デスノ 跡継ぎ | ナノ
行動
「事情聴取では、あの子の産まれは10月31日ですが」
この誕生日会の話をした時、ワタリは至極真っ当なことを言った。
事情聴取であの子の母親から聞き出したのが正確なのか分からないが、彼女の発言を信じるならばあの子の誕生日は1979年10月31日である。
それなのに、約5ヶ月も前に行うのはどうしてですか?とワタリは問うてきた。
病気の進行具合によっては数ヶ月先まで生きているか分からないから、という一番の理由を口にしたらワタリは悲しむだろう。それに、そんなに体の具合が悪くなっているのかと誤解をされてしまう可能性が高い。それだけは避けたい。
「Lはきっと自分を否定して生きてきただろうからね、この家に来て心機一転して欲しいんだよ」
「それで誕生日を祝うのですか?」
「生まれ変わったつもりで、というのもおかしな話だけれどね」
産まれた事を祝福されずに否定され続けては、ポジティブな自我の形成は成り立たない。
Lに必要なのは頭脳であり自我は不要という考えもあるけれど、それではスパコンと変わらないし、自己肯定が出来なければ周りの意見に流されてしまう。それではこの頭脳を悪用される可能性もある。
それは避けなければならない。だからこそ、あの子のプラス方向へのアイデンティティを確立させ、自己肯定を身につけてもらいたい。
何よりこれから先、あの子は私と同じように必要とされているのがLなのか己なのかで悩む時が来るだろう。
その時が来たら、求められているのは己なのだと思えるようになって欲しい。
Lの為に自分を犠牲にするのではなく、自分という人間の為にLという立場を活用する。それくらいの心を持てるようになって欲しいのだ。
自分が求められているのだと、肯定して欲しい。
「きっと、喜びますよ」
ワタリは目を閉じて穏やかに微笑み、料理の作り方を教えると言ってきた。
私が作った方が喜ぶと言いたいのだろうけれど、唯一苦手な換気扇の音が鳴る台所で調理をする羽目になるとは思わなかった。とはいえ、企画しておいて全てワタリ任せもどうかと思い、承諾して夜に調理を開始する。
その後、ワタリのちょっとしたサプライズによって日付が変わった時間に降りてきたLを招き入れた。
必要なのは君だ。そう伝えたくて行ったそれは、少年が本当に産まれた日からかけ離れていたけれど、それでも喜んでもらえたのだから成功だ。
何よりも嬉しかったのは、笑みを向けてもらえた事。
心震えるほどの歓喜を覚えたのは生涯、この一度きりだろう。
跡継ぎ
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深夜に始まったパーティーは、そのまま朝まで続いてしまった。子供を寝させずに過ごさせるなんて大人としてどうなのかと考えたが、L自身が眠くないと言うのだから仕方ない。
朝が訪れて、電気を消してカーテンを開ける。晴れ渡った空、東側から光が射し込む明け方の世界は奇麗だ。
そうだ、少し体を動かせば眠気が訪れるかもしれない。
「L、今日は外で運動をしようか」
ここから少し離れた所に、テニスコートやバスケットコートが設けられた施設がある。そこはラケットやボールの貸し出しもしてくれる。
まだLに体を動かす楽しさを教えていないから、勉強や散歩の次のステップとして運動を取り入れるのも良いかもしれない。
Lは大きく頷いて、行きたいと態度で示してくれた。本当に今日は驚かされる。この子の年相応の姿を見ると心が浮上した。
誕生日を祝おうなんて頭が涌いたのかと自分自身に思っていたが、これ程までにLを喜ばせられるならば、それも悪くない気がしてしまう。
私もげんきんな人間だ。
公共の施設が開くまで後数分となった頃、玄関で靴を履いている少年をL、と呼ぶ。
「名前の事なんだが……」
Lの大きな瞳がこちらを見て、その瞳に少し希望が見え隠れしているのに気付く。まだ名前は考え付いていないから、その期待の眼差しには答えられない自分が不甲斐ない。
「今はまだ外ではビショップと、呼んでも良いか?」
Lは表情を曇らせることなく、頷いてくれた。本心を隠してこちらを気遣う少年に、申し訳なく思う。
私が決めるまでは名前はずっと偽名。それがどれだけこの子にとって負担になるのか、考えるだけで気が滅入る。
名を求めるのは、アイデンティティ確立の上で必然的なのだろう。しかし、もし本当の名を得たとしても、それを使う事は立場上永遠に無いし、それを誰かに呼んでもらえる事も無い生活だ。
なのにどうして名を求める?誰にも呼んでもらえない方が、惨めだろうに。
名に対して否定的な感情が芽生える己は、どこまでも消極的だ。自分が求めないからといって、どうして相手が求めるものを否定するのだろう。
この子が切望している。その事実があれば良いではないか。
自分一人を示す何かが欲しいのだろう。名前1つでアイデンティティを確立するわけではないが、名は自分を一個人だと認識するのに役立つ。
だから、この子にはちゃんとした名を、私が死ぬ前に贈ろう。
散歩をしながら施設まで向かう。仕事前に使えるようにと朝早くから開く施設は平日だから空いていて、テニスでもバスケットでも、何でも出来そうだ。
「ビショップ」
「何ですか?」
「テニスをやってみないか?」
何でも手を出してきたから私は一通り出来るが、身体的に差があっても遊べるのはテニスだろう。
ルールもそんなにややこしくないし、球を打ち返すだけと言う簡単さもある。
Lは困惑した表情を見せるので頭を撫でて、大丈夫だと、言葉にしないままに伝える。
窓口に行ってラケットとボールを借りて片方をLに渡すと、Lは物珍しそうにラケットを眺めて、変わらず困惑した表情を向けてきた。
「相手が打ってきた球を打ち返して、それを相手のコートに入れるだけで良い」
本当はもう少しルールがあるのだが、これは遊びだ。
そんな堅苦しいルールに縛られてやるつもりは無い。
最初はなかなか上手く出来なかったが、Lはすぐに私の与える情報を血肉にして球を打ち返してくるようになる。
筋が良い。
この手の才能も開花させたら、この子は本当に万能になるな。
ある程度までやって、疲れてきた頃を見計らって中断する。
「ビショップは上手だな」
「ケイの方が、上手です」
慣れない動きに呼吸が乱れていて、近くにある自販機に近づく。
自販機を使用した事は無いのだが、先ほど試合の最中に買っている人の動きを持ていたので真似をして硬貨を投入する。
「見てて」
Lも私と同じで自販機を使うのは初めてらしく、私はお手本として飲み物を買って下から取り出す。
ひやりと冷たい飲み物は、熱を孕んだ手にキンとする痛みを与えた。
初めて買ったが、中々面白い仕組みだ。
Lに硬貨を渡して抱き上げると、少し汗ばんでいるのが布越しに分かった。
「そこにお金を入れて」
言われた通りに硬貨を投入したLは、欲しい飲み物のボタンを押した。
喉が渇いているだろうのに、押されたボタンの飲み物は冷たいココア。
身体を冷やせればいい、と言うことだろうか。
下から飲み物を取り出すLは物珍しそうに缶を見ている。
私はプルタブを上げて、蓋の開け方を見せた。
Lも習ってプルタブを上げて、口を開ける。
二人揃って初めて自販機で買い物とは、周りから見たらおかしな光景だろう。
私の年齢であれば、これくらい知っていて当然なのだから。
今になって常識知らずだと、痛感させられる。
近くのベンチに腰かけて、喉を潤す。
夏がゆっくりとだが近づいているのだろう、陽射しは運動直後の身体には暑い。
「楽しかったな」
笑顔を浮かべてそう言えば、Lは頷いてくれた。
楽しめたならば、良かった。
一息つくが、脈が早い。
昔はこんな簡単に脈が乱れたりしなかったのに。
空を見上げる。
空はどこまでも高くて、変わらず存在していた。
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