モノノ怪 飽和する世界 | ナノ
風邪
脳味噌が揺れているみたいだ。
歪む視界。
天井の目が曲線を描いて、重たく鈍痛響かせる後頭部。
「寒い……」
しゃがれた声に、泣きたくなる。
布団を何枚かけても寒い。
「西明、粥、ですよ」
襖が静かに開く。
室内に入ってきた極彩色の着物ですら今は目に痛い。
「起きられますか?」
傍に座った男。
肘をついて起きようとすれば、背を支えられた。
これでは本当の病人だ。
否、病人なのだが。
「ありがとう」
「西明が感謝を言うとは、弱気、ですね」
「誰だってこんな状態になれば、弱気になる」
粥の乗った盆を足の上に置く。
じわりと伝わる温もりに気持ち良いと感じると同時に、背筋をゾクゾクと悪寒が走った。
食べて、薬を飲んで、早く寝よう。
「しかし」
そう言って、薬売りが笑う。
「濡れネズミで帰ってきた時は、何事かと、思いましたよ」
思い出し笑いをする薬売り。
気にしないように、粥に息を吹き掛けて少し冷ましてから、口に運んだ。
味覚がいかれているのか、あまり味はしない。
「欄干から落ちるとは……間抜け、ですね」
「人為的に落とされっ……」
苛立ちに任せて掠れた声を張り上げようとすれば、喉がやられて咳き込むはめになる。
「駄目ですよ、声を荒げては」
「誰の…せい、だっ」
「子ども三人のせい、ですかね」
ふざけろ。
お前のせいだ。
今日は朝方、水上げされたばかりの魚を買いに海辺に行ったのだ。
川と海が合流する地点にある橋で、海女に声をかけられて立ち話をしていた。
最近は耳抜きが上手く出来なくて圧迫されて痛いだとか、年からくる身体の相談を受けながら吹き抜ける冷たい風に身を震わせていた。
これだけ寒い日も極寒の海へ潜るのだから、私に比べて海女の身体は丈夫だと思いながら話していたら、急に何かが腰に突撃してきた。
何かは子供三人で、突撃された反動で身体が傾く。
欄干が低かったことで尻が欄干に乗り、寒さから腕を組んでいて反応が遅れた為に身体は外へと傾く。
あ、と思った時にはもう遅い。
盛大な水飛沫を上げて、私は川に落ちた。
海辺に近い為に深かったから身体を打ち付けて死ぬ事は無かったが、極寒の海に入った為に心臓が止まるかと思った。
すぐに海女が飛び込んで助けてくれたから良かったが、凍り付いて動けずに、溺死するかと思った。
薬売りは大袈裟だと笑うが、本気で、死ぬ覚悟をさせられた瞬間だ。
「御馳走、様」
鼻がつまって味もろくに分からなかったが、薬を飲んで胃が荒れない程度に食べた。
後は薬を飲むだけだ。
「薬を」
「まだ、食べきれて、ませんよ」
「もう、いらない」
「駄目です」
無理矢理横にされる。
視界がぐらぐらして、気分が悪い。
涙が滲んで、目尻からこめかみへと伝った。
「口、開けて下さい」
「もう……」
「栄養を摂らねば、なりません」
分かっているが、お腹が空いてない。
けれど、食べなくては駄目なんだ。
少しだけ口を開ける。
人に食べさせてもらうなんて、そう思っていると、柔らかい物が触れた。
「んっ……」
鼻がつまっていると云うのに、何を考えているんだこの野郎。
殴る力も無いと知って、やっているな。
開いた口内に粥が男の舌と共に入ってくる。
口移しで食べさせられるなんて、冗談じゃない。
ただでさえ息苦しいのに、口まで塞ぐとはどういう了見だ。
どうにか粥を飲み込んで、上がった呼吸を繰り返す。
生理的に受かんだ涙を舐めとられ、生温い舌の動きに身体が粟立った。
濡れた部分が寒い。
「やめっろ……」
なのに吐く息が熱くて、喉が焼けそうだ。
「風邪は、移した方が治る、そうですよ」
「薬師が、何を、言っ……」
また口を塞がれた。
好きに這う舌に、奥に逃げていた舌が捕らえられて、絡まる。
酸欠に頭がクラクラして、涙が零れた。
喉が痛いのに口で息をするしかないのが、辛い。
「欲情、しますね」
「殺すぞ」
「殺されたくはないので、何もしませんよ。それに」
瞼に口付けが落ちる。
思わず身体がビクリと震えてしまって、薬売りが笑った。
「無理強いはしたく、ないのでね」
「……はっ」
笑ってやる。
精一杯の強がり。
起きるのがしんどいと分かっている薬売りにまた口移しで薬を飲まされる。
それは覚悟していてもやっぱり苦くて。
離れた薬売りも、眉根を寄せている。
「風邪になったら、お願い、しますね」
「苦い薬を、くれてやるさ」
「口移しで、ですか」
男が笑いながら、調合した薬を片付けている。
「……苦いのは、嫌いだ」
「甘くなりますよ」
「苦い物は苦い」
「では」
こちらを向いた薬売りが、また口付けてきた。
舌が唇を嘗めるので、抵抗するつもりもなくて口を開ける。
すると口の中に、舌と共に入ってきたのは甘味と、ほんの少しまだ残っている薬の苦味。
丸い何かが入ってきて、受け止める。
それは甘い甘い、飴玉。
ころりと頬へ移動させて、飲み込まないように注意する。
「俺の時にも、よろしくお願い、しますよ」
飴の甘さと柔らかい声に思考が蕩ける。
「考えておく」
そう返すと、薬売りが笑った。
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