モノノ怪 飽和する世界 | ナノ
偽者 弍
「何でお前がついてくる」
「西明の隠し事を、暴く為、ですよ」
「面倒事に首を突っ込む癖は治すべきだな」
「治らなくて、困ってます」
「開き直るな」
今日は昨日と打って変わって曇天からは白い粒がふわふわと降っていて、私は笠を被り、薬売りは変わらず頭巾を巻いているだけという装い。
吐く息は白く、指先は赤みを帯びて少しばかり痛い。
サクサクと新雪を踏みしめて歩く。
色彩の失せた世界で、隣の男だけが色彩に溢れている。
「そろそろ、話しては、くれませんか」
「お前には負けるよ」
本当に根負けする。
男は小さく笑って、私を見た。
「昨日、私に扮した盗人が出た」
「西明に、ですか」
「そうだ」
「疑われて、いるんで?」
「店の者には疑われていないが」
「が?」
「放っておけば被害が拡大するだろう」
「だから、西明が、捕まえる、と」
そうだ。と返せば、危険な真似を。と難色を示された。
仕方ないだろう。お役人に駆け込んだところで、事態を大事に騒ぎ立てられるだけだ。
近所の者も魚屋も、役人に村を闊歩されるのを快く思わないのだから、自分でどうにかするしかないのだ。
幸い、明け方前に商店街の先にある橋に仕掛けはしておいたから、上手くいけば犯人を捕まえられる。
魚屋に着くと、笠を被っている為に一瞬主人の眉根が寄った。
一度嫌なモノと記憶してしまうと、その書き換えは難しいから仕方のないことであるが、いつも快く受け入れられているのにそう嫌悪の表情を向けられるというのはどうにも堪える。
笠を上げて顔を見せて挨拶をしたのと、薬売りが隣に居るのもあって、私が西明だと理解したらしく笑顔を向けられた。
「よく来てくれました西明先生、それに薬売りさん」
「済みません、人が増えてしまって。言いだしたら梃子でも動かない奴なのですよ」
「とんでもない!盗人をとっちめる為だ!人は沢山いた方が助かるってもんよ」
主人は笑って迎え入れてくれる。
店先からは死角の座敷に腰を据えて眺めていると、娘が茶を出してくれた。
「西明先生も、災難ですね」
笑う事しか出来ない。
薬売りは寒かったらしく、隣で湯飲みを強く両手で握っている。
そんなに寒いなら、ついてこなければ良いのに。
それに男は鼻が利くのだ。
魚屋に長居すれば、気分を悪くしかねない。
「薬売り、帰って良いぞ」
「嫌、です」
意地を張って、何がしたいのやら。
外に視線を向ける。
雪は粒の大きさが増し、一つ一つが重たく地面に蓄積してゆく。
寒いはずだ。
シンシンと積もる雪は足を取るには十分な量。
これだけ寒く逃げるのに不利となれば、盗人も開店休業だろう、今日は来そうにないな。
そう思って座敷から土間の店内に降りて主人に話すと、主人も同じ事を考えていたらしく、残念そうに頷いた。
「薬売り、帰ろう」
座敷で丸まっている男にそう言い終えるか終えないかというところで、女性の悲鳴。
慌てて外に視線を向けた。
そこには積もった雪をものともせず、走る人。
笠に黒い外套、黒い着物、黒い帯。
体型も私と同じくらいの者は笠の先を手で押さえていた。
まるで自分を見ているようだ。
時間がひどく怠慢で止まった感じがする。
相手がこちらを向く。
首から下がった物に気付く。
それは鈴。
装飾品とはとても言えないそれは、見覚えのある物で。
考えるより先に身体が動いていた。
真似者は私に追われる事に驚いたのか、橋の方へ駆け出す。
似た姿が追いかけっことは、不気味以外のなにものでもない。
自分の後ろ姿なぞ見た事は無かったのだが、成る程、これが私の後ろ姿か。
寒風に痛み、音を失っていたはずの耳にヒュッと風を切る音が入ってきた。
色の無い世界に、極彩色が現れる。
薬売りだ。
真夏の平地を走るように積雪の大地を駆けてゆく男。
「待てっ!」
真似者と同じくらいの早さで駆けて行く後ろ姿。
このまま突き進んだらと焦りを感じる前に、前方にいた真似者は突如姿を消した。
そして、水が打たれる音。
薬売りの歩みが止まり、私を振り返り見た。
私は歩いて橋に近づき、降り積もった雪の下、蓙を敷いて床板があるように仕向けていた場所を見ると、そこには下の川が見えて。
「落ちたな」
「……生きて、ますかね」
「生きているさ。多分」
雪が積もる今日この日に、盗みを働いた奴が悪い。
まぁ、やりすぎた感はあるが。
「どうやって、捕まえるんで?」
「岸に上がってくれば捕まえられる」
「上がってきませんよ」
「そうだな」
「……」
「私は嫌だぞ」
「俺も、嫌です」
川に飛び込む無謀さなど持ち合わせていない。
薬売りと視線を合わせる。
救助に行かなくてはならないのは分かっているが、寒いのは嫌だ。
「あ」
「あ?」
薬売りが間抜けな表情を見せる。
その目線の先を見れば、下流の岸に、黒ずくめの人間が上陸している。
「生きていたのか」
「それ以前に、言うことは」
「捕まえに行けと?」
「はい」
「此処からでは無理だ」
岸までは泳げばすぐだが、陸地では遠い。
それにあの盗人、寒くないのかと訊きたくなるくらい陸地に上がると何事もなかったかのように走り去った。
それを見ていた周囲の人も、盗人に天晴、という始末。
確かに、天晴、だ。
凍える水に全身浸かっても、長いこと顔を水面に上げずに泳いで岸に上がり普通に走り去れる。
海に生きる者達にとって羨ましい質を持っている。
「西明さん、残念だったわね」
八百屋の女将は腰に手を当てて、笑って言った。
「逃げられてしまいました」
「賊でも生きてて良かったじゃない。もし遺体が上がらなかったら後味悪いでしょうに」
「そうですね。それに、こんな目に逢えばもう此処で盗みはしないでしょう」
「違いねぇ!」
魚屋の主人がざまあみろ!と笑う。
極寒の川に盗人が落ちたのが余程爽快だったらしい。
「だから立ち入り禁止の看板が中央に置かれていたのね」
呉服屋の娘が言う。
橋の中央には、私が書いた看板。
そこには
『立ち入り禁止
骨董屋 久倉 西明』
と書いておいた。
看板に書かれた事を皆が守ってくれなければ、誰かがあの盗人の代わりに川に落ちていた事だろう。
信頼関係があってこそ、できた仕掛けだ。
「西明さんが立ち入り禁止って言うから、橋に何かあったのかと思っていたのよ」
「まさか床板が外されているとは思わなかったがな、近寄らなくて良かったぜ」
周囲は笑い話で済まし、橋の修復を手伝ってくれたあとは各自各々の家に帰った。
「私達も帰るか」
「西明にしては、あっさりと、身を退きますね」
「犯人が分かったのでな」
「なる、ほど」
薬売りは、敢えて誰なのか訊いてこない。
こいつもあの真似者が誰なのか理解したのだろうか。
それならば話が早い。
こんな寒い場所にいるのはもはや無意味なので、私達は早々に帰路についた。
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