デスノ 跡継ぎ | ナノ
太陽下
日々の会話の中で当然のように出てくるようになった単語に、ワタリが良い顔をしないのは知っている。
その単語を口にする度に感じるチクリと刺すような視線は、彼にとって最大の「苦言を呈する」に値する行為なのだろう。
言葉にしないのに言葉よりも顕著に示されるそれに私は今日も気付かないふりをして、またその単語を口にする。
「テニスをしようか」
跡継ぎ
太陽の下で
「さぁ、着替えておいで、L」
Lは大きく頷いて、小さな足で駆け出せばすぐに階段を登っていく音。
背中にチクチクと刺さる視線に気付かないフリをしてソファから立ち上がろうとすれば、「悪化していますね」という言葉を投げつけられた。
苦言を呈するそれは、ワタリの気持ちが入っていてとても重たい。
しかし悪化は仕方ないのだ。薬で抑えられるのは進行速度だけで、治療する事も、現状維持を続ける事も今の医学では不可能である。
「今から薬を飲むよ」
飲み忘れでもすればワタリは私を病室に縛り付けるだろうから、薬はLが居ない場所で飲んでいる。
一月分の薬が入った袋から数種類の薬を取り出して飲めば、一度病院に行かれてはどうですか?と心配そうな声が背中にかかる。振り返ればワタリは悲しそうな、苦しそうな、なんとも言えない顔をしている事だろう。
見る勇気なんて到底ない自分は、背中を向けたまま、行かない。とだけ答えた。
残りの時間は約一年。若い分進行が早ければ1年にも満たないと言われている。その限られた時間を病院に費やしたところで、寿命は然程伸びないだろう。
それならば、待ち時間や点滴、検査に時間を使うよりもLを育てることに時間を費やしたい。
そう言う考えをワタリが望んでいないのは知っているけれど、こればかりはワタリの意見と相違があっても変えるつもりはない。
「そろそろあの子も着替えて終わる頃だろう。私も準備をするよ」
準備と言ってもテニスラケットが入っているバッグを持つだけだ。テニスラケットは玄関のクロークに入っているから、それを持って玄関先で待つとしよう。
「疲れているのですから無理をせず、家に居たらどうですか?」
ワタリは嫌だという気持ちを抑えもせずに声に乗せてくる。今日は随分と、感情に忠実だ。
首は縦ではなく、横に振る。後々嫌でも家から出られなくなるのだ。動けるうちは動いておきたい。
「ワタリ、大丈夫だから」
「ケイが言う大丈夫は大丈夫では無いと、私は認識していますよ」
わざと眉根を寄せて、何だそれは。と言えばワタリは溜め息を細く吐く。諦めてくれたようだ。
「じゃあ、行って来るよ」
「絶対に無理はしないで下さいね!と言っても、ケイは無理をするのでしょうね」
「よく分かっているじゃないか」
「長い付き合いですから」
私が唯一長い間共に居る、家族のような存在のワタリ。
私を支えてくれる優しい人に、行ってくるよ。と告げてリビングを後にする。
玄関で靴を履いて、建物内を見渡す。玄関から建物内を見るようになったのは、Lと出かけるようになってからだ。
この家は昔の『L』が建てた物だが、余程お金の使い道が無かったのだろう、何処の豪邸だと云う家である。
全体的に白を基調としていて、隅にまで光が届く様にと蛍光灯が沢山ついていて、建てた人物は暗所を恐れたのだと知れた。
他の『L』が建てた家も殆どが光が燦々と降り注ぐ様な解放感がある造りで、電球も沢山ついていて暗闇を拒むような造りが多い。
『L』となる人物の生まれは特殊な場合が多いから、致し方ないのかもしれない。
「ケイ、お待たせしました」
パタパタと軽い足音がして、階段を見ると駆け下りてくるLがいた。
動きやすいウェアに着替えたLと手を繋いで庭に出ると、陽射しは思いの外強い。
家が白い事と外壁が白い事もあり、目の奥に痛みを感じた。
広い庭は芝生と花壇。緑は陽射しを浴びて萎びる事なく、むしろこの太陽の強さを感じたかったのだと言わんばかりに空に向かって伸びている。
花は夏独特の原色に近い花弁をつけて咲き誇っていた。
短い期間しか咲けないから、こんなに精一杯花弁を伸ばして主張するのだろうかと、そんな馬鹿げた事を最近思う様になった。
理由は、自分の死期を身をもって感じているからなのだろう。
花が咲くのは実を結ぶ為。虫は人間の様に沢山の色を視覚で確認出来ないから、虫が確認出来る色を花弁にして虫を寄せ付けるか、または香りを出す。
ただそれだけなんだ。
人の目を楽しませるつもりも香りを楽しませるつもりもさらさら無い。
人間が勝手にそう思い込んでいるだけ。
そうなのだと私は分かっている。
なのに
