デスノ 跡継ぎ | ナノ
我儘
人に対して『好意』を抱くのは、どうしようもない苦痛になる時がある。
随分前に母に期待して、期待が期待のままで終わったのに、それなのに今も、私は期待してしまう。
してしまっている。
してはいけないと思うのに、その人は私を裏切らないから余計に期待する。
最初はただ一緒に居てもらえるだけで良かったのに。
もっと、となる。
もっと一緒に居たい
もっと抱き締めて欲しい
もっと笑顔を向けて欲しい
もっと知りたい
私は貴女の事をあまりにも知らないから……
跡継ぎ
act.17 我儘
ケイは基本、笑みを浮かべている。
何もない時は自由だという様に目を閉じて、ソファに身を任せて寛いでいることが多い。
今、私が机にむかって問題を解く傍らで、窓辺に椅子を置いて目を閉じてカーテン越しの陽差しを浴びている。
陽が差し込んでいる時刻で、暑くないのだろうか。
手に持った本は閉ざされていて、もしかしたら寝ているのかもしれない。
カーテンが揺れて涼しい風と一緒に鳥や蝉、人の声が入ってくる。
今日の目標問題数を解き終わってしまった私は、寝ているケイを起こさないように椅子から降りる。出来れば、暗幕カーテンで陽射しを遮ってあげたいと思ったのだ。
それなのに、
「解けた?」
と声が発せられた。
時刻は11時少し前。太陽はまだ東にある。
「はい」
椅子から立ち上がったケイは本を座席に置いて、私の解いた問題を見た。
ケイの目が左右に動き、私の解いた回答を確認していく。
「凄いな、全問正解。質問はあるかな?」
質問。
問題の質問は無い。どれも分かりやすい問題だった。
ただ、ケイについて質問したい事は沢山ある。でもそれはして良いのだろうか。
ケイに嫌がられる事は言いたくない。
嫌われるのが、怖い。
「……」
黙っていると頭を撫でられる。
「11時か……少し遠出をしようか。私達はこの周辺ばかり散策してるから、遠くに行ってみたいよな」
ケイは私の手を取り、繋ぐ。
温かい手。
大きくて、私の手がすっぽりと収まる。
階段を下りてリビングに行くと、ワタリが台所で昼食の準備をしていた。
「ワタリは今日、車を使うか?」
「何かあったんですか?」
「何も無いよ。ただいつもこの周辺を散策していても厭きるから、そろそろ車を借りて遠出しようかと」
「ケイは免許を持っていないでしょう」
「何回か運転した事あるから平気だよ」
ケイはいつも通りに言ったが、それは無免許運転で、明らかに違法だ。
それなのに、ケイは数回運転したと言った。
いつもルールは守る誠実な人だと思っていたから、意外な一面を見た様な気がして、嬉しさを感じてしまう。
「私が運転します。二人に事故で怪我をされてはたまりません」
ケイはそうか有難う。と言って、私に良かったなワタリの運転で。と言った。
元々、ワタリに運転してもらうつもりだったのかもしれない。
「ではこれは夕食にしましょう」
「何を作っていたんだ?」
「まだ下ごしらえですからメニューを夕食用に変えます。なので先入観を持たれる事は言いません」
では、出かけましょうという事になり、三人とも部屋に戻り服を着替えた。
私は箪笥の中に入っている服から適当に見繕って着替え、部屋を出る。
ワタリはいつもしっかりした服だから着替えておらず、ケイは部屋着から外出着に着替えていた。
「あぁ、L、少し良いか?」
玄関に来て靴を履いている私に、二階から降りて来たケイが言う。
「ワタリの事は外ではワイミーと呼んでくれ。ワタリの本名だから」
「はい」
ワタリが車の準備出来ましたよ。と玄関を開け教えてくれる。
目に痛い程の陽差しが差し込んで来た。
車の中ではラジオが流れる。
視聴者の意見を読み、応える番組だった。
車に乗るのはワタリにあの家に連れて来られた日以来なので、外を流れる景色を眺める。
助手席に座った方が景色は見やすいとケイに言われたが、私は後部座席にいるケイの隣りに座った。
街路樹が現れては消え、また現れては消える。
ラジオは番組が変わり、今週のCD売り上げの話をしている。
このまま何処へ行くのかと、期待が膨らむ。
ケイとワタリとそれから私。
何処に行っても、私は嫌じゃない。
車が沢山な道に出る。
都会に出たのか。
私達が住んでいる場所が田舎だとは分かっていたが、余りの差に驚きを感じた。
高層ビルに、何車線もある車道。
人が多くて圧倒される。
港が見えた。
海岸線に来たのか。
ケイはラジオから流れる音楽にそって歌っていた。
小さな声で、目を閉じながら。
私が見ていると目を開き、ケイは恥ずかしそうに笑った。
「ケイは歌が好きなんですか?」
「好きだよ。好みもあるけどね」
私は歌に触れた事があまり無いので、好みがどのようなものなのかすら分からない。
どんなものが好みなのか、訊きたいけど口が上手く動かない時、ワタリが口を開いた。
「もう少しですよ」
前方を見ると、海の中にコンクリートで作られた島に続く橋。
橋には水族館と書かれた入口のドーム型の門。
通り抜けると、駐車場。
水族館。
初めて本物を見た。
駐車場は混んでいて、一周回って空いている場所をやっと見つけた。見つけられずに諦めたのか、路上駐車も沢山ある。
「券を買いに行こう、ビショップ」
ケイと手を繋いで、強い陽差しを背中に感じながら入場券売り場と書かれた場所へ向かう。
「いらっしゃいませ」
「大人二枚と子供一人」
肩から下げた大きめの鞄から財布を取り出し、券を買うケイ。
「楽しんで来て下さい」
店員がそう言うと、ケイは笑顔で会釈をした。
「ワイミー」
ワタリに入場券を渡し、私にも渡される。
入口をくぐる時、入場券を見せるとスタンプを押された後、また返してもらえたのが嬉しい。パンフレットを受け取りながら胸が高鳴った。
中は青い光りがあるが薄暗くひんやりとしていて、外で陽差しを浴びた肌から熱を奪ってゆく。
大きな筒型の水槽。その中を様々な魚が泳いでいた。
水が綺麗で、魚がその中を悠々と泳ぐ。
周りには親子連れや恋人同士が手を繋いで、人が多い中はぐれない様にしている。
子供が母親の方を見て、とても楽しそうに笑っている。
親子って、あんな感じなのだろうか。
「ビショップ」
手に私の体温より冷たい物が触れる。
ケイの手だ。
私とケイは当たり前のように手を繋ぐ。本当の家族ではないけれど、私にとって本物よりも大切な家族だ。
「寒くない?」
「少し、寒いです」
ケイは肩から下げた大きめの鞄の中から、カーディガンを取り出す。
私の分とケイの分。
ワタリは元から長袖だから必要ないらしい。
ケイはワタリと話をしているけれど、周りが煩くて、声が良く聞こえない。
背が足りないから仕方ないのだけれど、疎外感が胸に生まれて、また寒く感じる。
「ビショップは水族館に来るの、初めてか?」
「……はい」
話を突然振られ一瞬間を空けてしまう。
今まで誰も私をこういう所に連れて来たりはしなかったから、素直に応えた。
その回答に悲しみや哀れみの表情を浮かべることはなく、ただケイは笑顔だった。
「実は私も」
そう言って上を見上げ、泳いでいる魚を眺めた。
本来なら地上にいる私達が見上げる事なんて出来ないのに、今私達より上で魚は泳いでいる。
なんて綺麗なのだろう。
ケイは私と同じように、今この状態を楽しんでいる様で私に笑いかけてくれる。
「なぁビショップ。魚の種類は分かるか?」
「いえ、分かりません」
