デスノ 跡継ぎ | ナノ
表裏一体
ある日、朝食の後、リビングでケイが何やら分厚い本を読んでいた。
「気になる?」
じっと見ていた私に気付いて、笑みを浮かべて問うてきたので頷いた。
きれいはきたない
きたないはきれい
たったそれだけを読むケイ。抽象的過ぎて訳が分からない。
「どういう意味なんですか?」
「Lはどういう意味だと解釈する?」
ケイは笑っている。
私達がよくやる、ナゾナゾの時間の始まりだ。
跡継ぎ
相反する言葉
前後にはどういう文があるんですか?とは問わない。
まずその文だけで解くのだ。すぐにヒントを得ては、想像で広げられる視野が狭まってしまう。
きれいはきたない
きたないはきれい
互いに意味を反する言葉。ケイはどう思っているのか探りたくて見ると、穏やかに笑みを作っていた。
「面白い例えが浮かばないな……Lにとって綺麗な物とは何かな?」
本を閉じ、変わらない笑みを私に向けてくれるケイ。
綺麗な物……考えて、ケイを見た後、口に出来ないと思った。恥ずかしくて、言うのは躊躇われる。
私が黙っていると、ケイはソファに背を預け、体をぐっとのけ反らせた。
その動作に、胸がギュッとなる様な期待を持つ。
ケイは元の座り方に戻ってから、私を手招きしてくれる。
「L、こっちおいで」
期待が淡い期待で終わらずに、実現するのが嬉しかった。
ケイはいつも私を膝の上に座らせる前に身体を伸ばす。
大概ソファに座っているので今みたいに背中をのけ反らせてから、ケイは私を抱き上げて膝の上に座らせる。
ワタリも今ではこの一連の動作を当たり前と見なしたらしく、驚いた顔一つしない。
「L、長所の逆は何て言う?」
「短所です」
相反する言葉。
ケイは満足そうに頷いて私の頭を撫でた。
そして台所で食事の準備でもなく、何かをしているワタリに顔を向けた。
「なぁワタリ、私の長所と短所って何だ?」
「それは自分で認識するものですよ」
ケイ越しなのでワタリの姿は見えないけれど、少し困ったような笑い方をしたのが声に乗って伝わってきた。
ケイは笑って、そう言われると困るんだけどな。と返した。
「んー、そうだな。じゃあ嘘を言うけど、長所が面倒見が良い所で、短所が相手が嫌がる処でもズバズバ言ってしまう所だとしよう」
例えだとは言うが、長所は当たっていると思う。
ケイは面倒見が良い。そうでなければ私の様な人間の相手なんて出来る筈が無い。
でも、ただそういう性質だから私に構っているのだと思うと、苦しくなった。
「でね、面倒見が良いのって、面倒見られる側にとってはいい迷惑の時があると思わないか?」
「……」
何となく、分かった。
私も最初はケイに対して構わないで欲しいと思った事がある。
今はそんな考え微塵も浮かばないけれど、最初は私の領域に踏み込んでこられるのが怖かった。
「その人にとっては長所の面倒見が良い部分も、他人からすればお節介だったり有り難迷惑だったり、余計なお世話だったりする事もあるんだよ」
ケイは一度区切ってから付け足した。
「つまり、短所にもなりうるって事」
ケイの言いたい事が分かった。
長所も他人からすれば短所に、つまり、逆の存在になりえるのだ。
「ケイ」
「ん?」
「短所も、長所になりうるんですか?」
短所は短所のままでしかないのではないだろうか。
だって、悪い部分が良くなる筈が無い。
「なるよ。ただ、その判定を下す人の解釈によるね。短所が、相手が嫌がる処でもズバズバ言ってしまう所だとしても、言われなくては気付かない人にとっては有り難い事なんだよ」
ケイは笑っていた。
ただただのんびりと穏やかに。
ケイの過去を私は知らない。
そう、まったく知らないのだ。
だからケイがそういう事を言う理由も分からないし、短所と長所の事を思い付くまでの経過も知らない。
ケイは自分の事をあまり、否、殆ど語らないのだ。
時々会話の中でこそ、ケイの過去にあった事なのかなと思う部分が出てきて、それを頼りにケイの過去を想像するしかない。
「だから、私達は探偵の『L』で、罪を犯した人を捕まえるのが仕事だけど、忘れてはいけないのが大半の相手には理由があるという事だよ」
「大半なんですか?」
「理由なく犯罪を犯す人もいるからね。尤も、そういう人は警察で捕まえるから私達には回って来ないけど」
「どうしてですか?」
「理由が無い人は突発的な衝動で起こすことが多いから、大概痕跡を残すんだよ。痕跡が有って逃がす程警察も馬鹿ではないさ」
理由も無い犯罪というのが私には分からない。想像も出来ない。
理由も無く人は罪を犯せるのだろうか。
普通なら、道徳心や理性が邪魔するのではないだろうか。
あぁそうか。
そういう心を失って、道徳心も理性も本能に飲み込まれてしまった人の事か。
最近ケイに教えてもらった生物学の事で、生き物は増え過ぎる時があると知った。
きっとそれは、現在の人間も該当するだろう。
本能的に仲間が増え過ぎると餌の確保や固体群密度等を理由に弱い仲間を殺し(または産卵数を減らし)、固体の生存を維持する。
それが人間にも起きているというのだろうか。
人間の本能の中で、起きているのだろうか。
「時に、Lは正義をなんだと思う?」
ケイがまた急に問いを口にするので、見上げると至極真面目な表情でこう言った。
「例えば、宗教の事で罪で犯す人は自分を正義だと思っているんだ。というよりも、犯罪者の中では己を正義だと言う人が多いんだよ。それって矛盾しないか?」
矛盾と言われ、確かに、と思った。
自分を正義だと思っている犯罪者が裁かれる。
つまり犯罪者にとっては、正義が悪として裁かれるという事になる。
本人からすれば「何故?」となるのだろう。
「神の領域とか言い出すと、人間の法律は皆無だからね。基より、正義とは何なのか、私は未だに正確な理解をしていないんだ」
だからLに相談してみたんだ。そうケイは笑って付け足した。
「……」
「たぶん正義も、長所や短所の様に人によって決まるんだろうね。その人の信念で、悪も正義に、正義も悪になり得るんだ」
「……」
では、今ケイがやっている仕事、『L』の仕事はどうなのだろうか。
ケイにとっては正義なのだろうか、それとも悪なのだろうか。
「『正確な理解』でなくても良いです。ケイにとっての正義はなんですか?」
「私は法と、自分の決めた事」
「自分の決めた事ですか?」
「うん。自分やると決心した事は必ずやり遂げるって決めてるんだ」
途中放棄は許せない。そういう性格なのだろうか。
今までケイはそんな姿一度も見せなかった。いつも笑ってて、『別に良いんじゃないかな?それで』という姿を見せていたけれど、それは私にだけなのだろうか。
私にだけ、『良いんだよそれで』という態度をとっていたのだろうか。
どうして。
「まぁつまり、捕まえる事に囚われてはいけないんだよ。相手が何でそんな事を起こすのかを考える事が大切なんだ」
ケイは私が質問をする前に話を終わらせ、私に質問するチャンスを与えなかった。
まるで自分の事を聞かれるのを嫌がる様に、ケイはよくこうする。
それは故意なのか、それとも偶然なのか。ケイは行動には理由があると言っていた。
では、ケイが今私を抱き上げて膝の上に座らせているのにも理由があるのだろうか。
知りたいけど知りたくない。
両極に存在する気持ち。
ケイはよく今から言う事は戯れ事だと云う様に笑いながら、口にする言葉がある。
人間の知識に対する欲求は無限なんだ。
対する動物は生存に対する欲求が強いんだがね。
まぁ、我々は知る事を欲するんだよ。
つまりどんな結果になろうとも知識は獲るべきなんだ、人として生きるならね。
ケイは咳をした。
「風邪ですか?」
「いや、違うよ。唾液を飲む時に失敗して噎せたりしない?」
それにしては、噎せるというより咳だった。
ケイは笑って私の頭を撫でた。
私を下ろして立ち上がる。
「なぁエ……」
L、と言おうとしたのだろうが、続かなかった。
「外に行く準備をしてきな。出かけよう」
何故一瞬間を空けたのか分からなかった。
でも、噎せた後は喉がおかしいからなのだと考え付いて、私は二階に上って服を着替えた。
一階に戻ると、ケイはもう靴を履いていた。
その手には、持ち慣れたテニスバッグ。
「テニスをしよう」
最初にテニスをして以来、ケイは私とテニスをするのがお気に入りらしい。
だから最初はレンタルで借りていたけれど、テニスラケットとバッグを買ったのだ。
かく言う私も
「はい」
お気に入りで仕方ないらしい。
〜戯言〜
よく自己紹介カードとかで長所と短所を書く欄がありますよね。
私はあそこがなかなか埋まらず悩まされます。
自分の長所だと思う部分が本当に長所なのか?
元より本当の長所とは何だ?
自分が長所だと思っていても他人からは短所になったりするんじゃないか?とか。
『おとなしい』を長所にすれば、はたからすれば『根暗』なんじゃないか?とか
『明るい』を長所にしたら『喧しい』になるんじゃないか?とか
『いつも笑ってる』を長所にしたら『いつもヘラヘラして気持ち悪い』になるんじゃないか?とか。
まぁ、普通に、自分に自信があれば、わざわざ裏を掘り返して悩む事は無いんでしょうけれど。
どうにもこうにも、私は両極に存在する物は見る人の違いで決まるんじゃないかなとか、思ったりします。
見る人の気持ち一つでその事柄、その人物、その物は良くなったり悪くなったりするんじゃないかなと。
理由があって行われる事件とかは特に。
人殺しは確かに駄目です。
法律以前に、道徳心からして。
でも殺した人の周りの人(もしくは殺した人本人)が殺された人に、今まで被害を受けていたら?
肉体的もしくは精神的苦痛からの解放を望んで悩みに悩んだ末、相手を殺害したら?
判決はどうなるんでしょうか。
正当防衛?
それとも、やっぱりただの殺人犯として公表され、判決を下されるんでしょうか。
(理由などから罪は軽くなるのでしょうが)
しまった。
長々と真の戯言を語ってしまった。
- 15 -
[
*前
] | [
次#
]
←
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -