モノノ怪 飽和する世界 | ナノ
春画
骨董品の中に、稀に今の時代において禁種が紛れている事がある。
そして今日も、ある物の捨て場に困った男性が来店した。
「西明さんなら引き取ってくれると聞きまして」
「誰が漏らしたかは知りませんが、困ったお客様だ」
「いやいや、聞かなかったら俺は今此処に居やしない。同じ穴の狢での会話ですんで、気になさらずに」
「そう、ですね」
品をパラパラと捲り、商品として出せるかどうかを調べる。保存はなかなかであるから、これなら結構な高値で買ってやれる。
「西明さん」
「なんですか」
顔を上げて、男を見れば、男は少しばかり顔を赤らめて、視線をさ迷わせた。商い中だと言うのに、一瞬、眉間に皺を寄せてしまったのは致し方ないだろう。
「昼間ですぜ」
「ちょうど昼時ですね」
そろそろ、この家に勝手に居座る男が帰って来る時間だ。
いつもなら今の時刻、男は本を読んでいるのだが、今日は散歩に行くと言い出したので、ついでに夕飯の材料を買ってきてくれと依頼したのだ。お使いをさせると二回に一回の割合で団子を買ってくるのだが、今回は買ってくるのだろうか。
みたらしが食いたい気分であるが、あいつはあんこが好きだから、みたらしを買って来る可能性は低いな。
「それなのに、それを広げて……」
思考が別の方に飛んでいたのに気付いて、現実を見る。広げたままだった頁をまたパラパラと捲り、中身を確認すれば、相手は酒でも煽ったかのような赤ら顔になった。
「中身を確かめなくては値がつけられませんから」
「しかし平然と、そんな、ねえ?」
男は私をちらりと見る。
私が開いているのは春画である。細部まで事細かな上に露骨、というよりも誇張された性器が描かれている品だ。また、人間とその他の生き物などの絵もある。その余りに逸脱した趣味嗜好に、禁書になっても仕方無いと思えてしまう。
男は照れたように前屈みになっていて、私には商売道具でしかないこの本が、どういった意味を男に与えるのかが手に取るように分かる。
これは、厄介だ。
知らん顔をしてさっさと値をつけて男に支払う。
通りに追い出す時に粘られたが、そんな事は私には関係無い。寒いのだから熱もすぐ下がることだろうし、早々にお引き取りを願った。
商いを終えて、品を薬売りに貸している部屋に運ぶ。春画を店先に置いていて、お役人に見つかってお縄になるなんて、冗談ではない。
そんな事になってみろ、人生の汚点だ。
薬売りの荷物である木箱の上に置く。春画は、男が遠方で仕入れた変わり種と交換が暗黙の了解だ。
男の寝室を出て台所へ向かい、土間に降りて朝方頂いた魚で昼食用にと煮物にしておいたのを、再び熱する。そろそろ沸騰するかという頃に、裏口の戸がカラリと開いた。
「お帰り、薬売り」
「ただいま、帰りました」
男の手には頼んだ野菜と、それから団子。団子はやはりあんこのようで、黒いものが見えた。
本当にこの男は甘党だ。
「もうすぐ出来上がる」
「はい」
「皿を」
「これ、ですか」
「そうだ」
食卓の準備を終え、座敷へ向かう。
二人で食事を済ませ、片付けてから外に出て干している布団を叩く。ここ最近は晴天続きで布団干しも毎日出来る。これで心地好く寝られるのだから、お天道様には本当に感謝しなくてはならない。
空を見上げる。太陽の位置から後一刻ほどで夕日色に変わるだろうと見越し、布団を室内に運ぶ。
「薬売り」
「なんですか」
「お前の分の布団だ、運んでくれ」
「はい」
私は私で、自分の布団を寝室に運ぶ。
すると暫くして、襖が開けられた。風通しの良い寝室に風が流れ込んでくる。
襖を開けた張本人を見れば、どこも変わった様子はない。布団を敷くにあたって、何か足りない物があったのだろうか。
「足りない物があったか」
「違い、ますよ。西明」
「何だ」
「これは」
男が手に持っているのは、昼に来た客から買い取った春画だ。すっかり忘れていた。
「お前が居ない間に、客が売りに来たから買った」
問題は何もないだろう。今までだってそうだったではないか。
立ったままの男を見上げれば、男はあからさまに落胆してみせた。
何なのだ。
「誘っているのかと、思いました、よ」
「どう考えたらそうなる」
「いつもは手渡しなのに、わざわざ、寝室に置かれていた、ので」
布団も綺麗な物がありますし。と一言。
たったそれだけで、どうして誘う事になる。男自身も、春画なんぞで性欲を刺激されたりはしない筈。春画は商売品以外の何でもない筈だ。
「下らん詮索はやめろ。私に他意が無い事など、お前が良く知っているだろうに」
「そう、なんですがねぇ」
期待しました。と言われて、溜め息しか出ない。
「薬売り」
「はい」
「今までもこれからも、お前が期待するような事は生じやしないよ」
「それは、残念」
「御愁傷様」
男はぱらぱらと頁を捲る。
「保存が、良いですね」
「だろう」
「これは高く、売れる」
「良かったな」
「団子何本に、なりますかね」
「知らん」
二冊目もパラパラと見ている。
売り物なのだから、先に品質を調べるに越した事はないだろう。しかし立ったまま見るのは、行儀が悪いと思う。
「西明」
「何だ」
布団を後はもう寝るだけの状態にし終えたところで呼ばれて、男に近付く。男は膝をついて、ある頁を見せてきた。
「これ、どう思いますか」
「どうとは」
「体位に、無茶があると、思いませんか」
男女の格好を見ると、確かに女がおかしい。人として、有り得ない格好だ。
しかし絵は一発描き。こういった無茶な格好に見える絵を描いてしまう事だってあるだろう。
「西明」
「何だ」
「試してみる気は」
「無い」
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