか
?
はい
いいえ
そ
れは極めて普通の、それこそ日常と云われる様な日だった。
リビングで三人、テーブルを囲み、雑談を交えながら朝食を摂る。
その後ワタリは実験室へ行ってしまい、暫らくしてケイは二階に行ってしまった。
すぐに下りてくるだろう。そう思っていた。
跡継ぎ
貴女を捜す
カチ カチ
カチ カチ
時計の針は止まる事なく動いて、短針もだいぶ移動した。
ケイはまだ姿を見せない。
どうしたのだろうか。
何をしているのだろうか。
形容しがたい不安が突然、波の様に押し寄せてくる。
寒い廊下に出て、二階へ向かった。
床は冷たくて、足の裏の感覚はすぐに消える。
ケイの部屋の前。
扉は閉められている。
「ケイ」
扉を叩く。
返事は無い。
寝ているのだろうか?
耳を扉につけると、風の音が聞こえた。
窓が開いているらしい。
もう外は十分寒いのに、窓を開けて寝ていたら風邪を引いてしまう。
「ケイ、入りますね」
窓を開けながら着替えているという可能性は無い。
だから扉を返事を待たずにドアノブを回した。
扉を開けたら冷たい風が吹いてきて、髪が好き勝手に暴れる。
寒さに頬がピリピリした。
鼻先にジンとくる寒さを感じながら中を見ると、ケイの姿は見当たらない。
「ケイ?」
部屋を見回す。
どこにも姿は見つからない。
「ケイ?」
窓から強風が入ってきてカーテンが揺れる以外の動きは、どこにも見られない。
寒くて、指や足の先が痺れる様な痛みを発する。
部屋を出て、私の部屋を見る。
そこにもケイはいない。
広い屋敷内。
全部の部屋を見るのは困難で、だから玄関の靴を見に行った。
大理石の床は冷え過ぎて、氷の様だ。
玄関に並ぶ靴の中にケイの靴は無かった。
悪寒の様なものが背中をかけ上がる。
何故靴が無いのか。
何故ケイは姿を見せないのか。
何故窓は開きっ放しだったのか。
「ワタリ、ワタリ!」
ワタリの部屋に急ぐ。
ワタリはどうしたのですかと、慌てたり驚いたりするのでは無く、溜め息混じりに言った。
私の手には寒い筈なのに汗が握られている。
脈が速くて煩い。
「ケイが何処に出かけたか知ってますか?」
出かける時はいつも一緒だった。
なのに今は何も言わずに消える様にいなくなった。
形容し難い不安と焦燥。
ケイは何処に行った?
ワタリは部屋を出て、二階に向かった。
私もその後ろをついて行く。
入るのはケイの部屋。
ベッドと本棚とデスクの上のパソコン。
ワタリ部屋の窓を閉めた後パソコンを見て、私を呼んだ。
「ビショップ、見て下さい」
パソコン画面。
そこにはパスワードを入力する窓が開いていた。
『名前を入力して下さい』
という台詞の下に入力する場所。
電源をつけてこのままで放置するのもおかしい。
入力する様にケイは誘導したいのだろうか。
ケイが誘導する理由も分からず、これはケイのパソコンだから《ケイ》と入力をした。
『パスワードが違います』
《クウォーク》と入力をする。
『パスワードが違います』
《クウォーク・ケイ》と入力をする。
『パスワードが違います』
ケイの名前を私はこれ以上は知らない。
どうすれば良いのか。
ケイは私を誘導したかったわけでは無く、本当にただ電源をつけたままどこかに行ってしまったのだろうか。
ふと、思い出す。
私の名前……偽名だけれども、《ビショップ》はケイの前の偽名だ。
他に思い付くものも無くて、今は私の仮の名前となっている《ビショップ》と、入力をする。
『パスワードが違います』
「……」
他にある名前。
ワタリ、ワイミー、すべて試すけれど、すべてが外れ。
もしかしたら。
名前ではないけれど、試しに《L》と入力をする。
すると画面はすぐに切り替わり、メモ帳が勝手に開いた。
そこに並ぶのは文字。
緊張と不安と焦り。
心臓が煩い。
*****
親愛なる L
来年の誕生日、君に名前をプレゼントすると約束したのを覚えてるか?
だいぶ早いけれど、君に名前をプレゼントしたい。
私は君の名前を考えていたけれど、家の中で呼び慣れた『L』が、私の中で君の名前になっていたんだ。
以前私が使っていた名前でもあり、今君が偽名で使っている『ビショップ』よりも、私は『L』と呼ぶと、君を思い浮べるようになっていた。
私の中で『L』と言えば、探偵を指すものではなく、君を指すものになっていたんだ。
だからあげるのは『L』。
代々受け継がれてきた称号が名前だなんて嫌かもしれない。その時は、受けとらなくて良い。
押しつけるだけのプレゼントなのだから。
もし受け取ってくれるのならばと考えて、名字も考えたんだ。
lowlight
法を照らす。という、安直な名字だ。
けれど、君の中の正義が悪法を退け、人を守る為にある大切な法を照らしだしてくれたら、素敵だと思ったんだ。
さて、ここからは君に『探偵L』を与えたいと思う。
私はもう『探偵L』と云う立場からおりる。
これも押しつけだから、君が『探偵L』になりたくなかったら受けとらなくて良い。
君の未来は無限なのだから、なりたいものになると良い。
望むものがあるなら、そちらの道を歩むんだ。良いね?
けれど、このゲームには付き合ってくれないか?
君が私を捕まえるというゲーム。
簡単だと思われるかもしれないが、私も元探偵だ。
そう簡単には捕まらないよ。
私と君、どちらが探偵として強いか、知恵比べをしよう。
私を捕まえたら君の勝ち。
私が逃げ切ったら私の勝ち。
私を捕まえられたら君の願いを叶えよう。
どうかな?少しはやる気が出てくれただろうか。
一応ヒントを残しておくよ。
・パソコンを調べるのは無駄だ。メモリを代えたからね。
・君のパソコンに私の情報では無くても、Lとしてなら使える情報が入っている。
・私は君を見守れる場所にいる。
ヒントと云っても碌に使えないヒントだが、無いよりもはあった方が良いだろう?
期間は無期限。
君はLの名前を駆使して捜すのも良し、別の名前で探すのも良いだろう。
使える物は最大限活用するんだ。良いね?
では、愛するL
君の健闘を祈る
愛を込めて ケイ
冗談の様に軽い文体。
きっと嘘だ。
私を困らせる為にケイはこんな事をしているんだ。
「ケイ!私を見守っているのでしょう?だったら出てきて下さい!私はゲームなんてしたくありません!」
勝手に決めて巻き込むなんて、ずるい。
私はこのゲームに加わるとは一言も言って無い。
クローゼットを開ける。
中には何も無い。
服も無い。
ケイがすべて隠したのだろう。
ケイの存在が、まるで最初からここに無かったかの様に。
「ケイ!」
「ビショップ!」
手首を掴まれる。
ワタリは眉を下げて、悲しそうに私を見ていた。
私を哀れむ様な瞳。
「ケイはこの家にはもう居ません」
「嘘です」
ワタリは、何でそんな事を言うのだろう。
ケイが出て行く姿を見たわけでもないはずだ。
出かける姿を見ていたなら出かけましたよと、私が問うた時に言うはずだ。
「ケイはヒントに私を見守っていられる場所に居ると言ってます」
靴が無いのはフェイクだ。
私に外に居ると思わせる為のフェイク。
私が外を探し回っている内に移動するつもりなのだろう。
窓が開いていたのは窓から外に逃げたと思わせる為。
紐も梯子も無いのに、二階から逃げられるはずが無い。
「ケイ!」
私を愛していると言うのならば、一緒にいれば良いじゃないか。
なんでこんなゲームをしなければならない。
あんまりだ。
勝手過ぎる。
愛しているのならば、一人にしないで欲しい。
一緒にいて欲しい。
どうして一緒にいられない?
何でこんなゲームをする?
ケイの考えている事がまったく分からない。
本当は愛していなかったのか?
だから逃げる様にいなくなったのか?
裏切られたのは私か?
嫌われたのか?
私は何をしただろう。
何をしてケイに嫌われたのだろう。
元よりすべて嘘だったのか?
愛していると云う言葉も。
抱き締めてくれたあのぬくもりも。
優しさも。
すべて嘘だったのか?
頭の中がごちゃごちゃになる。
走って走って、私は家中を捜した。
ワタリに隠し部屋は無いかと問い、隠し部屋も見た。
でもケイはいなかった。
どこにもいなかった。
冗談だと笑いかけてくれる事も
驚かせてごめんと謝る事も
抱き締めてくれる事も
一緒に寝る事も
手を繋いで散歩する事も
勉強をする事も
三人で食事を囲む事も
すべてが無くなった。
ケイがいない。
どうしていない?
私は嫌われた。
私は捨てられた。
いらない子なんだ。
ケイにとっても私は邪魔な存在でしかなかったんだ。
私だけだったんだ。
求めていたのは。
愛していたのは。
喉が焼ける様な感覚
頭の中が熱に浮かされた様な感覚
なのに身体は感覚と云う感覚を失った様で、熱いとか寒いとか分からなくなる。
分かる事はただ一つ
ケイの云うゲームは、もうスタートしている。
時は経ち、冷静な頭で考えると、様々な疑問が生まれてくる。
私は嫌われたから、いらない子だからケイは私を置いて姿を消したのだと思っていたあの日。
でもその考えでは、不明な点が沢山出てくる。
それは私が人間で、自分に都合の良い事ばかり考えるからだと云うのは理解している。
けれども、それが一番当たりに近い様に思うのだ。
ケイが私を嫌っていたなら、施設に戻せば良いのに施設に戻さなかった事。
あの家はケイの物なのに、私ではなくケイが出て行った事。
嫌いな私にワタリを残していくのはおかしいと云う事。
わざわざケイはあの日以降、本当にゲームをする様に名前を変えずに各地を転々としていた事。
もし本当に嫌っていたならば、今あげた事実は、どれも納得出来ない物になる。
納得するには、ケイは私が嫌いになったのでは無く、他の理由でこのゲームを始めたのだと云う考えが生まれる。
都合の良い考え。
けれどもそれによって辻褄が合うのも事実で、私はその考えに甘える。
現在探偵Lとして活動をしながらも、私はケイの足跡を捜している。
ワタリにケイの事を訊き、ケイの過去を洗い出す事は出来た。
けれどある日以降、ケイの足取りは途中で途絶えている。
途中で途絶えていると云う事は今までは名前を変えずにいたけれど、名前を変えたのかと考えたが、それも違った。
なのにケイの足取りは、ある日を境にパタリと途絶えた。
今、私は貴女を捜す。
捜し出して、何故こんなゲームをしたのかを訊きたい。
真実を知りたい。
私を置いて行った真意は何なのかを知りたい。
愛していると書き残しながら居なくなった理由を知りたい。
すべてケイの口から聞きたい。
私の憶測や推理では無く、ケイの口から真実を聞き出したい。
私の推理があっていると信じて。
今日も収穫も無く、疲れが身体に重くのしかかる。
目の下の隈は日に日に濃くなり、今では当然の様に私の目の下を黒くしている。
一人座りのソファ。
気に入っているソファ。
ソファの上で膝を抱えると、ケイに抱き締めてもらっている様な感覚なのだ。
背凭れから心音は聞こえたりしない。
ぬくもりも無い。
包み込んでくれる事も無い。
それでも少しは安心する。
目を閉じると、そこにはあの空間が浮かぶ。
広いリビング。
テーブルがあって、外に直接出られる窓もある。
太陽の光がたくさん降り注いでいる。
私を抱き締めてくれる腕。
背中にはぬくもりと心音。
暖かい空間。
早くケイに逢いたい。
逢って、ずっと傍にいて欲しいと伝えたい。
抱き締めて欲しい。
愛していると、言って欲しい。
ケイと住んでいたあの家の近くの病院からもらった資料と、眼鏡屋の眼科医から聞いた言葉。
ヒントの三つ目
『私は君を見守れる場所にいる』
私がどこにいても見守れる場所なんてない。
私は今ホテルの最上階に住んでいるのだから。
ケイの言う見守れる場所。
ここを見られる場所などない。
入って来れるのはワタリだけなのだから。
では見守れる場所とは何処なのか。
私は知らないし、知る気もまったく無い。
ケイを掴まえるのが私の目標なのだから。
早く、ケイに逢いたい。
私は膝を抱えたまま、空を見上げた。
空には沢山の星が散りばめられていた。
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