何だろう。
『L』の時はそんな事は考えなかったのに、私は今とても人間らしくなってしまった。
ただ『L』らしくあれと育てられた筈の私がこの様に変化した。
蝉が啼いている。それだけでも思うことが沢山あって、胸が焦がれる。
「夏だね」
「はい」
眩しさからなのか、Lはいつも以上に猫背になっていた。
「ちょっと、今日テニスするのは不味いかな。日射病になりそうだ」
「そうですね」
ミーン ミーン ミーン
ミーン ミーン ミーン
アスファルトの照り返しが熱い。
立っているだけで汗が噴き出す。
だが、この感覚が嫌いなわけでは無い。
むしろ、暑さを感じ汗をかいてだるさを感じる身体に、あぁ私は今生きているんだなと実感をする。
燦々と降り注ぐ太陽光を浴びて皮膚がじりじりと焼ける感覚も、眩しさを感じて細くなる視界も、脈が後頭部でドクドクと血液を流す音、感覚。すべてが私は生きているのだという証拠。
倒れるまでこの自然の猛威を身を持って感じていたい。
でも、それは駄目だ。
私が倒れでもすれば、ワタリに心配させてしまうだろうし、何より私よりもLの方が子供な分、体温調節は未熟だ。
「お店に入ろう」
「はい」
そういえば私達は手が汗ばんでいるのに、どうして繋ぐのを止めたりしないのだろう。
汗でへばり付いてるから余計に手が放しづらいのだろうか。
違うか。
手を放すという動作をとるのも億劫なのか。
喫茶店に入ると、冷房が効き過ぎていて汗が冷やされ、寒くさえ思えた。
ウェイトレスがお絞りと水を持って来てくれる。
決まり文句の「ご注文がお決まり次第お知らせ下さい」を言うと去って行った。
メニューを手に取り、Lに渡す。
出かけたり、テニスを終えた後に喫茶店に寄るという動作を習得したからLは物珍しそうにメニューを見る事はもうしない。
特に、暑くなってきてからは、寄る頻度が増えたおかげで喫茶店は珍しい場所では無くなった。
Lはメニュー表の後方に甘味が載っているのを知っているから、まず開くのは一番最後のページである。
じっくりと内容を確認したLはケーキセット、私はアイスコーヒーを注文した。
四角いテーブルに向き合って座る私達は、右側の窓の外を眺めていた。
「今日は真夏日かな」
「かもしれません」
燦々と降り注ぐ太陽の下、蝉が啼いているのだろう外。
エアコンから出る涼しい空気に満たされ、輸入品のCDを流す内。
聞いた事のない歌だが、歌詞を聞けばどこの国か分かる独特の声。
小さな島国の歌だ。
「ビショップ」
「え、はい」
暑い中歩き疲れて、のんびりしていた所に話しかけてしまったのを済まないと思いながら話を続ける。
「日本って知ってる?」
「地図上では知っています」
「そうか。……ビショップは旅行に行きたいか?」
「旅行ですか?特に今は」
此処で十分。というのは省かれた。
この曲の原産国は過激で複雑な事件を起こす事がないので行く必要が無く、それ故に興味すらなかった。
あそこは陸続きした国が無いから周りから影響をあまり受けずにいたのだろう、独特の文化がある。特に厄介なのは、その国には文字が三つもある事だ。
全国の言葉を覚える時に苦労したのを思い出す。
しかも覚えたくせに一度も使っていないのだから、骨折り損だ。尤も、それだけ治安が良いとも考えられるのだけれども。
「いつか色々な国に行ってみると良いよ。この曲の国、日本と言わず、何処にでも。ビショップはこれからだからね」
Lは顔をしかめた。
表情が豊かになったのは、喜ばしい事だ。
「ケイもまだ若いでしょう?」
若い子に若いと言われても、笑うしかない。
外観的には死ぬにはまだ若く見えてもても、中身を見ると先が短い等とどうして言える。
死が近くに存在するのは気持ちが良いものでは無いし、同情も哀れみも、ごめんだ。
「いつか見ると良いよ。知らない世界や触れた事のないものに。きっと君に様々な事を教えてくれるから」
違う文化にはその場独自の思想がある。
様々な思想に触れられれば、視野が広がるだろう。
ケーキセットとアイスコーヒーが遅れて登場した。
ウェイトレスは大変お待たせしましたと頭を下げたが、下げる必要は無かった様に思うので社交辞令として受け取った。
グラスの中、氷の固まりが積み重なった物が陽射しを受けて崩れてカラン、と良い音を出した。
〜戯言〜
心配してくれる人の望む形と己の望む形が違った場合、譲る事が出来たら楽なのでしょうね。
- 16 -
[
*前
] | [
次#
]
←
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -