モノノ怪 飽和する世界 | ナノ
大掃除
倉の掃除をしていると、男がやって来た。
「西明、これは」
「そこの棚、二段目に置いてくれ」
梯子の上から指示を出す。
男は言われた通り、抱えた荷物を右の棚に並べた。
どの家庭でもある、ごく当たり前の風景。
年末恒例の大掃除。
タダ飯を食わせているのだから手伝えと言えば、最初こそ自分は客だと言って逃げていた男。
しかしやると決まった今はさっさと終わらせようと考えてか、機敏な動きを見せている。
ありがたいことで。
「西明せんせー!」
隣人の子供が来たようだ。
梯子を降りていると、倉の方まで二人の子供が来た。
「薬売りのお兄ちゃんこんにちは」
「お兄ちゃん、こんにちは」
「こんにちは」
入り口付近に居た男にまず挨拶。
隣人は時折我が家を訪れる薬売りとすでに知人の間柄になっている。
おかげで子供達は変な隈取りをしている男を見ても、驚いた顔一つしない。
「西明先生、お手伝いする事はある?」
「ある?」
走り寄って来た子供達は開口一番手伝いを申し出てくる。
寒さに鼻先を赤くしているところから予測するに、先程まで外で遊び回っていたのだろう。
頭を撫でてやれば、嬉しそうに笑う二人。
子供は本当に邪気が無い。
だからこそ大人からは憧れの対象であり、庇護する対象でもあり、愛され慈しまれて育てられるのだろう。
このまま健やかに成長してくれたら嬉しい。
「今年はあの人が居るから、手伝いは必要ないよ。御両親にもそう伝えてくれるかな」
「分かった!」
「伝えるね!」
頷いて、また駆け出す子供。
元気が良い。
「あぁそれから、土間に包みがあるから、持っていってくれ。くれぐれも独り占めをしてはいけないよ。二人で仲良く分けるんだ、良いね?」
「はーい!」
「ありがとう西明先生!」
子供は今度こそ本当に駆けて倉を出ていった。
「だから昨夜、菓子を作って、いたのですか」
「お前がつまみ食いをしてくれたから、あの子達の取り分が減ってしまったよ」
「何の事、でしょう」
「とぼけるな」
薬売りが小さく笑う。
私は梯子を移動させて、また上の棚の掃除にかかろうと梯子を昇る。
「毎年、お隣さんが、手伝いを?」
「あぁ。他にも気付いた人が寄り道感覚で手伝ってくれる。毎年様々な人の世話になっているよ」
倉は裏庭にあり通りからは死角だというのに、私が倉掃除を開始すると手伝いに来ましたと言って現れる人々。
早めに掃除を始めているので、一人でも年越し前には掃除を終えられるから手伝いはいらないと申し出ても、一人でやるのは骨が折れるからと世話を焼いてくれる。
掃除が早く済むのと一人の手持ち分が減って楽になるのは嬉しいが、他人の手を借りてまでやる事ではないのにと毎年思っていた。
だから今年はお節介を丁重に断る為に男に手伝ってもらっているのだが、どうやら私の思惑通りに事は進まないらしい。
「西明せんせー!」
「隣の……」
「奥方だ」
梯子を降りている最中に、体格の良い女性が倉の入り口に立ち、陽射しを遮った。
子供の姿は無い。
「あら、薬売りさんもいらしたのね。こんにちは」
「こんにちは」
「西明先生、二人では大変でしょう?手伝いに来たわ」
「それはありがた……」
「手伝いはこの男一人いれば十分ですから」
男を睨む。
余計なことは、言ってくれるな。
「今年くらい此方に気を使わず、のんびりして下さい」
女性に笑みを向けるが、先程の薬売りの発言が聞こえていたらしく、女性は笑って口を開く。
白い息が煙のように広がった。
「あら嫌だ、気を使う必要は無いのよ。世話になっているのは私達の方なんだから」
隣人の第一子は喘息を患っていて、度々私が医者紛いの事をしている。
本から得た知識しか持たない私だが、村医者が居ない此処では重宝されるようで、今では村人からは骨董屋としてではなく医者として見られているのだ。
おかげで隣家の子供には先生と称される始末。
訂正するのも面倒なので放っておいたのだが、いつの間にかその呼び方が周囲に広がって私を先生と呼ぶ人が増えた。
現に隣の奥さんも元は普通に呼んでいたのに、今では子供の呼び方が感染して先生呼び。
もはや骨董屋から医者へと、周囲では私の本業がすり変わってしまっているようだ。
「お気持ちだけで十分ですよ。私と過ごす時間を作る位なら、旦那さんと時間を共にして下さい」
「薬売りさんを見ている方が目の保養だわ」
「旦那さんが悲しんでしまいますよ」
「そんなチンケな肝じゃないわ」
腰に手を当てて笑う女性。
豪快な人だ。
「おかあさーん!」
先ほどやって来た子供の声。
隣家から声を出して呼び掛けているのだろう、声が大きい。
女性は反応を示し、倉から一度出ていった。
そして戻ってくると、ごめんなさいね団体様が来たみたい。と言った。
お隣は食堂を経営していて、調理は夫婦がやっている。
だから客が来れば仕事に戻るのは当たり前。
「お気持ちだけ受け取っておきます」
「それじゃあまた」
笑顔を振り撒いて、足早に走り去る音。
薬売りを横目に見る。
暗がりの倉の中でも男は出入り口付近にいる為、少し残念そうな顔をしているのが理解出来た。
「何か?」
視線に気付いたのか、男がこちらを向く。
途端に逆光になってしまい、男の姿が影として浮かび上がるだけ。
「何でもない」
「凝視していて、それは、無いですよ」
「気付いていたのか」
「西明の視線は、肌に感じるので」
「ただ見ていただけなのだがな」
「蛇に睨まれた蛙の気持ちに、なりました」
「それは困った。これからは何も見れやしないな。ずっと地面を見て過ごすか」
小馬鹿にするように鼻で笑って言えば、男も笑ったようだ。
「西明が猫背とは、想像が難いです」
「私もだ」
男もそうだが、背筋はしっかり伸ばして生活をしている。
これでも姿勢には気を使っているのだ。
だから猫背で歩くことなど無いし、人を避けるように下を向いて歩くことも殆んど無い。
もしそんな格好の私が居れば、憑かれていると考えるのが一番だろう。
それくらい猫背などあり得ない。
「それにしても」
男は思案するように呟いた。
「これは、何日かかる予定、ですか」
これとは、掃除だろう。
男はよほど、寒く、少し湿っていて黴臭い倉がお嫌いなようだ。
書物を取りに来た時は倉に入り浸って、夏であれば燭台を持って倉に入りそのまま出てこない時もあるというのに。
己の意思で活動する物事以外を拒むとは、どこまでも我儘な奴だ。
「頑張れば早く終わる」
「寒くて頑張れそうもありません」
「我儘を……」
「西明先生ー!」
「西明先生、手伝いに来ました」
勝手知ったる他人の家とは良く言ったもので、近所の者が数名、顔を見せてきた。
どうやら私の計画は思い通りにいかないようだ。
男性は倉に入ってきて、薬売りに何を手伝えば良いかを早速問うている。
女性は私の傍に来て、じきに他の人も来ると告げてくれた。
これはもう、逃げられない。
「ありがとう、御座います」
感謝の言葉を継げる。
薬売りがこちらを見て笑ったのが、視界の端に入った。
「皆さん、御協力ありがとう御座いました」
「西明先生にはいつも薬草やら何やらでお世話になっていますから、これぐらいなんて事ありませんよ」
「そうですよ、西明先生」
せめて何か出そうと思い、冷え切った身体を温める為に雑煮を作る。
手伝ってくれた人達は囲炉裏を囲んで雑談をしている。
台所に居る私の傍に、薬売りがやって来た。
「お疲れ様、です」
「薬売りもお疲れ様。ありがとうな」
「西明から感謝の言葉とは、珍しい」
「今まで薬売りに感謝をする事が無かった証拠だ」
「厳しい、言葉だ」
「事実だから仕方ない」
雑煮をかき混ぜる。
男は戻ることもせず私の隣に立っている。
台所は土間にあるので、足元が寒いというのに何故此処に居座るのか。
「皆の所に戻ったらどうだ。寒いだろう」
「此処で、良いです」
「寒がりが何を意地張っている」
薬売りは私を見て、雑煮を見た。
早く食べたいという催促だろうか。
催促されたとしても、煮えない物は煮えないのだから催促されても困る。
「掃除は速く、終わりましたね」
「皆の協力あってこそだ」
「ですが、騒がしいですね」
「皆達成感に満ちているからな。団結した気持ちもあって、話題は尽きないだろう」
「そう、ですね」
「不満か」
男は黙る。
私は雑煮の具が柔らかくなったのを確認して、お椀に注いでゆく。
盆に載せて、男に運んでくれと言うと、男は無言のまま運んだ。
運んだらさっさと戻ってきて、一言。
「西明と二人きりの時間が奪われたのが、不満です」
我儘を素で言ってのける男に、思わず笑った。
「誰かに手伝って欲しいと思っていたのは何処のどいつだ」
「此処に居る、俺、ですよ」
「誰かに手伝って欲しいと言っておきながら、人が増えたらそれを嫌がるか」
「はい」
「我儘だな」
「西明の事に関してだけ、ですよ」
騒がしい声が響く家。
男はつまらなそうにしている。
一つ溜息。
「今夜にはもういつもの日常だ」
「今夜、ですか」
「だからそれまで辛抱してくれ」
「それまで、なら」
子供を相手にしているような感覚。
「ほら、お前の分だ」
お椀を渡す。
私は男と並んで、騒がしい囲炉裏の場に歩みを進めた。
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