デスノ 跡継ぎ | ナノ
巡る
眼鏡を受け取りに行った。
一週間の間に街路樹は葉を少しずつ散らしていて、先頭の方の葉は色を黄、もしくは赤に変えている。
後部座席に座るケイとビショップ。
ラジオを聴いて静かに黙っている二人。
ケイは決してビショップに、自分がビショップの母親を殺したのだと言わなかった。
私もそれで良いと思っている。
ケイは言えないのだろうが、私から見ればビショップは母親よりケイが大切であり、自分の存在がケイを罪人にして苦しめているという事を知る方がよほど残酷だと思える。
言えないケイに言わなくて正解だと伝えれば、少しはケイの肩の荷も降りるのだろうか。
だがケイは他人から何を言われても慰めとしてしかとらない部分がある。
自分で消化する以外、ケイは物事を消化出来ない性質だ。
それに私が言えば、私自身もこの事を気にしていたのだとケイに気付かれてしまいそうで、私は未だこの事についてケイに話しかける事は出来ていない。
私までもがケイの負担になるのは嫌なのだ。
それに何でも一人で背負い込もうとするケイを救えるのは私ではない。
私は運転席で、少しラジオのボリュームを上げた。
音楽はクラシック。
紅葉のこの季節に似合った柔らかい曲調だった。
跡継ぎ
これを我儘だと云うのか。云えるのか。
ケイの眼鏡は縁が濃い朱で、細い形だった。
本人は似合わないと言うが、似合っていると思う。
ケイらしいと思わせる眼鏡。
ケイはすぐに眼鏡を外し、ケースに入れてしまう。
必要時以外にかけるつもりはない様だ。
夕刻に家に帰って来てポストを見ると、大きな茶封筒が入っていた。
建設会社からだ。
宛先は『ケイ クウォーク』。
ケイの計画通りに施設は造られており、現在寮の建設が行われている。
一つの敷地内に校舎にグラウンドに体育館、子供の寮。
行く当ての無い者を受け入れようという姿勢なのだろうか、教師や事務員の寮まである。
ケイとビショップは庭で早くも紅葉した樹を見上げて何かを話していた。
夕焼けの刻、空には紫のうろこ雲。
ケイとビショップは手を繋いでいて、ケイは背伸びをして低い位置の枝から葉を一つ取る仕種。
しゃがんで、ビショップに見せている。
この庭の樹は、先代が植えた樹もあれば先代が亡くなってからケイが植えた樹もある。
ケイが植えた樹はどれも冬に葉を散らす夏緑樹だ。
紅葉が好きなのだと、『L』になったケイと此処に移り棲んだ時に初めて知った。
なにもかも知るのが遅い私。
夕焼けの刻、私は朱の世界に居る二人に声を掛ける事すら叶わなかった。
日は沈み暗い世界になった時、夜空は雲が占領していた。
ビショップが風呂に入ってから、私はケイに封筒を渡す。
「届いたか」
封を綺麗に開け、中身を取り出すケイ。
ケイがビショップに施設の事はまだ伏せていたいのだと以前私に言ってきたので、ビショップが風呂に入っている時に封筒を渡すのが常になっている。
「眼鏡をかけなくて平気ですか?」
いつもつけていない分、眼鏡の存在を忘れてしまっているのだろうケイ。
今日買ったではないかというつもりで言うと、ケイは私を見た。
そして視線を外して苦笑をし、ソファに身を任せた。
「そうだよな。ワタリには言っておくべきだよな」
「どうなさったんですか?」
本能が知らせる嫌な気配。
ケイは私を見た。
まっすぐな視線は私を越えどこか遠くを見ているようで。
「視力が悪いのではなくて、視界が霞んでいるんだ。私はな、いつか目が見えなくなるらしい」
一瞬、意味を理解出来なかった。
目が見えなくなるというケイ。
私はケイの病名を聞き、それについて調べていた。
だからいつか目が見えなくなる。そんな筈が無いとすぐに分かる。
「どうも病院の診断結果と違う病気みたいなんだ。いや、病院の診断結果は合っていて、それとは別に他の病気にもなっているのかもしれないんだが」
「では早く病院に」
前者ならば、効果が無い薬を飲んでいるのでは意味が無い。
痛みを感じた時に効く鎮痛剤以外に、必要な薬が出ていないという事だ。
後者ならば、錠剤は増すがその病気の進行を止める薬があるかもしれない。
あるならば、それを飲むべきだ。
ケイは手を組み、テーブルに置いてあるティーカップに視線を向ける。
「病院には行かない」
「何故?」
何を馬鹿な事を。
病院に行かずして、どうするつもりなのだ。
ケイは苦笑を浮かべていた。
「今更病名を知って何になる?」
「適切な治療法が分かります」
「私は延命処置を受けないつもりだ」
「ケイ!」
咎める様に言えば、ケイは目を伏せる。
きつく言ってしまった事をすぐに後悔するが後のまつりでしかない。
「ビショップも私も、貴女を必要としているんですよ?」
「そうか……」
まだケイは必要なのは『Lである私』だと思うのか。
他者への愛情を知ってなお、自己愛は持てないのか。
