モノノ怪 飽和する世界 | ナノ
師走の25
「薬売り」
「はい」
「何がしたい」
「抱擁を」
「私には欝陶しい以外のなにものでもないのだが」
「俺は、落ち着きます」
「お前はな」
「はい」
「離せ」
「嫌、ですよ」
「腕を思いきり引っ掻いてやろうか」
「遠慮します」
「ならば離せ」
自分の意思を通そうと沈黙で訴えてくる男に、本日何度目かの溜め息を吐く。
今、後ろから抱き締められている状態だ。
腹に回された男の派手な着物と、細い指。
藤色と云うよりは半色の爪は手入れをしているのかしていないのか、とても形が良い。
ついと指の腹で触れれば、ツルツルしている。
綺麗だ。
細くて白い指に形が良く、更には磨き抜かれた宝玉の様な爪。
まるで可憐な姫の指先の如く。
男の手をしげしげと眺めていた私に、男は小さく笑った。
きっと私に気付かれないようにと小さな声で笑ったのだろうが、真後ろにいるのだ、些細な音でも聞き取れてしまう。
「そんなに手が、気になりますか?」
男の問いかけに、頷く。
「綺麗な手をしている。まるで姫だ」
「それは、褒めの言葉として受け取って、良いんですかね」
「褒め言葉だ」
「でしたら、一言余分、でしたよ」
「比喩をそこまで気にかけるな。器の小さい人間は嫌われるぞ」
「それはそれは、気を付けなくては、なりませんね」
「せいぜい好意を向ける者の前では気にかけることだ」
「ですが、俺が好きな人は、そんなことを気にする人ではありませんから」
「寛容な女性だな」
「寛容な方、ですよ」
腹に巻き付く腕に力が入る。
しかしそれは苦しいと感じるほどではない。
男の手を、指を、爪を、やたらと視界は捉えてくれて、視線を外せない。
「そんなに、気になりますか?」
「困るくらいに、惹いてくれる」
「西明も爪を、飾ってみますか?」
「遠慮する」
「即答、ですか」
「即答だな」
爪を装飾して調理をするのは、害がありそうで嫌だ。
それにこの色彩の爪は、派手な衣装に白い肌の男だからこそ栄える。
「して、薬売り」
「はい」
「いつ、お前は私から離れるつもりだ」
「言ったでしょう。クリスマスは、共に居ようと」
「一緒に、ではなかったかな」
「似たようなもの、ですよ」
「同じ空間にいるのだ、くっつく理由がどこにある」
「西明が、誰の処にも行かないように、ですよ」
「外出禁止ときたか」
「はい」
「黒猫は今頃自由に駆け回っていると言うのに、私は拘束の身か」
「はい」
何を言っても解放は望めないらしい。
良い迷惑だ。
どうにか解放をしてくれないだろうかと視線だけを巡らせれば、甘い甘い菓子が皿の上で静かに自己主張していた。
これは今朝方、甘い物が好きな男にと作ってやったものだ。
この国でも簡単に手に入る材料で作った異国の菓子。
サクサクとした歯触りでなかなかに美味いが、私には甘過ぎて少量で十分な品だった。
それを男は平然と食べるものだから、驚きだ。
「西明」
「解放する気になったか」
「残念ながら、なりません」
私は本日何度目かの溜め息を吐く。
「西明」
「何だ」
「一時的に解放をしますが、逃げないで、いてくれますか」
「どうだろうな。私はこの状態にうんざりしている」
「では暫く、このままで」
「冗談だ」
男の抱擁が解かれる。
息を吐いて、肩を回す。
座った状態で動けないのも、結構辛いものだな。
グッと腕を天井に伸ばしていると、また腹に腕が回された。
解放時間の、短いことで。
男の首が肩に乗る。
頬に男の癖毛が当たって、こそばゆい。
身じろきをした私に気付いてか、男は笑うと私の耳に口を寄せ、話しかけてきた。
「感じましたか?」
「擽ったいだけだ。くだらん勘繰りはやめろ、不愉快だ」
「はい、はい」
左手を持たれる。
男が右手に何を持っているのかは見えない様にされている為に分からないが、その手を近づけてきた。
中指に冷たい物が触れ、填められる、装飾品。
「プレゼント、ですよ」
プレゼントは外来語だ。
日本語では、何だったか。
あぁそうだ。
贈り物だ。
これは……困った。私は何も用意していない。
「気に入り、ませんか」
「否、違う。ありがとう」
「どう、いたしまして」
頂いた指輪は少し太身で、変わった紋様が描かれている。
何か、まじないでもあるのだろうか。
よく見えるようにと視線の高さまで持ち上げる。
見れば古の呪い。
あぁ、これは……魔から保護される、清らかな力を持つ逸品だ。
まだこういった品が、現存しているとは思わなかった。
効果も形も薬売りがしている指輪と似ている。
描かれている紋様こそ違えど、同じ文明が築き上げたものかもしれない。
装飾品をつける習性は無いのだが、これはつけておこう。
清い力を纏った指輪だ。
ご利益があるかもしれない。
「薬売り」
「はい」
「少し、離れてはくれないか」
「何故」
「私はプレゼントとやらを用意していないのでな、今から何か、探そうかと」
「随分と素直に、言って、くれますね」
「下手に言い訳すると墓穴を掘ってしまうからな」
「俺は、離したくないのですが」
「離してもらわなくてはプレゼントの用意が出来ない」
「離したく、ない」
背に密着する男の胸。
肩に額まで乗せられて、密着しすぎだ。
離したくないと全身で表現する男に、仕方ないとすぐに許してしまう癖は、いつからのものか。
自由な腕を使って、片手は腹に回された男の手に沿え、もう片方の手は男の頭に手を沿える。
頭に巻いた布を掴んで、横にずらすと男の髪が落ちてきた。
癖のある髪。
指で梳くのが、私は好きだ。
「プレゼントは無しだぞ」
「今日一日、西明を頂いてます」
「そういう手段もあるのか」
「はい」
「薬売りが厭きるまでこの格好か」
「それも、良いですね」
否、良くない。
私はすでに飽きているのだ。
しかし今日一日は贈り物の身。品が貰い手に口を出すのもおかしいだろう。
「西明」
「何だ」
「メリークリスマス」
「メリークリスマス、薬売り」
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