デスノ 跡継ぎ | ナノ
限界
警察からの電話はLの母親が死んだという知らせだった。
私は知っていたが、本当ならば知らない内容なのだから驚いたふりをする。
警察が話すには、Lの母親の家系が信仰していた宗教は死者を死んだその日の内に埋葬しなければならないのだという。
私は無信教なので理由は分からないが、大方死者の身体を悪魔が乗っ取ると云った内容からだろう。
溜め息が出そうだ。
私だけが葬儀に参列すると言えば警察は快く承諾した。
電話を切り、Lの元へ。
Lにはこの地区で死者が出たと思わせるような発言をして、家をすぐに出た。
気付かれたくなかったから。
Lにだけは気付かれたくなかった。
身勝手な気持ち。
Lの母親なのに、Lに伝えない。
我儘だ。
行き先までの中継地点にある拓かれた場所で電車を一度降りる。
私は喪服を持っていないから、現地買いをしなければならないのだ。
スーツを売っている店に行き、スカートでは丈直しに時間がかかるそうなのでパンツを選んだ。
その場で一式揃えて着て行くと言い、カードで支払いをする。
慣れない事をしているので、独り落ち着かない気持ちでいた。
跡継ぎ
I can't stand it any more.
また電車に乗り、さらにバスにも乗るという慣れない作業をして着いた頃には太陽が傾いていた。
着いた先は公民館と云うか、地域住民が集まって話をする様な空間。
此処で葬儀が行われている。
斜めに射す陽に濃い影を宿す建物は入口を開け放っており、どこか闇の世界に通じる入口の様な印象を持つ。
そんな筈、無いのだけれど。
被害意識、誇大妄想。
平常心の無さに溜め息が漏れる。
いつから私は、こんなに感情を揺るがされる様になったのか。
きっと今日は慣れない事ばかりで忙しないからだと理由をつけ、いつもの自分を探す。
「クウォークさんですか?」
やや太った男性が声を掛けてくる。
「はい」
「よくぞいらして下さいました」
男性が手を差し出して来るので、その手を握る。
「ラグマンと云います」
「お初お目にかかります。ケイ・クウォークです」
「ワイミー氏は?」
「ワイミーは用事で来れませんので、私が代わりに来させていただきました」
男は私を見てから、中に私を連れて行く。
廊下を進み、左の扉。
扉の前に詰まれた花。
葬儀に出た事が無い私は辺りを見て、真似をするように一本の花を持つ。
選んだ花は特に理由も無く白。
ラグマン氏が私に列の後につく様に言う。
まず棺に花を添える様に促し、今は何も訊かないのか。
どうも長丁場になりそうだ。
胃がわけも無く重くなる。
全ての人が警察官だろう順列者に加わり、自分の番を待つ。
独房で死なれた分、扱いは丁重だ。
まだ薄い夕陽が差し込む空間。
どこか浮き世離れしている様に思うのは、死者への鎮魂の催しだからか。
私の番が来た。
白いはずの花は夕陽を浴びて橙に染まっている。
棺に近付く。
死後一日経過していない遺体。
変色していない身体。
眠る顔は痩せ衰えていて、彼女が独房で事実狂っていたのだと知る。
落ち窪み頭蓋骨の形を晒す肌は不気味な程に白い。
気が触れた者や病気で死ぬ者は皆こうなのだろうか。
もしも私が殺しを依頼していなければ、この人はどの様な姿で亡くなっていたのか。
ぐらつく視界をまたたかせて、焦点を合わす。
こんなにやつれた顔なのに安らかな表情に見えるは、私がそう望んでいるからか。
私が望んでいるから、脳が勝手に変換しているのだろか。
私は花を添えながら、彼女に一言だけ言いたかった言葉を伝える。
「あの子を産んでくれて有難う御座います」
貴女によってLが傷ついたのは事実。
それを私は許せない。
だが貴女が居たから、あの子は今存在する。
皮肉なものだ。
Lが貴女の元に産まれたから、今の私達が存在する。
あの子が貴女に虐待を受けていたから、私はあの子を引き取れた。
そして貴女は死んだ。
私が殺した。
でも、私が直接手をくださないまでも貴女は時期を待たずに勝手に死んでいたのかもしれない。
そうだと分かっていたら、私は手を出さなかっただろう。
そうすればこんな言い様の無い気持ちにならなくて済んだのに。
今更だ。と自分に言い聞かす。
花から手を放し、列から抜ける。
列は程無くして途絶え、棺を担ぐ男性陣。
埋葬する墓地まで運ぶのだろう。
皆沈黙の中、外に出る。
重苦しい雰囲気。
葬儀が明るい雰囲気なのも不気味だが、皆それぞれ腹に逸物抱えているからだろう。
警察側は独房で死なれた事を、私は殺した相手の葬儀に参列している事を。
不気味な空間だ。
纏わりつく様な空気は、冷たい風に吹かれてもなお存在する。
空にかかる重たい雲が夕陽から幾十の光線を作り上げる。
薄い夕陽を浴びながら黒ずくめの人間は丘にある墓地へ進み、ある一カ所で足を止める。
夕陽の中にいる黒ずくめの人間。
屍体に群がる烏の様だ。
私も、周りも。
棺が埋められている内に、夕陽は雲に隠れてしまう。
否、雲が覆い隠しただけだ。
太陽が意志を持つなど有り得はしない。
「クウォークさん」
薄く闇色に染まる世界。
太った男性がこちらにやって来ていた。
いつから近くにいたのか。
何故気付かなかったのか。
考えなくても原因を知るのは簡単で、それが自分にとって不愉快な結果であっても事実は事実で受け入れざるを得ない。
「葬儀の後、食事を一緒にしませんか?今後の事など、話したい事もあるので」
Lの事だろう。
私が犯罪に関与しているとは、誰も知らないはずだから。
「はい」
夕陽は完全に雲に覆われた。
重たい雲。
じきに雨が降るだろう。
葬儀は雨が降る前には終わりそうだ。
急に脳裏にやせ衰え動かぬ女性の姿が浮かび、私の身体は勝手に身震いを起こした。
今はもう亡くなっているから問えないが、彼女は自分があの様な姿を晒す事が嫌では無かったのだろうか。
それすらも分からない程発狂していたのか。
もし私がLを連れて来ていたらLがあの姿を見ていたのかと思うと、どうしようもなく嫌になった。
食事をしましょうと言われていたので帰る事も出来ず近くのファミリーレストランに向かった時、本来ならば星が見えるだろう空を覆う曇から小雨が降っていた。
ラグマン氏と私で入店する。
互いに喪服だから良いが、ラグマン氏が仕事着だったら今よりもっと連行されている気分になるだろう。
席に座ったは良いが未だ食欲は無く、またラグマン氏が頼む物を聞いて余計に食欲は失せた。
それでも何か一つは頼むべきだと思ってコーヒーを注文する。
するとラグマン氏は、しっかり食べなくては駄目ですよと言ってきた。
事故や事件の遺体ならば、免疫もあり『L』として見れていたから、腐乱だろうと白骨だろうと見ても人だと判断出来ない様な遺体だろうとかまわず写真を広げて食事が出来ていた。
それは慣れからだ。
ただ本物は見た事があまり無い為に、また事故や事件では無く内部からの病死の様に見えた遺体だからつらいのだ。
私の専門外だから、免疫も無い。
「最近の若い方はいけませんね。食欲に忠実になってみて下さい。そしたら私の様になりますから」
どこが笑う場所なのか分からず、だがラグマン氏が笑うので私も苦笑で誤魔化す事にした。
ラグマン氏はスーツの内ポケットから煙草ケースとライターを取り出す。
「酒や煙草はやりますか?」
「いえ」
断ったのに煙草ケースを開け私に向けてくる。
再度勧められたが、態度と仕種で断った。
酒も煙草もやりたいとは思わない。
煙を吸って何が楽しいのか、アルコールに酔って理性を弱めて何が楽しいのか、私には理解出来ないのだ。
ラグマン氏は煙草ケースとライターをしまう。
残念がる表情も見せず、むしろ満足気味に自分も吸わないところから、私を試したのだろうとすぐに分かる。
もし煙草を吸うなら、子供の前では極力吸わない様にと言うつもりだったのだろう。
たぶん、アルコールも同様に。
「あの子は元気ですか?」
「はい」
「名前はつけましたか?」
「えぇ、ビショップと呼んでいます」
「ビショップですか。素敵な名前ですね」
以前私が使っていた名前だからそうでしょうとも言えず、だがLには似合っていると思える名前。
「ビショップは今どの様な状態ですか?」
「笑う様になりましたね。話も、まだ発言は少ないですが出来る様になりました」
「そうですか」
ラグマン氏が言いながら吐くものは安堵の溜め息だろうか。
「ワイミーさんもおられますし、心配はありませんかね」
「ええ、よほどの事が無い限りは」
私が死んでもワタリが居る。
ビショップが『L』になるのをいつか拒んでも、ワイミーならば見捨てないでくれる。
それにもしビショップが『L』にならなくても、今建設中の施設がビショップの逃げ場になるだろう。
そんな身勝手な意識を私はどこか持っている。
運ばれてきた食事。ラグマン氏のステーキだ。
見るだけで胸焼けと吐き気が増す。
「いや、安心しましたよ。私はね、何人もああいう子を見てきました」
職務上、餓死寸前の子供も育児ノイローゼの母親も見てきたのだろう。
過去も未来も、子供は弱者の立場であり親によってどんな形にもなる。
だから虐待は無くならない。
それがひどく、悔しいと思う。
「子供を引き取ったは良いものの、物としてしか扱わない人は多いんです。その点クウォークさんはあの子、ビショップを愛してくれてるみたいですから、安心出来ます」
言われて、驚いた。
見ず知らずの他人からその様な発言をくらうとは思ってもみなかった。
言われ慣れていないからといって動揺するなんて、今まで無かったのに。
今日の私はどうも本調子では無い。
『愛』を迷わず発言する男性に、驚きを隠せないなんて。
「これからもちゃんと愛してあげて下さい。子供は沢山のモノを必要としますが、とりわけ、愛情を必要とするんです」
ラグマン氏の言葉は真っ直ぐだ。
だから彼は部下に信頼され、上の立場にいるのだろう。
コーヒーが運ばれて来て、受け取る。
咎人の私に、人を愛し育てる権利があるのか、問うてみたくなった。
店を出る頃には、雨は滝の様に空から降っていた。
この季節は降ったりやんだりと忙しい空模様だから、帰りにはやむかなと少し期待していた自分を浅はかに思う。
出かけ際にワタリが私に傘を持つ様に言っていたな。
言う事を素直に聞いていれば良かったと財布しか持たない手を見て思う。
ラグマン氏が私を家まで送ると言ったが、甘えるのも失礼だと思い丁重に断る。
別に雨に濡れるのは嫌いじゃない。
ただ濡れた身体で電車に乗るのは恥ずかしい。
ラグマン氏は一度断ったにもかかわらず何度も送ると言い、結局私が折れた。
男の車に簡単に乗ってはいけませんよ。と冗談混じりに言われ、私は助手席でいつでも出られる様にわずかにだがドアノブに手を添えていた。
私は他人と閉め切った空間に居るのを苦手とする人間だ。
相手が無害であると認識していても、必ず出口をいつでも作れる様にしている。
閉所恐怖症や対人恐怖症の併合にも思えるが、私はどうもまったく別のものに思えている。
きっと許容範囲の狭さの問題だ。
「この家ですか。凄い豪邸ですね」
私は笑って、返事を誤魔化した。
私が建てた家でも、ワタリが建てた家でも無い。
構造について何か問われても困るだけだ。
「どうも有難う御座います」
「いえ、話が出来て良かったです」
「私もです。それでは」
私は大粒の雨が降る外に出て、一礼した後走る。
車がすぐに発車し去ったのを見届け、私は歩いた。
疲れた。
心からそう思った。
降りしきる雨。
今は冷たい雨粒が気持ち良い。
靴の中にまで水は溜まり、歩き難さを感じる。
地に足を着く度に変な音を奏でながら玄関に向かい、鍵をポケットから取り出す。
開けて中に入ると、Lとワタリと光。
溜め息が勝手に漏れる。
漸く私は帰ってきたのだと思えた。
「ただいま」
「お帰りなさい、ケイ」
「お帰りなさいケイ」
二人が揃って言うのがおかしくて、笑った。
そして急に体に寒さを感じる。
体の感覚が戻ってきたみたいだ。
濡れ鼠のままでは困るのですぐに風呂場へ向かう。
シャワーは熱く、体温を取り戻す様だ。
上がってからワタリの手料理を食べ、そして漸く落ち着いた。
いつもの生活に戻ったという安心感。
そして途端に襲ってくるのは、こんなに私は疲れる事をしていたのだろうかと思わせる程の気怠さ。
「L、今日は本でも読もうか」
本を読む時はいつも横になる。
私は眠たいのでは無くただ横になりたくて誘うと、聡い子だから私が疲れているのに気がついたらしい、Lは迷わず頷いた。
気を使わせてしまったのか。
疲れを見せるべきでは無かったと痛感する。
いつも通りに表情を作るのは、私には容易い。
「まだ寝ないけど、おやすみ、ワタリ」
ワタリはいつもの優しい笑顔。
Lの母親を私が殺したと知ってもなお優しい。
優しくされる権利などないのに。
そう分かっていながら甘えてしまうのは、悪い癖だ。
「おやすみなさい、ケイ、ビショップ」
廊下に出ると、雨音は私が帰った時よりも弱くなっていた。
白い光の世界。
あの不気味な夕焼けに染まる世界とは違う。
階段を上り、Lの部屋へ。
部屋の電気をつけるとLは自主的にベットに向かい横になった。
どう考えてもLは睡魔とは程遠い。
私は敢えて、疲れてもいないし眠くもないという様に本を物色した。
気を使われるのは嫌だ。
本棚を眺め本を一冊手にしてから横になる。
「今日は短編集ゆ読んでみようか。短編の方がオチが凄いんだよ」
眠くない、眠るつもりはないのだと云う様に表紙を開き、並ぶ文字を言葉にする。
小さな、細かい物を見る時は視界が朧気なのを認識させられる。
それでも私は言葉にする。
あまり喋らないLに読ませ話を出来る様にするという手段もあるのだが、聞き取る能力も育てたいから今は私が読む。
私はこの行動に限りあるのだから、目が文字を認識する間は本を読み聞かせよう。
読んでいるとLの瞼が下がり、そして慌てて開く。
眠たいのか。
眠たいならば言えば良いのに。
まだある壁に、寂しさを感じてしまう。
「寝ようか。本はいつだって読めるからな」
本をベット横のテーブルに置き、電気をスタンド以外は消す。
「少し頭上げて」
Lは言われた通りに頭を上げ、私が腕を差し込むと二の腕に慣れた重さが乗る。
この重さに落ち着く自分。
抱き締めると、子供の方が体温が高いから私に熱が伝わってくる。
Lは自分より冷たい私に抱きつかれて寒くないのだろうか。
不安はすり寄ってくるLに、拭い去られる。
「おやすみ、L」
おやすみ。
よい夢を。
今日感じたのは
恐怖ではなく
不安
どこまでも身勝手な自分
君を愛し育てる権利を私は持っているのだろうか?
〜戯言〜
さて、今回はLの母親の葬式ネタでしたが、本当に『埋葬はその日の内に』という宗教はあるそうです。
以前テレビで見たのですが何教何宗派かは忘れちゃいました。
そういえばラグマン氏。
オリキャラのくせに出しゃばってくれて書いてて冷冷しました。
ヒロインは許せますが、オリキャラは苦手です。
名前を考えるのも苦手です。
それにしても、一日の話を書くのに約3話。
ペースの遅さを思い知りました。
いえ、三話に渡ったのはこの事について書きたい事が山積みだったからなのですが。
次はこのペースから抜け出したいと思ってます。
……言い訳ばかりになってしまいましたね。
タイトル『I can't stand it any more.』は『私はもうそれには堪えられない』という意味です。
何に堪えられないのか、何に堪えていたのか、それを今回直接的に書けていないのが少し心残りです。
次回に出てくるんですが、今回出しても良かったかもしれない。
出し惜しみすると失敗しそうで怖いですね。
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