中学生の頃は高校生になれば彼氏ができるだろうなんて淡い期待を抱いて、高校生の付き合いなんてそんなもんだし大学生になったら…なんて夢を見て、本気の恋愛は社会人になってからでしょ?と開き直ってついに私は32歳を迎えた。

地元の友達や同僚は、もう2人目の子供の育児に大忙しっていうのに独り者の私は残業に大忙し。
そんな忙しさに感けて女子力とかいうやつを磨かないでいたら、キャリアだけは男性社員をグングン抜いて気付けばプロジェクトの責任者を任せられるまでにはエリートコースを真っしぐら。
後に残ったのは地位とお金と、この干物女本体それだけだ。

「もうさぁ、お見合いするしかないんじゃない?」

先日婚約が決まった最後の砦(だった)とも言える同僚が、ビールジョッキを片手に吐き捨てるように言ったのは記憶に新しい。
お見合いなんて恋愛できない人がするものでしょ、なんて思ってきたが実際そこそこ恋愛をしてきたってこうして結婚という華かやな舞台から売れ残った女がここにいる。

もうなりふりなんて構っていられない。






「え、東堂……?」
「苗字じゃないか、久し振りだな」

着物に身を包んだ彼は学生時代の頃に比べ物静かな様子で片手を挙げた。
袂をそっともう片方の手で押さえる辺り品の良さが漂ってくる。

「なぁに、知り合い?」
「高校の同級生だよ」

仲人である叔母にこそりと伝える。
まさか、お見合いの相手が知り合いで、しかもあの東堂尽八だなんて誰が予想しただろうか。

「知り合いなら弾む話もあるでしょう?あとはごゆっくり」

仲人が早々に退出するのはどうかと思うが、向かいの東堂はその表情になんとなくわくわくといったような感情を乗せていたためそそくさとこの部屋を後にする叔母たちの背中を黙って見送った。
ストン、と襖が閉まる音と同時に、ちょっと饒舌になった東堂が相も変わらぬ様子でペラペラと語り出してくれる。

「お前が見合いなんて意外だな。そういうのは嫌いだと思っていたんだが」
「そうも言ってられない年だしね、叔母さんの顔立てもあるし。というか東堂こそなんでお見合い?てっきり許嫁でもいて早々に結婚してるのかと思ってた」
「オレだって好きでもない女性と結婚できるほど軽薄な男ではないからな」
「なにそれ、ファンクラブ作って女子を侍らせてた男が言う言葉?」
「侍らせてたとは聞こえが悪いな」

ムッとする東堂に、なんだかあの頃が懐かしくなってクスリと笑う。

「ねえ、なんだっけ、ほら、スリーピングなんたらって」
「スリーピングビューティな」
「あっそれそれ!今でもそれ使ってるの?」
「使うわけないだろう、恥ずかしい」
「東堂って恥ずかしいって感情も持ち合わせてるんだ!」
「お前、オレをなんだと思ってるんだ」

軽快なテンポで続く会話に自然と笑みが溢れる。
担任の先生の話や、自転車競技部メンバーの話、誰が結婚しただとか子供が三つ子だとか、仕事についてとか、久し振りの旧友相手に話は尽きない。
眼前に並ぶ色取り取りの美味しそうな和食もおざなりに、私は箸を握るものの動くのは口ばかりで、それは東堂も同様のようで先程から握ったままの徳利は一向に口元に運ばれることはない。

「おっと、もうこんな時間か…」

懐から取り出した時計をちらりと見て東堂は残念そうに言った。

「すごい楽しかった」
「ああ、オレもだ。お見合いらしくはなかったけどな」

確かにね、と笑い合う。
東堂はiPhoneを取り出して、慣れた手つきでちょこちょこと操作し、こちらに画面を向けた。

「LINEのIDだ、良かったら登録しておいてくれ」
「LINEって…さすが東堂、メールじゃないあたりやることが若いね」
「なんだそれは。褒めてるのか?貶してるのか?」
「どっちも」
「なんだと!」

きゃあきゃあ言ってふざけ合って、まるで高校時代に戻ったみたいだ。
東堂は少し乱れた前髪を後ろに流して、少し真面目な顔をして言う。

「…なあ、また誘ってもいいか?」

そういえば、東堂、カチューシャやめたんだ。

(大人に、なったんだんだよなぁ)

私は黙って頷くと、東堂は優しげに微笑んで良かったと溢した。






何度も連絡を取り合い、何度も会った。
それはお見合いの延長線上のデートなのか、ただの友達としての付き合いなのか、東堂の雰囲気はいつもと変わらず能天気でよく分からない。
私はというと、初めてお見合いの相手が東堂だと知った時は同級生であった彼にただただ驚いたが、段々と関係を繋ぐ内に彼に惹かれていった。
自他共に認める美形で、実家は旅館、性格も少しナルシストなところを除けば優しくて礼儀正しくて、なぜ今まで独り身だったのかが不思議なくらいだ。

「なあ、」

ベタに水族館デートをした帰り道、いつものように一人暮らしの家まで送ってくれていた東堂は街灯の光が届かない薄暗い夜道でふと足を止めた。

「んー?」
「お前に、言っておきたいことが、あるのだが…」

東堂にしてはやけに歯切れの悪い言葉だ。
そんな彼がおかしくて、でもなんとなく笑っちゃいけないような空気だけは感じられて、私は少し頬を緊張させて「なに?」と答える。

「じ、実は、オレ、」

ゴクリ、と東堂の喉仏が上下する。

「………ど、童貞、なんだ……」
「……え?」

童貞、とはあれか。
女の子とシたことがないっていうあれか。

東堂=童貞があまりにも結び付かなくて、混乱の末私は真顔のまま東堂を凝視することになった。

「そ、それでも良ければ、オレと、結婚を前提に付き合って欲しい…っ!」
「ぶはっ」
「は?」
「あっはっは!東堂っ、あんたほんっとうに面白いね!」

やけに深刻そうな顔で何を言うのかと思いきや、童貞だというカミングアウトと愛の告白だなんて。
さっきまでの私の緊張を返せ!と言ってやりたいくらいだ。

「なぜ笑う!」
「だって、東堂、ほんとアホ」
「はあ!?」
「そんなんで嫌いにならないよ」

宙ぶらりんの東堂の左手をそっと掴むと、その手はふるふると震えていた。

「東堂かわいい」

ぶわっと白い頬が赤く色付いていく。

「苗字っ、あまりからかわないでくれ!」
「ごめんごめん」

東堂の正面に回り込んで、彼の今にもぷんすかと暴れ回りそうな両腕を掴んで見上げる。
垂れた前髪から覗く瞳が不安げに揺れていて、じんわりと心の奥底から溢れてくるのは愛おしいという気持ち。

「こちらこそ、よろしくお願いします」

どちらかというとこっちがよろしくしそうだよね、なんて言葉は東堂の沽券に関わるから喉の奥まで出かかってきたのをにっこり笑顔で誤魔化してあげた。





『カレは女とシたことない。』という漫画が元ネタです。




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