食べる魚は分かる。けれど、あの家に図鑑はあるけれど見なかったから分からない。
唯一分かって、時折テレビで海の影像が出て紹介される魚くらいだった。
「私は図鑑でしか見た事が無いからな。知らない物を見るのって楽しいな」
笑顔のケイは、私の胸を温かくする。
入口で受け取ったパンフレットを見ながら手を繋いで歩き回る。
ケイは図鑑でしか見た事がないと言いながら名前を言い当て、説明してくれる。
イルカの場所に来ると、私と同い年くらいの子が水槽に集まっていた。
イルカは床の方にいるみたいで姿が見えない。
「よっ」
隣りにいたケイが私を抱き上げる。
驚いてケイを見ると、水槽を見てごらんと言われた。
見ると、水色の肌をしたイルカ。
子供が水槽を叩くと身体をくるくる回転させている。
「見えるか?」
「はい」
「ケイ、私が抱っこしますよ」
ワタリがケイの横に立って、そう言った。
「あぁ、済まないなワイミー」
ケイは簡単に私をワタリに渡す。
理由も無く胸が痛くなる。
ケイはワタリに抱き上げられた私の頭を撫でた。
「重くなったな。これからどんどん成長するんだなビショップは」
最近体重計に乗っていないから分からないけれど、ケイが抱き上げると疲れる重さになった様だ。
成長するのは嬉しいけど、これからはケイに抱き上げてもらえないのかと思った。
ワタリは、成長なさいましたね。と嬉しそうに言ってくれる。
隣にあるワタリン表情は朗らかで、心が落ち着く。
私は、ワタリの事も好きだ。
「もう良いです」
イルカを見られたから下ろして下さいと言うと、ワタリはゆっくりと下ろしてくれた。
「知ってるかビショップ。イルカってウィンクして寝るんだぞ」
「……そうなんですか?」
驚いてケイを見やると、ケイは頷いてみせた。
「寝る時に右脳と左脳を別々に眠らせる事が出来るんだよ。だから片方ずつ目を閉じるんだって」
なんとも器用だ。
水中で首を縦に振る動作をするイルカを見て、そう思った。
イルカエリアの後に行った水中トンネルは凄かった。
自分も水中にいる様な感覚。
海底から見ると、こういう世界なのだろうか。
上を見上げると水面に光が反射してきらきらしている。
すべてを回って外に出る頃には、もう日は西の空にあった。
「楽しかったな」
「はい」
「ワイミー、有難う」
「ワイミー、有難うございます」
今まではワタリに話しかける事はあまり出来なかったけれど、今なら出来る。
ワタリは柔らかい笑みを浮かべて、私の頭を撫でてくれた。
「また来ましょう。他の所にも行きましょうね」
「是非」
ケイはそう言って、笑った。
また私も来たいと思った。
またこの三人で来たい。そして、色々な所に行きたい。
海を眺める。
海の中にあるこの水族館。
端に行けば海を覗けるのだろうか。
ケイと繋いだ手。
ケイは端に行くと落ちてしまうから駄目だ。と言う。
「浜辺に行きますか?」
ワタリが提案してくれた。
ケイはワタリに、時間は平気なのかと尋ねて、ワタリは平気ですと応えた。
車に乗り込むと、橋を渡って水族館から出る。
元来た道を帰るのではなく、知らない道をまた走り出した。
私達三人は何処にだって行けるような気がした。
〜戯言〜
カントリーな空間から都会へ出てみました。
何で水族館なの?と問われる前に回答。
Lの身長が私の設定では小さいのでアトラクション(主にジェットコースター)に乗れないからです。
それをワタリが気遣って水族館に行ったんですよ。
本当は私がいつも俯きがちなLに上を向かせたかったのが原因だったりもします。
ワタリとLに早く仲良くなって欲しいよぅ……。
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