デスノ 跡継ぎ | ナノ
運命
それは偶然だった。
そう、偶然。運命などという、決められたレールの上を走る物ではない。
たまたま、その日は総合病院で検査結果を聞いた帰りで、ワタリに無理を言って一人で駅までの道をぼんやりと歩いていたのだ。
本来、立場を考慮すれば自宅に主治医を呼ぶのが良かっただろうし、総合病院に行くとしても、付き人のワタリは共に居て、車での送迎にするのが正しいだろう。
けれど、今日ばかりはほんの少し、一人でいる時間が欲しかった。結果を聞く前からおよそ予測していた己の病気。だから、検査結果を聞く前にワタリには帰ってもらった。
検査結果は、予想通りの病名だった。ただ、進行具合が感じていた倦怠感に対して早く、己の余命がおよそ一年だと医者に宣告された事は、想定外であった。
自分の憶測では余命は2〜3年あるだろうと軽く見ていたので、余命が1年と分かっただけでも、検査に行ったのは無駄足ではない。自分の余命を知るのとはとても重要である。
何故なら、私はLという称号を背負った探偵で、この称号は数代前から受け継がれてきたものなのだ。そして世界は常にLを必要としていて、Lという存在が居なくなることなど考えてもいないから、潰えるわけにはいかない。
もしLが居なくなったら、それによって生じる損失は計り知れず、世界を跨ぐ凶悪犯罪も蔓延りかねない。
だからこそ、Lを途絶えさせる事は出来ないのだ。
先代がLを絶やしてはいけないと再三言っていた理由が、Lとなった今だからこそ分かる。世界からLが消えれば、世界は悪へと政治力、経済力が流れるだろう。
しかし私の寿命はおよそ一年しかない。
私が死んでからワタリに次のLを探してもらう事も可能だが、生きているうちに次を見つけておきたい。Lの不在期間を作るのはLが単体であると勘付かれる可能性を秘めているし、生きているうちにノウハウを伝授したほうが引き継ぎもスムーズだ。
しかし自分がこんなに早くLをリタイアする状況が来ると思っていなかったから引き継ぐ相手を探していなかったし、数々の仕事の中でLに成り得そうなめぼしい相手も見つけられなかった。つまり今のところ、引き継ぎ手が居ないのだ。
思考を巡らせながら駅までの道のりを最短ルートではなく途中住宅街に入り、裏路地に入りとたっぷり時間をかけて歩いていれば、けたたましい音が聞こえてきた。
その音に、一瞬足が動かなくなる。
「消えろクソガキっ!」
女の甲高い声に首を傾げる。この周辺は犯罪が多い為にどの家の家系図も頭に入れているのだが、声のする家には確か子供は存在しないはずだ。
それなのにクソガキという声。
親戚の子供か?それにしては、こんな太陽が高い位置に存在する時間から怒鳴り声なんて珍しい。夜ならば酔った勢いもあるが、今はまだ昼過ぎだ。
頭の中で要因を考えて、ワタリに電話をかける。
「ワタリ、至急調べて欲しい事がある」
跡継ぎ
運命
ワタリの調査結果では、やはりその家に子供は存在しないと言われた。しかし、周囲からは度々役所へ連絡が入っているとのこと。
どうやら出産届が出ていない、つまり存在が認識されていない子供のようだ。
運が良いかもしれない。
今までLとなった者達は出産届けが出ていないか、身内もいない孤児だった。それは、もし身内が生きていて人質となった場合、Lとして機能しなくなる可能性がある。血縁者とは、足枷になり得るのだ。それならば、最初からそんなもの存在しない人のほうが良い。
公衆電話を探して、役所に電話をする。もっとこの家について調べてから電話をするのが上策だと理解してはいるが、悠長に調べていて中の子供の命を救えないのではとても後味が悪い。
それに、周りが度々役所へ通報しているくらいなのだから、そういう事なのだ。調べるまでもないだろう。
癇癪の被害にあっているならば突き飛ばされて身体を傷付ける可能性は十分にある。
この家の事については何件も連絡が来ているらしく、役所はこちらの主張の真偽を調べもせずに開口一番今すぐ向かいますと言った。
受話器を置いて、一息つく。
これで何度目になるのか分からない役員の訪問だ。いい加減役人も動くだろう。そうなればきっと子供は親と離されて孤児院に預けられる。
孤児院に入った子供を幾日か観察して、適合性を見てみるのも良いかもしれない。このタイミングで都合良く適合者なはずないとは思うが、チェックを受けさせるのも良いだろう。
不適合でも、出産届も提出してもらえず親に罵られて育つ子供は孤児院にいた方が幸せだ。
私がそうであったように。
名前も付けられていない子供はまだ十にも満たない少年だった。試しに他の孤児院でも行った知能検査を行ったところ、とても賢くて記憶力も申し分なかった。まさかこんな簡単にLの候補者が見つかるとは、運が良いというか、世界は狭いというか。
もう少し国を広げて適合性がある子供を探して知能を測ってはどうかとワタリは提案してきたが、そう簡単に適合車が見つかるとも思えないため、まずはこの子が良いと我侭を言ってワタリに里親になってもらう事にした。
今、少年に家の構造を説明しているのだが、小さな歩幅に合わせて歩いていると、家の中であまり意識していなかった箇所も目に入ってくるから不思議だ。今まで私が見落としていた部分の多さに気付かされる。
床は勿論、飾られたアンティークや窓に至るまで綺麗にされていて、発明者で実験もこなしながら私の仕事のサポートもしているワタリが、ここまで全てをこなしているのかと思うと脱帽する。
一階の案内が終わり、階段を上って二階へ移動する。
「L、此処が君の部屋だよ」
扉を開けて現れたのは、まだ机とベッドと本棚しかない殺風景な部屋。
Lは驚いた様に元から大きな目を更に見開いて、部屋を眼球だけで見回す。この事から、少年が行動を制限されて育ったのだと知れた。動くだけで怒鳴られたのだろうか、殴られたのだろうか。
そういう経験があったからだろう、この家に来てからというもの、少年は体を極力動かさずに俯いた姿勢のまま、目だけで周りを見て状況を把握している。声すら、まだ発せられていない。
子供がこうなるまで虐待を続けた親の事を少し考えて、この家に来る子供の親はどれも同じだなと思った。
「ほら、入ってごらん。足りない物があったら言ってくれ。揃えるから」
少年に部屋に入るように促すと、ようやく部屋に入る。指示が出てから身体を動かすのも虐待の名残なのだろう。許可もなく体を少し動かすだけで暴力を受けていたのかと考えると、不憫に思えた。
それに、少年は触れられそうになると怖がる傾向がある。最初会った時に頭を撫でようとした際に身構えたのがその証拠だ。
ぶたれると思ったのだろうか。
これらの事を考えると、この子は教育云々より、まず精神面のカウンセリングから入らなければ駄目だ。
「Lの服はクローゼットに入っているよ」
そう言うとクローゼットに近付き開ける。中を見てまた目を大きく開いた。
隠してはいるが、性根は表情が豊かな子なのかもしれない。
先程孤児院に帰るか、此処に残るかを選ばせた時に少年は迷い無く残る事を選んだ。
この子は変化を望める子だ。変化を望むのは精神的に強くなくては出来ない。虐待の名残へのカウンセリングは時間が掛かるだろうが、この子なら親に対する恐怖を克服出来るだろう。
頭も良く変化を望む。これさえ備わっていれば、良いLになれる。
尤もこの子がLになるのを望まなければ、この子にはLをサポートする人になってもらうつもりなのだが。
「そうだ、この部屋の左隣りが私の部屋だから」
まだ幼いLは頷いた。
「服は気に入ってくれたかな?」
再度頷いた。
「そうか。良かった」
動きやすい服からこの家に合うような服まで買い揃えたのだから、気に入る服の一つや二つ、有っただろう。そわそわと落ち着かない様子のLが、大きな瞳で私をチラチラと見てくる。
「どうした?」
恐がらせないように。そう思って向けた笑み。
すぐに俯かれて沈黙を返された。そんなに私の笑顔はいびつだったのだろうか?笑うという顔の作りは昨日から練習を始めたばかりだから、不気味がられたのかもしれない。また今晩も笑顔の練習をするとしよう。
それにしても、この子は何を伝えたいのだろうか?何か言いたい事があるなら、言ってくれなければ分からない。などと言える筈もなく、思考を巡らせる。
この子が私に訴える事は、何だ?
