靖友が用意してくれた氷がたくさん入ってキンキンに冷えた麦茶は、グラスに水滴を滴らせてそこにある。
その横には私が手土産に駅地下で買ったフルーツゼリー。

外は茹だるような暑さでアスファルトは熱した鉄板のように温度を上昇させ、電柱に留まっている蝉が騒がしく鳴いている。
クーラーから冷風をそよがせている快適なこの部屋とはまるで天国と地獄とも言えるほどの差だろう。

カラン、と氷がグラスに当たる涼やかな音を合図に、今までしんとしていたこの天国のような空間で靖友がぽつりと呟いた。

「なんでオレなわけェ?」

それは単に独り言のようにも聞こえたし、私に尋ねているようにも捉えられた。

「ん?なに?」

読んでいた雑誌から顔を上げて、ベッドの上で寝そべっていた靖友を見上げる。

「だからァ、なんで名前チャンはオレと付き合ってんの」

あまりにも唐突な質問に、私は意味が分からず靖友が居るベッドに身体をよじ登らせた。
なんとなく靖友が離れるから敢えて距離を詰めてやる。

「なんでって、好きだからじゃないの」
「なんでオレんコト好きなの」

どうした、荒北靖友。
高校時代の異名である野獣荒北が聞いて呆れるくらい、その言葉は弱々しく更に女々しいものだった。

「どうしたの急に。何か悩んでるの?」
「別に急じゃないヨ。ずっと思ってたし」
「ええ?なにそれ。ずっとって付き合った時から?」

眉を顰めるが、靖友はそんな私の訝しげな顔なんて知らないでただ前を向いたままコクンと頷いた。
私は目眩を覚える。
付き合ってもう3ヶ月になるというのに、靖友は私がなんで靖友のことを好きなのか疑っていたというのか。

「…名前チャン、今何読んでる?」
「え、JU○ON」

手元の雑誌を確認して答えたが、別に確認なんてしなくてもJU○ONなことに間違いない。

「じゃあ、好きな俳優は?」
「溝端○平」
「好きなドラマは?」
「イケ○ンですね」

靖友ははあと大きく溜め息を吐き出して、胡座をかいた身体をようやくこちらに向けた。

「名前チャンさァ、卒アルのクラスページの『好きなタイプは?』って質問に自分がなんて答えたか覚えてる?」
「えー、なんだったかな…」
「『イケメンでかっこいい人』だヨ」

あれ、私そんな大胆なこと書いたっけ?卒アルだからって調子乗っちゃった?
若気の至りだなぁ、なんてアハハって笑ってみたら反対に靖友は顔を歪ませた。

「なんでオレなわけェ?」

そして冒頭の質問へと戻る。

「なんでって、靖友が好きだからだってば」
「嘘つけ。お前東堂のファンクラブ入ってたダロ」
「と、東堂様はアイドル的存在だから靖友の好きとは違うんだってば」
「新開に抱かれてェとか言ってたのも知ってる」
「な、!なななんでそれを…っ」

放課後の教室で仲の良い女子メンバーで集まって恋愛話から段々とエスカレートしていって終いには女子にあるまじき猥談で盛り上がりついポロッと零したジョークをなぜ知っている。

「オレに告られて断んの怖くてついオッケーしただけなんじゃないの」

目尻が上がった鋭い目を伏せて、自慢の大きな口はへの字をかいてひん曲がる。
そんな靖友の両頬を正面から両手で掴むと、ゆっくりと瞼を持ち上げてその小さな黒目で私を捉えた。

「………オレ、ブサイクだし」

そして、現実から逃れるようにまたその薄い瞼は蓋をした。

私はお世辞にもイケメンとは言えない彼のその薄い唇に、優しくキスをする。

「!」
「えへ、」
「おまっ、なにすんだヨ!!!」
「いやぁ、靖友が目閉じるからキス待ちなのかなって」
「はァ!?」

頬を真っ赤に染めて、大して大きくもない目をかっ開いて白目を剥き出しにしている。
大きな口から飛び出してくるのはこれまた大きな、口の悪い言葉ばかり。
掴んだままの両頬をぐっと中心に寄せると鼻と口はぺちゃんこに潰れてこれまた凄い顔になる。

「ふはっ、ブサイク」
「てめェ…」
「だけどさ、私靖友のこと誰よりも好きだよ」

小さな黒目が揺れるのが分かった。
私はその素直な反応に気を良くして、頬に当てた手を少し緩めてやる。

「靖友が溝端○平よりかっこよくて東堂様より大好きで、新開くんじゃなくて靖友とエッチしたいって思うくらいには好きだよ」

離そうとした手を離さないと言うようにグッと握ってきた靖友の手は、ロードバイクのハンドルを握るため皮膚が厚くて固い。
その手が、その黒い髪が、小さな瞳が、愛おしくて仕方ないというのに、彼にはまったく伝わってないのだろうか。

「好きに理由ってなきゃダメ?」

そう問い掛けたら、靖友は私の頭をむんずと強引に薄い胸板に押し付けて、そのまま私の頭の上で「オレ、名前チャンに好きになってもらえて良かった」と囁いた。

「それはお互い様でしょ」

背骨の浮いた広い背中に手を回して抱き締め返すと、靖友はぎゅうと私を力一杯抱き締めて「名前チャン」とまるで愛の言葉を囁くみたいに優しく優しく私の名前を呼んだ。






靖友が『好きなタイプは?』という質問に『ワガママな子』と答えたことを後に知り、なんとも複雑な気持ちになる私である。




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