モノノ怪 飽和する世界 | ナノ
停泊
年の暮れが近付く今日この頃、北風は強く、天は雲の流れが早い。本を読んでいると黒猫は今が好機とばかりに太股に乗って丸くなるのだから、どこまでも甘えん坊だ。
頭を撫でてやりながら、今年は一人で年越しではないのだと気付く。黒猫が居るし、来た当初はすぐにまた旅に出ると言っていた男もまだ我が家に住み着いている。
食糧の消費が早くなる事以外さして問題は無いので好きにさせているのだが、雲の流れからして明日、もしくは明後日には天気が崩れるだろう。
日中も息が白い日々が続くこの頃は、七輪が身近に無いと指先が悴んでしまう程に寒いのだから、もし天気が崩れたら雪が降る。
この土地の特徴として、雪雲が一度発生するとそれは次々と連なり消えることがない。連日の積雪量は凄まじく、大人子供総動員で雪掻きに追われるのだ。
雪が降ったら隣町まで行くのも大変になる土地だと男が知らずにのんびりとしているならば、教えてやらねば雪解けまでの間、此処で足止めをくらう事となる。
夏に訪れた時はすぐにまた旅に出る男だ、雪解けまで此処に停泊するなど本意ではないだろう。しかし夏北上し冬南下する男ならば、この地の積雪量は想像が易い筈。
何故男はまだ此処に居座っているのだろうか。
まさか暖が取れる空間を捨てて旅に出たくないという訳ではあるまいな。あながちこの予測がハズレではないかもしれないから、質が悪い。
撫でていた猫の頭が動いて、思考が現実に引き戻される。
一定の調子で繰り返される畳が軋む音。そちらを向けば、件の男。
「西明は猫に優しい、ですね」
「温かいし触り心地も良いという利点があるからな」
猫を撫でていると、背後に座られる。何だと振り向く前に、背中にくる重さ。
背中合わせの状態なのだろう、男の帯は大柄なので当たって少し痛い。
「重いぞ」
「そうですか」
「痛い」
「そうですか」
「……薬売り」
「はい」
「拗ねるな」
「拗ねてなど」
いませんよ。と男は言う。
何を言っても聞かなそうなので、好きにさせることにした。
「薬売り」
「はい」
「じきに天候が崩れる」
「そう、ですか」
「明日、もしくは明後日、雪が降るだろう」
「西明の予測は当たるから、早くて明日には雪が降るのでしょうね」
「此処は降りだしたら積もる」
「でしょうね」
「でしょうね、ではない。お前が足止めをくうのだぞ、良いのか」
「明日雪ならば、今更、ですよ」
「まだ豪雪にはならん。積もったところで足首以下だ」
降ったとしても積雪がまだ少ない今を逃しては、この村から出るのは困難を極める。旅に出るなら今だ。
「では、明日、雪が降らなければ、旅に出るとしましょうか」
「それで良いのか」
「ただの薬売り、ですから」
「ほざけ」
「町医者や村医者が居る場所に、わざわざしんどい思いをして行く必要は、無いんですよ」
隣街には殿お抱えの名医がいるから、もしもそこで足止めをくらったら男は食い扶持の確保が非常に難しくなる。それならば、こちらで足止めをくらったほうが良いと、そういうことなのだろうか。それとも、面倒臭いというのが理由だろうか?
薬売りのことだから、後者なのだろう。
「気楽だな」
「気楽なものです」
背中で男がもぞもぞ動く。
何だろうと振動を受けながら考えていると、後ろから腕が伸びてきて腹を抱かれた。よく見れば男の足の間に私が座っている格好。
しかも後ろから抱き締められている。
何だ、これは。
肩に頭が置かれたのか、男が頭に巻いている布が首と頬に当たる。何の真似だ。
「西明は、ぬくいですね」
ぽつりと呟かれた言葉。
この男は、まったく。
「暖をとるな」
「西明は猫からとっているのでしょう。だったら俺は、西明から温もりを得ます」
「屁理屈だな」
「そうでも言わないと、甘やかしてくれないのは、西明、ですよ」
「人のせいにするな」
男の手に己の手を添える。
「冷たいな」
「外に居ましたから」
「晴れた日に倉掃除を行うつもりだから手伝ってくれよ」
「年越しの準備、ですか」
「年末年始は忙しくなる」
「定住するのも、大変、ですね」
「そうかもしれないな」
冷たい手に熱が奪われる。
今年は一人と一匹だと思っていたが、二人と一匹で年越しか。毎年隣人に呼ばれて強制的に年明けを共に祝ってはいたが、自宅で他者と迎えるのはまず無かったので妙な気分だ。
しかし妙な気分というのは決して嫌なものではなく、むしろ楽しみに似ている。一人で過ごす日々も気に入っていたが、薬売りと黒猫が相手だ。
それはそれで、悪くない。
春が来るまでの間、この寒がりの男には温もりを、甘えたがりの猫には膝を提供してやろう。
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