「あぁ、トイレか」
幼いLは頷いた。
部屋を出て、二階のトイレに向かう。少年がトイレに入るのを確認してから、廊下の壁に背を預けて息を深く吐いた。
どうしたものか。あの子は失語症に近い。言葉を理解出来るが、話せないのだ。
否、話そうと思えば話せるのだろう。
話そうという態度を度々見せていたけれど、精神面で何かが拒んでいる為に声が喉より上に出ない。そうなった理由はおおよそ理解出来るから無理強いをしたくはないが、このままで良いわけではない。Lは人前に顔を出さない分、口が達者でなくては困るのだ。
勉強は後回しで良いから、やはりカウンセリング重視で生活を送ろう。
一日見ている限り、自分の事は自力でこなせている。
今まで満足な食事にありつけなかったのだろう、胃が小さいらしく少し食べたらすぐに満腹になるようだが、それでも食べているし、何より甘い物は満腹になっても食べようとする傾向がある。
ワタリが風呂の支度が出来たと言ってきたので、少年を見た。
「L、先に風呂に入ってくると良い。服もタオルも自分の部屋のクローゼットにある。脱いだ服は洗濯機にそのまま入れるだけで良いから」
風呂の使い方は案内している時に一通り教えたから、一人で入れるだろう。
幼い少年は頷いて、リビングを出て行った。確実に足音が無くなったのを見計らってから、ワタリがすぐ様口を開いて問うてくる。
「ケイ、あの子が跡継ぎで良いのですか?」
「勿論。適性検査の結果を見ただろう?あそこまで賢い子を跡継ぎにしないと損だ」
「本人が拒否をしたらどうするのですか」
ワタリはまだ『L』の称号について詳しく話していない私に不満がある様子。無理もないか、Lというものは、それほどまでに特殊なのだから。
「拒否をしたら、あの子にはLのサポート役に回ってもらおうと思う。それも嫌がったら、この家から私達が姿を消せば良い」
「私達が姿を消せば、証拠は何もないと」
「そういう事だ。我々の事を一切話すなと言っても子供には無理だろう?」
大人ですら『話していけない』と言われても話してしまうのだから、子供が大人に詰問されでもすればきっと話してしまう。
「……そうですね」
不満は残るようだが、もし駄目ならこの場を去る事を了解してくれたので安心する。
「ですが、あの子はLになるとしても話せないでしょう」
「話せないんじゃない、話さないんだ。声を出そうと思えばあの子は声を出せる。精神面の問題だ」
ワタリが黙って私を見てくるので、肩を落として笑った。
「この家に来る子供は皆、あんな感じだ。私もそうだった。だが今の私は話せるし、笑う事だって出来る。違うか?」
「違いませんが……」
「大丈夫だ。あの子は強い。変化を望めたのだから」
常に共に居るから分かる。ワタリは心配性だ。けれど今まで私の世話をしてくれたワタリだからこそ、知っているだろう?
私も昔はあの子の様だったのを。
「ワタリ」
「何でしょうかケイ」
「あの子は食が細いから、量が少なくても栄養が摂れる食事を頼む」
「承知しております」
「なぁワタリ」
「はい」
「私はこれから仕事と育児を両立してみようと思う」
「そうですか」
「むしろ、育児重視で生活しようと思ってる。あぁ、勿論仕事を疎かにはしないさ」
「ケイも女性ですから、子供に母性本能をくすぐられたのですか?」
ワタリが少し悪戯っぽく言うものだから、笑った。
「違うさ。私に女らしさなんてない。ただ胸があって定期的に排卵するだけだ」
ワタリを見ると、ワタリも私を見ていた。その表情は、私を哀れんでいるのだろうか。ただLとして、探偵として育った私を哀れんでいるのだろうか。
女として生きる事を知らない私を哀れむのであればそれはお門違いだ。私はこう育った事を悔やんでいない。むしろ、性別など不要な存在になれた事を好ましくすら思っている。
「私はLとして、次代のLを育てようと思っているんだ」
私はLで、それ以外の何者でもない。だから、少年を私のように『L』として、『探偵』として育てるだろう。
探偵に『普通』など必要ない。
探偵に『性別』など必要ない。
そう育てられた私が育てる少年は、偏った世界を生きる事になる。それは少年には向かない教育かもしれないし、何より世界との隔たりがあるのは苦しいし、悲しい。
「だから、ワタリ。私が死んだらあの子を全力でサポートしてくれ」
私が死んだ後はワタリに『普通』を少年に教えと欲しい。私の世界の見方だけではなく、ワタリの世界観も少年に見せて欲しかった。
偏った世界しか知らないのは、視野を狭める。とは言っても、私はワタリに育てられたので、世界観は似ているのだが……。
それでも、Lとしての私の世界よりもは、発明家や探偵サポーターのワタリの方が視野は広いはずだ。私はワタリに、絶大な信頼をおいている。
そして愛情も抱いている。それは男性としてワタリを好いているのではなく、家族に抱く様な愛。
ずっと傍に居て私を支えてくれたワタリを愛さないはずが無い。
『L』は孤独だ。
だからこそ、私が死んだ後に少年を支えてくれる人が欲しかった。
私にとってワタリの存在がそうだったように。
少しの空白の後
「畏まりました」
と言われた。
「済まないな、ワタリ」
口からすぐに出る謝罪は、自分の死を武器にしてワタリが断れないように仕向けてしまった事に対するもの。
そして、彼の優しさに甘えてしまっている自分を詫び為のものでもあるのだろう。
〜戯言〜
あれ……?
L夢ですよねこれ。
ワタリ夢
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