デスノ 跡継ぎ | ナノ
愛とは
目を閉じて背中を丸めているLは、寝ているのだろうか?それとも寝たふりをしているのだろうか。判断がつかないその小さな身体を眺める。
私は庭で植物に水を与えた後、昨日の眠れなかった分と慣れない太陽の下での活動で流石に疲れが押し寄せてきて夕食まで寝たので今は眠くない。
Lには私が寝たと勘付かれ、昨晩の自分の寝方が悪かったからだと自責されるのも嫌だからとワタリに口止めしていたから、今この時間、私が寝ていると思っているだろう。
それで良い。
この子は『L』の適性検査で推理力があって勘が良いと分かっている。
その知能の高さから私が仮眠を取った理由を推測して自分を責めることはして欲しくない。
この子の心にこれ以上陰を宿したくないし、私という存在がこの子の負担にも、悩みの種にも、足枷にもなりたくない。
だからワタリを巻き込んでついた嘘。
それに対して罪悪感は一切感じていない。
跡継ぎ
愛とは
眠れもしないのにベッドに入るなんてことは今まで無かったから、この暇な時間をどう持て余したものか悩む。
何も考えない時間、というのはどうにも居心地が悪いのだ。仕事が空いた少しの時間があれば、いつもは犯罪の事や新しいハッキング技術、警察の配置を考えているのに、病気になってからは死についてよく考えるようになった。
死とは何か、人間誰もが一度は疑問に思う事だろう。
そして思想家達は絶え間なく身近で起こる死にいつも思考を巡らせていた。
『死ねば人は無に還る』とは、よく言われる格言だ。
無に還る……確かにそうだろう。
土葬されれば骨さえ地中の微生物によって砕かれ、後には何も残らない。
だがそれは身体の話であって、その人が生きていたと云う証拠は残っているのだ。
何処に?と問われたら、部屋に、墓石に刻まれた名前にと答えるだろう。
私の部屋にある私物は服だけであり、他はすべてLとしての物。
私物は服しか無いし、墓石に刻む名前は、今死ねば『ケイ クウォーク』になるのだろう。
それは私の今の名前ではあるが偽名で、本来の名前では無い。
尤も、その場その場で偽名は沢山使っているから定まった名前は無いし、本名で呼ばれた過去は記憶から破棄したので忘れてしまった。
私はLとしてしか生きておらず、個体の名前を持ったところで私は『L』の名前の下に偽名しか使わないのだ。素姓が割れてしまうかもしれないのに本名を持つ必要は無い。
つまり、死んだ後に残る私物は服だけなのだ。ならばいっそ何も残さない方が清々しいだろう。
Lではない私を残したいとは思わないし、何より残したところでLにとって使えない物はただのゴミにしかならないのだ。
ゴミを残そうとは思わない。
私は偽名の『ケイ クウォーク』として埋葬される。
ただそれだけ。
墓を作る金だけでも確か結構かかるので、元来自分に金をかけるというのに抵抗がある分、嫌な気分になる。
Lとして金を使うのは良いが、私に金を使うのはどうも解せないのだ。
今でも治る見込みの無い病気のために通院しろと言うワタリをどうにか黙らせて、更に私の墓に使う金を何かに有効活用出来ないだろうか。
小さなLを見る。
私はそこそこ成長してから『L』になったし、親代わりのワタリがいつも居てくれたから平気だったけれど、この子はどうなのだろうか。ワタリは私が死んだ後も居てくれるが、ワタリもすでに老齢だ。いつまでもこの子を支えられるとは限らない。
だからと云って外に仲間を作るのは難しい。
私達は私達が『L』なのだと知らしめる手段を持ち合わせていないのだ。
だから外で仲間を作るのは困難であるし、第一、外で作るのはリスクが大きい。
けれど、この子に何かを残したかった。
支えになるものを。
『L』は孤独なのだから、せめて誰か一人は側に居てもらいたい。