自分を必要視出来ないのか。
酷く悲しくなる。
「でもな、ワタリは自分の弱る姿を見せられるか?いつか自分では何も出来なくなる。周りに世話をかけて、それでもワタリは生きていたいか?」
それは堪えられない程つらいだろう。
それでも、私たちにはケイが必要なのだ。
その考え自体が私達のエゴだと分かっている。
それでも私達が望むのはケイの存在。
「ワタリもLも、二人共が私に生き長らえて欲しいと思ってるのは分かる」
分かっているならば生きて欲しい。
弱りゆく身体がつらくとも、私達が支えとなれば良い。
ケイは一人では無いのだから。
「だがな、自分の醜態を晒して、衰える姿を見せてまで生きたいか?答えは『No』だ。私には出来ない」
「……どうしてもですか?」
弱りゆく身体のつらさならば、私達は支えられる。
だが今ケイの中にある問題は自分自身とのものだ。
私達では介入出来ない。
自分の醜態を晒したくないと言うケイ。
悔しくも、その気持ちを理解してしまう。
ケイは一拍の間をおいてから、トーンの下がった、見た目からは信じられない程男性に似た声を発する。
無理に声を下げて生活させていた為に女性にしては低い声。
私と先代が望んだ為に出来た声は慎重に、言葉を探すように紡がれる。
「Lの母親の葬儀に出た時」
ビショップの母親が話に出てくる。
ずっと避けていた内容。
「彼女はひどく痩せ衰えていたんだ。私はあんな姿をお前達に見せたくないと思った」
「どうしてですか?」
私はケイの姿ならば、受け入れる自信はある。
だがそれを拒むのはケイなのだ。
「ワタリとLの記憶の最後にある自分があれでは嫌なんだ」
それに、とケイは言葉を続ける。
どこか弱々しいケイ。
ずっと一人で背負い込んでいたのだろう。
そしてもう、それに堪えられなくなったのか。
『L』でならば何でも背負い込んでいたケイ。
ケイ自身では、それがつらいのか。
場違いにも思ってしまう。
なんて人間らしいのか。
なんて、愛しいのか。
私が望んでいたケイの姿が、今確かにある。
「私はあの子の母親を殺した。あの人だって生きたかった筈だ。なのに殺した。今後あの人は邪魔になるからと。なのに私だけ生きたいなんて、我儘だ」
それを我儘だと云うのか。云えるのか。
例え罪人であろうと、皆生きるのを望む。
それが普通なのだ。
ケイもそれは事件を調査したり犯罪学や心理学を学んでいる上で分かっている筈だ。
なのに自分だけ除外して考える癖はまだ健在で。
どうして自分を認めてあげないのか、それが哀しかった。
ケイは一呼吸置く。
「結局どれも私の我儘なんだ。済まないな」
「謝るのは駄目ですよケイ」
謝るなんて反則だ。
自分の非を認めていると相手に知らせるくせに、その考えを変えようとしない。
ならば謝らず、自我を通す姿勢でいて欲しい。
これも結局、私の我儘か。
世の中はすべてエゴから成り立っているのだとこの時初めて認識では無く理解をする。
ケイの言う我儘を、誰が責められるのだろうか。
皆理解出来る事ばかりをケイは我儘だと言う。
自分の醜態を晒したくないと云うのも
弱る自分の世話をかけたくないと云うのも
罪の意識に苛まれているのも
我儘だと、誰が言えるだろうか。
「なぁ、ワイミー」
ケイはいつもの声で私を呼ぶ。
ケイはワタリとワイミーを使い分けており、最近はワイミーと家の中でも呼ぶ事が増えている。
「ビショップが『L』にならなくても、愛してくれるか?」
「勿論です」
ケイが愛した少年を私が嫌う筈も無い。
私はもう『L』など関係無く、二人を大切に思っている。
「有難う」
やわらかい笑み。
この笑顔が最期までケイにあり続ける事を祈るのは、私の我儘なのだろうか。
我儘でもいい。
私はケイを最期まで見守り続けよう。
〜戯言〜
どこからどこまでが我儘なのか、私には判断出来ません。
ある意味では、人が望む事をすべてを我儘だと言えると思います。
ですからケイさんの望みも我儘だと言えますが、だからといってその考えを改めなさいなど、言えるでしょうか。
読んで分かる通り、ワタリさんは言えませんでした。
死に対して感じる恐怖は本人が一番大きいと思います。
病院に行かないのは確かにどうかと思います。
ですが現在診断で分かっている病気の進行状態、もしくは別の病名を言われて死の宣告を受けろと言うのも酷だと思います。
(もちろんワタリさんはそんなつもりで言ったのではありませんが)
症状からケイさんは自分の病気を調べていると思います。頭も良いですし。
分かっているのだから、あえて行く必要も無い。
そう考えるのも自然かもしれません。
誰だって、自分の余命を聞くのは嫌ですから。
- 26 -
[
*前
] | [
次#
]
←
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -