デスノ 跡継ぎ | ナノ
切望
ケイが今夜何をするのか気になった。気になったけれどワタリに声をかける勇気がなくて、やっぱり問いは口に出来ない。
「気になりますか?」
ワタリがそう訊ねてきたので、緊張しながら頷くと、ワタリは笑みを浮かべてこう言った。
「気になるのならば、二時間後に此処に来て下さい。私達が何をしているのか、見る事が出来ますよ」
跡継ぎ
I want
ワタリとケイは何をしているのだろう。考え出してしまうと、とてもではないが眠る気になれなかった。
ベッドに座ったまま時計を見ると、さっき時計を見たときからまだ10分しか経っていない。
ワタリは二時間後にと言った。
二時間。その時間は果てしなく思える。
それに広過ぎる部屋に1人は、落ち着かない。1人が良かったはずなのに、今では1人が落ち着かないなんて。そんな自分に、溜め息をついた。
ケイとワタリは仲が良い。と思う。その仲の良さがどれ位なのかは分からない。
こんな時、胸がざわりとする考えが最初に浮かんでしまう。
ケイは母と同じ女性で、ワタリは母が殆ど毎日連れて来ていた人達同様男性だ。
性格も年齢も違うけれど、性別は同じ。
母と知らない男性の行為を何度か見た事がある。あの気持ち悪い貪るような行為をケイ達がするのかという考えが浮かんで、胃の中にある物がせり上がってきそうだ。
2人に対してこんな事を考えてしまう自分はなんて汚いのだろう。
ケイは母とは違う。
私を叩いたりしないし罵ったりしない。男に媚びを売ったりしない。
一緒に寝てくれる
抱き締めてくれる
勉強を教えてくれる
散歩をしてくれる
笑いかけてくれる
頭を撫でてくれる
話しかけてくれる
でも、それは本心からなのだろうか。私が「L」になるからやっている事なのだろうか?
私でなくても、不特定多数の中から誰か一人でも良かったのでは?あの優しさは私ではなく、「L」に向けられたものなのでは?
身体から力が抜ける。
あるのは、胸にポッカリ穴が開いた様な虚無感。
思考の糸がもつれたままなのに考える力が抜けて、身体から力が抜けて急に寒さを感じる。
ケイは私をどう思っているのだろう。
私は、自分が必要とされているのが嬉しかった。私という人間が必要なのだと思っていた。
でもそれは違うのではないだろうか。
私の思い違い。私が勝手に、そう思いたがっていただけなのか?
「L」がきっかけで私を必要としてくれているのではなくて、たまたま私が「L」になったから「L」として必要とされているのでは?
「っ……」
嫌だ。
考えたくないのに、考えてしまう。
『お前なんかいらない』
母の声だ。
煩い。
煩い
ウルサイ
煩い
消えてくれ
あなたはもう、ここに居ないのだから
『消えるのはアンタだよ』
目の前に佇み私を見下ろす母が嘲笑っている。
これは幻覚だ、幻想だ。
私が恐怖から作り出した存在しないものだ。
この家に母が居る筈が無いのだから。
『アンタが必要である筈が無いだろう?』
嘲笑ってる
私の存在を否定する言葉
何故
何故 母が ケイに見えてしまうのだろう
蹲って、額を膝に押しつけたままの体勢でいると、前は何てことなかったのに、首の後ろ、うなじあたりに痛みを覚えた。それでも前を向くのが怖かった。
母が、ケイが見下した目で、まだ私を見ているのではないかと思うと、怖くて前を見られない。
ちっぽけな私を嘲笑っているのではないかと思うと、体が石になってしまったような感覚がして、動けない。
それでも時間は流れるのだ。二時間後にとワタリは言ったけれど、見に行くのが怖かった。
私にとって都合の悪いものならば、見たくはない。ケイとワタリが、母と知らない男性との関係の様な間柄だったらと、考えたくない事を考えてしまう。
ケイも母と同じなのだと知ったら、私は……
そんなケイは知りたくない。
逃げてばかりだ。そう自分に対し思う自分もいる。
悩んで悩んで、結局萎えた足でベッドから降りる。逃げるのは駄目だ。そう思ったから。
ケイを信じたいと、自分の嫌な想像をあの優しい笑顔で払拭して欲しいと、そう思ったから。
大きな扉を開けて廊下に出ると、廊下の電気はつけられたままだった。来いと言われているのだと理解して、シンデレラが駆け下りるシーンのように広い階段を下り、リビングに向かう。
リビングの明かりはついていて、話し声が聞こえる。
声は普通で、変に高い声でも、ねっとりした気持ち悪さも無い。足音をたてない様に近付いて、扉の硝子部分から中を覗く。
二人の姿はリビングに無く、台所に在った。
「ケイ、焼けましたよ」
「初めてにしては上出来かな?」
「そうですね。あ、ケイ、冷めるまで駄目ですよ」
「焼きたての方が美味しいと思うぞ。ワタリもそう思わないか?」
「同意を求めても駄目です。触ると型崩れしますよ。第一これは今食べる物ではないでしょう?」
「分かってるよ、ワタリ」
焼きたてのふんわりと甘いパンの香りがして、自分が想像していた物とあまりにもかけ離れている二人を見て安心する。
男女のソレでは無く、ただ料理をしているだけ。それが嬉しかった。
ワタリがケイに今何時かと問い、ケイは腕時計を見て答える。
ワタリが私が隠れている扉を見て、笑った。
「ケイ」
「ん?」
「扉を開けて来てきて下さい」
ケイは少し驚いた顔をして、それから扉の前に来た。
「やぁL。眠れなかったのか?」
ケイが扉を開けた後、しゃがんで私に話しかけて来る。
部屋の明かりを背に受けて少し影のある表情は穏やかに笑っていて、自分が見た幻覚と違って少し安心した。
見下してこない、同じ高さの視線。冷たい表情じゃない、優しい笑みを浮かべた表情。
「煩かったならごめんな。まぁ、中に入ろうか」
ケイは私がだらんと垂らしていた手を握って立ち上がる。
一歩を促すように、仕草で部屋に招き入れてくれるナチにつられて、ドア枠を越えてリビングに足を踏み入れると、焼きたてのパンの香りが肺を満たした。
「ワタリ、Lにバラしたのか?」
「バラしてなどおりませんよ」
「ワタリは策士だな」
ケイは溜め息をついて肩を下ろした。
「L、眠気は?」
「……無い、です」
眠気は無い。
今寝れば、嫌な夢を見るに決まっている。
「じゃあもう良いか。L、ソファに座っていてくれ」
繋いだ手を離されて、手に残った温もりを熱く感じながら言われた通りに座る。
ケイは台所に行き、だからこんな所に踏み台があったんだな。とワタリに言った。
「ちょうど出来上がったばかりなんだよ」
ケイは四角い箱を持ってくる。
それをテーブルに置き、私に開けてごらん。と言った。
綺麗にリボンが四角い箱を飾っているけれど、それを解いて良いのだろうか?開けてごらん、と言われたのだから、開けて良いのだろうけれど、このリボンを私が解いて良いのか分からない。
ケイを見ると、ケイは頷いてみせてくれて、綺麗なリボンを解いて蓋を開けた。
「……」
中にはショートケーキがワンホール。
市販の物とは違い、生クリームがそこまで綺麗に塗られておらず、また飾り付けもそこまで綺麗では無い。
でも市販の物より生クリームは沢山ついているように見えた。
上に茶色のチョコレートの板があって、何故か『Happy birthday!L』と白いチョコレートで書かれている。
私に誕生日は無いはずだ。だって、生まれた日など知らない。
なのに何故、このケーキは誕生日を祝うのだろう。
訳が分からない。
私が動かないでいると、ケイは口を開いた。
「明日……あ、もう今日か。今日は何の日か分かるか?」
何も無い日だ。私が生まれた日では無い。
「Lがこの家に来てから一月の日。君がLと呼ばれる人物になってから一ヶ月」
よく、意味が分からなかった。
頭の中が混乱する。ケイは私の隣りに座り、私の頭を撫でた。
意味が分からなくて、混乱する。どういう事だ?一ヶ月。ただ、それだけだ。
混乱する私に笑顔を浮かべたまま、ケイは続ける。
「君がLとして新たな人生を歩み出した日を、私は君の誕生日にしようと思っていたんだ。でも君がLとして生まれ変わった日、君とはまだ馴染めていなかった。ならば馴染んでからお祝いした方が互いに楽しめるんじゃないかと考えたんだよ。だから一月経った今日この日を君の誕生日に勝手にしたわけだ」
今回のは、分かった。
でも何故祝うのだろう。
Lが新たに生まれた日だからなのだろうか。
だから、祝うのだろうか。
それは私でなくても、『L』になりえる人物なら誰だって今日が誕生日に成り得たのではないだろうか。
「L」
ケイが私を抱き上げて、自分の膝の上に置いた。
いつもと違い、向き合う格好。
「君の誕生日を勝手に作ったのは申し訳なかった」
真面目な表情のケイ。
いつも笑みを浮かべているから、見慣れないケイに変な気分だ。
「……どうして、謝るんですか?」
「気分を害させた。違うか?」
気分を害する事は無い。
誕生日を、生まれた日を祝ってもらえるのは勿論嬉しい。
ただ私は、私自身が必要では無いのだと知ったから、だから素直に喜べないのだ。
ケイは私を抱きしめてくれて、ケイの脈を感じる。けれど、これはLになった人物ならば誰にだって与えられる特権になるのだ。
私だから、ではない。
「私は君だから祝うんだよ」
まるで私の気持ちを詠んだような言葉。
「今日が誕生日なのは、無理矢理理由をこじつけただけなんだ。ただ、君の誕生日を作って生まれた日を祝いたかったんだよ。きっと君は親の元にいた時、生まれた事を後悔したかもしれない。でも、これは私の我侭だけれど、生まれて来てくれて有難う。私は君に逢えて嬉しいよ」
まっすぐな瞳は、私からそらされることがない。
『生まれて来てくれて有難う』
『私は君に逢えて嬉しいよ』
どうしてそんな事を言うんですか?
言ってくれるんですか?
どうしてケイは私自身を示す時わざわざ『L』ではなく『君』と呼び、私個人を指し示してくれるんですか?
生まれて来て良かったんですか?
母の下に生まれて良かったんですか?
私はいらない子ではなかったと信じて良いんですか?
生まれて良かったんですか?
生まれた事を祝福されて良いんですか?
Lとしてではなく、私の誕生日を祝ってくれるんですか?
「お誕生日おめでとう」
優しく 笑ってくれた
「スポンジが少し焦げているけど、味は心配しなくて良いぞ。ワタリ先生が直伝で教えてくれたからな」
ケーキはちゃんと膨らんでいて、市販の物より美味しい。
生クリームがたっぷりついていて、苺もいっぱい入っている。
焼きたてのパンも美味しかった。
甘くて温かくてふわふわしてた。
すべてケイが作ったのだと言う。ワタリは隣りから指導するだけで、手は出さなかったそうだ。
ケイが自分で作りたがるものですから、横から見ていて冷や冷やしましたよ。とワタリは言った。
ケイが耳元に口を近付けてくる。
「この味はワタリが教えてくれたんだ。君の好きな味を一番良く知ってるのはワタリなんだよ」
ワタリにもお誕生日おめでとうございます。と言われた。
「君はずっと起きてたのか?」
「……済みません」
「謝らなくて良いよ。眠れない日だってある。眠れないのにベッドに横になっていても暇でしかない。そういう時は起きて好きな事をするのが一番だ」
ケイは自分が焼いたパンを口に入れて、初めてにしては上出来だと自画自賛した。
ケイの初めての料理は、とても美味しい。
姿を消していたワタリが、綺麗な袋にラッピングされた物を抱えて戻ってきた。
「誕生日プレゼントです」
渡されたプレゼント。
ケイが中は何だろうね。と言ったのでラッピングを開くとお菓子が詰まった長靴が入っていた。
「これしか思い付かなかったのですよ」
「っ、有難うございます。ワタリ」
感謝を口にすれば、ワタリが笑った。穏やかで優しい笑い方だ。
「私は困った事にプレゼントを用意していないんだ」
「いつも一緒に居ましたから買う時間を作れなかったのでしょう?」
ワタリが説明を入れてくれる。
「作ろうと思えば作れたんだが、君と居る時間が楽しいし外に一人で出かけるのが嫌だったんだよ。まぁ理由は良いとして、君は何が欲しい?欲しい物を聞いてから買うのではサプライズに欠けるけれど、そこは許してくれ」
欲しいものと言われて、何も思い浮かばなかった。以前ならば欲しい物は沢山あったのに、何も浮かばない。
だってもう、沢山のものを貰った。
私が欲しかったのは、貰った。
「もう、貰いました」
そう答えると、ケイは目を丸くした。
「欲が無いな」
欲は沢山あった。
でも、それはケイが満たしてくれたから、今は無いだけ。
「じゃあ来年のを参考におこう。来年は何が欲しい?」
来年も、祝ってくれるつもりなのだろうか。嬉しい反面、やっぱり欲しい物は思い浮かばない。
ケイが求める答えを思いつけない。
ああ、でも、ひとつ、一つだけ欲しいものがあった。
「名前をください」
「え、名前?」
「はい」
ケイはうぅん、と唸って、頭を掻いた。
「名前かぁ……私は名前を考えるの苦手だぞ?」
「はい」
「それでも良いのか?」
「はい」
「うん。今聞いておいて良かった。来年の今日、またこうやって祝おうな。そして君に名前をプレゼントするよ」
ケイが難しそうな顔から笑みに表情を変えてくれたので、安心する。
ケイが『Lの後継者』ではなく『私』を必要としてくれているのが。
それがどうしようもなく、嬉しかった。
「っ……」
ケイが驚いた顔を一瞬して、私の頭を撫でた。
〜戯言〜
Lが、中性から男性に少し近付いている話。
何かの代理(後継者)だから大切に思われるのでは無く、その人だから大切に思われるのならば、どれだけ幸せだろう。
地位も名誉も関係無く、ただその人個人を愛すると云うならば、その愛されている人は幸せ者でしょう。
最後のケイさんの動作が表すのは、Lが笑った事を表します。
Lが笑った!ってケイさんはビックリしたんですよ。
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