デスノ 跡継ぎ | ナノ
願望
ふとした瞬間に、気付かされる事がある。
いつも通りにLを抱き上げたつもりなのにLがとても重く感じて、Lの成長を喜ぶのと同時に、己の身体が衰えに気付く。
今までならば、体の衰えを知ったとしても感情に訴えることは無かったのに、今感じるのは焦燥感。
死に近付く自分。
時に抗う事も出来ず、ただあるがまま、流れに身をまかせるだけだった私。
そんな自分が崩れ去り、別の気持ちが生まれる。
もう少しだけ、時間が欲しい。
跡継ぎ
切に願うは共に在る事
ワタリの計らいで砂浜に足を踏み入れる事となった。Lも私も海に来るのは初めてで、砂利道とはまるで違う砂浜に足が埋まり上手に歩けない。
靴を脱いでズボンをたくし上げて踏み入れたから良かったものの、靴を履いていたら確実に中に砂が入っていたな。
細かい粒はまだ沈むには一時間程ある陽射しを浴びており、体温よりも少し高い熱を帯びている。ひやりとする海風に、それが気持ち良いと思った。
手を繋いだまま打ち寄せる波に近付くが、私達は波が来る場所に足を踏み入れようとはしない。
一歩踏み入れたら最後、波に飲まれてしまうのではないかという感覚があった。
こんな小さな並みにそんな威力がある筈は無いのに、私は何とも臆病だ。
押しては返す波の音と、潮の香り。
肌を撫でる潮風は湿気を含んでいる。
「ビショップ、入ってみようか」
言葉にして恐怖を誤魔化す。
大丈夫だ。怖くない。
万物の物を造り出した海を恐れる自分の小ささに嘲いが洩れそうだ。
Lが困った様に俯いてしまったので、私はLが嫌がるのを承知で手を放すと先に足を海水につける。
冷たいだろうと分かっていたのに、いざ波に触れると冷たくて驚いた。こんなにも、海は冷たいのか。否、これは私の足が砂で熱を持っていたからだ。その証拠に、今はもう適温に感じる。
足を海水につけたまま、Lの方を向く。
「気持ち良いよ」
両の腕を延ばしてLが来れば抱き締めるポーズをとると、Lは波が退いた時に走ってきた。
抱き締めると、波が押し寄せ4本の足が濡れる。
Lは打ち付ける波に体をビクリと震わせたが、それは一度限りだった。
私もLも、初めての物に触れるのが恐いだけなのだ。
「気持ち良いか?」
「冷たいです」
透き通った水。
Lの足は波紋にゆらゆらと形を変え、陽差しが乱反射をして水を固体の様に見せる。
「でも、気持ち良いです」
見上げてくるLの頭を撫でると、潮風に少し髪がギスギスしていた。
きっと私も同じ状態になっているだろう。
ワタリを見ると、コンクリートの階段に腰を掛けて私達を見ていた。
私は鎮痛剤を持って来ていない事を悔やみながらも、水に足をつけたままLと手を繋いで海岸に沿って歩く。
関節が軋み、視界が少し霞む。脈が速くなって、呼吸が浅くなる。
デートスポットなのだろう、若い男女が砂浜を歩きながら私達を一瞬見た後、また互いの事だけに意識を向ける。
此処は他人に意識を向けない空間なのだ。他者からのまるで存在しないという扱いは、酷く心地良い。
「せっかく此処まで連れて来てもらったんだからワイミーに何か渡したいな」
貝殻を拾うLにそう言うと、Lは迷わず頷いた。
少しずつだが着実に、ワタリにも心が開かれている証拠に安堵する。
「綺麗な貝殻でも拾おうか?」
Lが落ちている貝殻を拾ったり眺めたりしているので提案した内容は気に入られたらしく、二人で貝殻収集を始める事となった。
どこか欠けていたり割れている物ばかりで、完全な形の貝殻は少ない。
Lが真面目に探すので此方も探すが、そもそも私に貝殻の美醜は分からない。
貝殻は中身を守る為にある物なのだからと考えてしまうのは悪い癖なのだろうが、治る気配はない。
とりあえず、形が綺麗な物を拾う事にした。
波の音と潮の香り。
体感した事が無いものに囲まれながらいる私達は、時計の長針が逆を向いた頃、ワタリのいる所に戻った。
「ビショップから渡しな」
Lはどうしたら良いのか分からない様だが、これをどうぞと言いいながら両手に持った貝殻を差し出す。
ワタリは感謝を言い、Lの頭を撫でながら貝殻を受け取った。
「これは私からなんだけど、あまり綺麗ではないんだ」
気恥ずかしさに弁解を含む。
私はワタリに物をあげた事はあるけれど、それは売っている物であって自分で探して拾った物では無い。
売っている物はすべて綺麗な物だけれど、貝殻は綺麗な物ではなく、見る人によってはただのゴミなのだ。
それなのにワタリは、私にまで感謝を言った。
流石に頭は撫でられなかったが、大人から大人へのプレゼントがこんな物でも笑顔を向けて感謝されるのかと、この歳になって理解する。
例え本心でなかったとしても、それでもいつもより柔らかい笑顔は嬉しくて、胸の奥がズクズクと泣きそうだ。
車に戻って後部座席に座る私とLはラジオに聞き入った。
カーペンターズの歌が流れる。
仕事の合間にラジオを流す私が良く耳にした曲でもあり、歌詞は一度聴いて覚えている。
車に揺られていると眠たくなってくるのだろう、Lはぼんやりとしていた。
私は目を閉じて、波の音を思い出した。
家に着いて足を洗った後、先にLを風呂に入れる事にした。潮で髪がギスギスしており、また肌が潮風でベタつく状態のままでいるのはあまり気持ちが良いものではないからだ。
「ケイ」
「なんだワタリ」
ソファに座って目を閉じていると、テーブルに鎮痛剤と水の入ったコップが置かれた。
「……良く分かったな」
「勘ですよ。いつ痛みがくるのか分からないのですから、出かける時は持っていかなくては駄目ではないですか」
叱られて、それがどうしようもなく擽ったくて笑ってしまう。
薬を飲み、ワタリを見る。
優しい気持ちになれる。
それはLといる時も同じで、この気持を人はなんと言うのだろう。家族愛だろうか。
「なぁワタリ、聞いてくれるか?」
ワタリはソファに座り、聞く姿勢をとってくれる。
それだけで泣けるほどに嬉しくなれるのだ。
「最近、病気が悪化してるみたいで痛みを感じる時間が長くなってる」
「……そうですか」
伏し目がちになるワタリ。
私は視線を向けるのがつらくて、窓の外を見た。
私の存在が人を傷付けるのは嫌なのに、現にワタリを困らせている。世の中、ままならない。
「この頃痛みを感じると焦りまで感じるんだ。時間には逆らえない。病気の進行だって止められない。薬を飲んでも進行する病気だと分かっている」
言うのに躊躇いを感じる。
この未消化の感情を露わにするのに抵抗がある。
それでも口は言葉を紡いでしまうのだ。まるで懺悔するかのように。
「それなのに私の時間が長くあって欲しいと思ってしまう」
死が恐いのではない。
受け入れる覚悟は疾うに出来ている。
否、受け入れる受け入れないではなく、本来なら孤児にもなれず死ぬ存在だった私は、生きているのが少し長引いただけだと思っているから。
元より『L』でなければ必要とされなかった私だ、いつ死んでも悔いは無い。
跡継ぎも見つけたし、これで満足だろう?
それなのに、今は口では言い表せない様な、表現し難い未練を持っている。
病気になりたくなかったと思うけれど、病気にならなければ私は『L』であり続け、こんな感情すら持たなかったのだろう。
海に行った時に感じた気持ちも、陽差しを浴びる心地好さも、夏の暑さの中見つけた生命も、すべて病気になってから発見したのだから。
病気になり、病院に行った帰り道を歩いたおかげでLに逢えたのだ。
無神教の私だが、こういう時ばかりは神が最後に人間らしさを学ぶチャンスを作ってくれたのかとすら思う。
神なんている筈ないのに、何馬鹿な事を考えているのだか。
最近の私は、どうもおかしい。
「ケイ、それが人なのですよ」
ワタリが宥める様に言う。
父の様に、時には母の様にワタリは私に接してくれる。
血の繋がりも無い私達。
所詮これは家族ごっこなのだと心のどこかで思っていた私は、もう姿を見せなくなっている。
私にとってワタリは決して家族にはなれないけれど、家族よりも近しい存在なのだ。
ではLは?
私はLを無条件で護ってやりたいと思う様になっている。
甘やかしているだけなのかもしれない。
今まで構う相手がいなかったから構いたいだけなのかもしれない。
年下と接する事が無かったから、世話を焼きたいのだろうか。
だから困っていたら助けたいと思うのだろうか。
笑っていて欲しいと思うのだろうか。
これが母性本能によって引き起こされる女特有の行動なのだろうか。
母性本能と似ている自分の行動に、私にもそんな物が備わっていたのかと思わされる。
そして母性本能が自分にあったのだと今更気付くあたり、人として初歩からなっていない自分に気付かされる。
自分自身を把握出来ていなかった事に、溜息が漏れてしまう。
「ケイ、感情とは頭で考えるのでは無いんですよ。理屈では無いんです」
それを『世界のL』に言うワタリ。
否、私はもう引退しているのか。
だが長いこと『L』として生きてきた私は、人の行動を心理分析から探るのが仕事でもあったのだ。
分析するのが癖、というわけではないけれど、この感情の元は何だろうかと頭をもたげる事は多い。
焦燥感は『L』として生きていた時ならば犯人を早く割り出さねば被害が拡大するという理由からだった。
では今は?
死ぬのが恐いのではないけれど、身体の痛みを感じた時に死にたくないと思わせる焦り。
訳が分からない。
否、自分の事なのに分からないのは分かろうとしていないからだ。
自分の事がちぐはぐだ。
こんな事になったのは、いつぶりか。
過去の記憶は曖昧で、過去にこういった事があったのかすら思い出せない。
まるで迷路だ。
分からないのに、路が塞がってしまっている。
袋小路。出口が無い。
「ケイ」
返事をしなくとも、ワタリには雰囲気で先を促しているのが分かるらしい。
「生きる事に執着して下さい。私にもあの少年にも、貴女が必要なのですから」
「ありがとう」
優しいワタリ。
でも、私の価値は『L』だからこそあるのだ。
親にも捨てられた私の存在理由はまさに『L』だった。
それは今も変わらない。
『L』だからこそ私は世界に必要とされ、見捨てられなかったのだから。
その考えは変わらない。
私自身が痛い程自分の価値が『L』故なのを知っているから。
分かっている。
認められないだけなのだと。
頑なに扉を閉ざしているのは自分なのだと気付づいている。
長いこと閉ざしていた扉は、鍵がかけられていて開けることは出来ない。
鍵は何処にあるのか。
そしてその中には、何があるのだろう?
〜戯言〜
認めたいけど認めるのが恐い。
認める事に臆病になるのは仕方ない。
だから目を逸らして、でも目を逸らしたくなくて、新しい気持ちに戸惑う。
だから強がって、余裕を装う。
……好きな子をいじめる原理と少し似ているのかもしれません。
いえ、好きな子をいじめるのは気をひきたいからとか、相手の意識を自分だけに向けさせたいからとか、嫌な事をすれば相手は自分を忘れないからというのが理由らしいですが。
でも相手に強がって見せるところが似てるなと思いました。
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