だいぶ人間らしい考えを持った自分に気付く。
Lらしくない自分に、心の奥で笑った。
今夜はどうせ眠れないだろう。
今日はこの事を考えよう。
どうすればLは孤独では無くなるか、考えるのだ。
朝、目を開いたLにおはようを言う。
今日も起きるのは夜明け頃だった。
眠れているのかいないのか、それともLの習慣が夜明けと共に起きるものなのか。
Lは私を見て少し驚き、それでも、小さな声ではあったけれど返事を返してくれた。
身支度をしてから一階に下り、ワタリにおはようを言う。
ワタリは笑みを浮かべて、Lにも挨拶を返した。
朝食を食べ、後に果物を食べる。
「L」
Lの目が私の方を向く。
大きく黒い瞳。昨日の夜よりかは隈が薄くなっているように見えるのは、私の願望がそう見させているだけなのだろうか。
「Lが好きなものって何だ?」
Lは私を見て、悩んだ様に視線を床に向けてしまった。
膝を抱えようとしてだろう足を曲げた。が、Lは普通にソファに座った。
人前であの座り方は憚られるのだろうか。
「L、こっちにおいで」
疑いもなくソファから下りて私に近付いて来るLを抱き上げて、自分の太股の上に座らせた。
Lは驚いているのか、大きな瞳で私を見てくる。
「私に背中を預ける様に座ってごらん」
言われた通りに私の上で動くL。
私の腹に背中を預けるLの腹に腕を回して抱きしめるようにした。
「私の膝に足の裏を置いて」
言われた通りにするL。
するとLがしたかった座り方になる。
「この格好、落ち着く」
わざと独り言の様に言う。
ワタリは私達を少し驚いた顔で見たが、気にしないふりをして、そのままリビングを出て行った。
Lは私の太股の上に立て膝で座り、背中を私に預ける。
本当は蹲る様に座りたいのだろうけれど、私が腹に腕を回しているから無理だ。
「なぁL、好きな物を出し合おうか」
Lは首を捻って私を見た。声を出させたいという私の考えに気付いてしまったのだろうか。
「好きな物を一つずつ出し合うんだ。被っても良い。やってみよう」
好きな物なら言えるのではないだろうか。
それに今なら向き合っていないし、この空間には私とLしかいない。Lが声を発せられる条件を与えているつもりだ。
「私から言うな。飴が好き」
『甘い物』と言わなかったのは、Lが甘い物は好きで、きっとLはまだ少ししか好きな物に出会っておらず、甘味を一纏めにしたら好きな物の数が減ってしまうからだ。だから取り敢えず、思い付いた甘い物を好きと物にした。
「ケ……ケーキが好きです」
「オレンジが好き」
「……苺が好きです」
「柿が好き」
「……サクランボが好きです」
このテンポをずっと続けて、そして尚且つ私の声を少しずつ大きくしてゆくとLも少しずつだか大きくなる。
私はこれがしたかったのだ。
「Lと一緒に寝る事」
私達はもう『〜が好き』とは言わず、好きな物の名前だけを口にする。
「……空」
「Lとの散歩」
私が言う。
「……散歩」
Lは言う。
「……あー、思い付かない。これで終わりにしようか」
鸚鵡返しは品切れの合図だ。ここで区切るために、こちらから降参の旗を振る。
これ以上やる必要は無い。Lの好きな物を把握した。
それに声もちゃんと出る。
「散歩が好きか?」
「……」
頷くだけの仕草に、もう声を出すのを拒むのかと心の中で息を深く吐く。
「今日も出かけようか、天気も良いしね」
頷くLを下ろして立ち上がると、脚が痺れていた。これは、歩き辛い。
「ワタリに出かけると言ってくるから、支度をしておいで。後、今日はどっち方向に行きたいか考えておいて」
痺れた脚で出来るだけ普通に歩く。いつも通りに、おかしいとは思わせない様に歩く。
ワタリは想像した通り、実験室に居た。
「珍しいですね、ケイが実験室まで来るのは」
「そういえばそうだな」
Lとしての仕事をしている時はワタリの処に行く用事なんて無い。
仕事中は常に部屋に籠ってパソコンと向き合ったりファイルと向き合ったりしていたから、ワタリが部屋に入ってこない限り顔を合わせることは無い。
「今から散歩に行ってくる」
「またですか」
「駄目か?」
「ケイは病気でただでさえ身体は疲れやすくなっているんですよ。なのにあの子の為に身体を酷使しているではないですか」
「そんな事は無いぞ」
ワタリは溜め息をついた。聞き分けのない子供だと呆れているのかもしれない。
「少しでも自分を大切にして下さい」
「なぁワタリ」
「何でしょうかケイ」
眠れなかった夜の時間、私が死んだ後の事を考えていた。
私達は金を持っているが、使い道は無い。その金のあり方を考えて浮かんだのは、実現するには難しいものだった。
「私に使う分の金にさらに上乗せして、次の世代に役立てないか?」
ワタリは急な発言に意味が分からないという様な顔をする。
「私達『L』は皆、孤児だろう?だったら、孤児院を建設したらどうかと思うんだ」
「孤児院、ですか?」
「あぁ。でもその孤児院には特殊、と言ったらおかしいかもしれないが、まぁ特技を持った子や『L』に成り得る、Lをサポートする存在に成り得る子を育てる孤児院にしたいんだ」
「どうしてまた急そんな事を」
「確かに急だけれど、無理難題があるかもしれないけれど、Lの仲間を増やしたいんだ」
ワタリは渋い顔をした。
仕方ない事だ。私は確かに今、無理を言っている。
けれど、実現したい。
「孤児院内に様々な施設を作れば、教育にも役立つだろう?代々『L』が稼いできた金を『L』の為に使うなら先代達も文句ないさ」
溜め息をつかれた。今度は諦めが入り混じっている。
「それがケイの優しさなのですね」
「優しさ?」
私にそんなものは無い。
私はLとして育てられたのだから、そんな感情持ち合わせてはいないだろのに、私の成長過程を知っているワタリがその様な事を言うだなんて。
「私は『L』に役立つだろう事をしているだけだよ」
「それが愛情なのですよ」
今度は私が渋い顔をしてしまう。今私がしようとしていることは愛情とは程遠い、世界から隔離された生き辛い『L』側の人間を量産しようとしている行為なのだ。
それを愛情などと表現するワタリの感性が私には分からなかった。
私がワタリに対して向ける感情は好意だろう。それは家族愛の『好き』であって、これは認める。
一緒に居て嫌でもなく、辛くもない。居て当然の存在がワタリだ。
居なくなったら困る人がワタリ。
支えになってくれているのがワタリ。
ではLは?
『L』の跡継ぎで、私の後を継ぐ人。
他に何がある?
同類という事での同族意識だろうか?
それとも憐れみや、同情だろうか。きっと、今私があの幼い子供に抱いている感情は将来のあの子を思って浮かぶ『憂い』だ。
これを愛と呼ぶのなら、愛を愚弄している事になる。
「なぁワタリ」
「なんでしょうかケイ」
「……いや、何でもない」
言い留まると、ワタリは怪訝な表情を浮かべる。
けれどこの優しい科学者に、私を育て上げた老人に対し、愛とはどういったものを示すのかなんて、とても訊けるわけがないのだ。
〜戯言〜
過去の日本で愛とはすなわち不義。
そこまで良い物を表す語源ではないそうです。
現在は海外意識の強まりが原因なのかは知りませんが、慈しみの心を表します。
愛情を認識するのは難しいと思います。
『私は相手を愛している』等と普通は考えて行動しませんから。
- 10 -
[
*前
] | [
次#
]
←
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -