「じゃあ名前はどんな人が好きなの?」

真琴が困ったように首を傾げた。
もうそろそろこの話題にも飽き飽きしてきたようだ。
昼休みのチャイムと同時にこの恋話が始まったのだからかれこれ30分以上は付き合わせていることになる。

「男前な人」
「男前?」
「かっこよくて、私を守ってくれるくらい包容力のある人」

自信満々に答えたら、真琴は考える時の癖で顎に手を当て空を見た。
当てはまる人物を考えてくれているようだ。

「うーん……あっ、ハルは?ハル、かっこいいよね」
「俺か?」

隣で話を聞いていたかいなかったのか定かではないハルが弁当の鯖を箸でつつくのをやめて顔を上げた。
確かに顔はかっこいい。

「ハル、私を彼女にどうですか!」
「興味ない」
「ひどい…!分かってたけどひどい!」

両手で顔を覆って泣き真似をして見せれば、ハルは、あははと苦笑している真琴を箸で示して言った。

「真琴がいるだろ」
「えっ、俺?」
「真琴?真琴はダメダメ、怖がりだもん」

アウトオブ眼中です、とさらりと言えば真琴は苦々しい顔で名前もひどいよと宣った。
ごめんごめん、私、嘘は吐けないタイプなので。

「私の理想男子はどこにいるのかねぇ」
「ここにいるよ」

語尾にハートマークがくっつきそうなくらいキャピキャピの声が背後からして、私は机に突っ伏した。
今日は来ないと思ってたのに。

「渚、遅かったな」
「ちょっと職員室に野暮用でね。なになに?名前ちゃんの恋話?僕も混ざりたい!」

2年生の教室に臆することなく入ってきては誰とも分からない隣の席の椅子を持ってきて輪になるように座った。
ちらりと視線を向ければ待ってましたとばかりにバッチリ目が合い極上のスマイルで「こんにちは」と挨拶をされた。

「…渚が私の理想なわけないでしょ」
「んー?でもでも、名前ちゃんを想う気持ちは誰にも負けないよ?」
「何バカなこと言ってるんだか」

小っ恥ずかしい台詞に外方を向けば、可愛いなぁと私には似つかわしくない形容詞を投げ掛けられて眉を顰めた。

渚はハルと真琴の水泳部の後輩だ。
よくこのクラスに遊びに来るため、顔を見合わせている内に知り合いとなり段々と友達?になった。
一応先輩であるはずだけれど、敬語はないし馴れ馴れしくちゃん付けで呼んでくるし、当初はなんだこいつという不審感があったが今ではもう慣れてしまった。

「渚はほんとに名前のことが好きだなー。名前も一回くらいデートとかしてあげたらいいんじゃない?」
「いいんじゃない?じゃない!勝手なこと言わないで」
「渚はこれでも男前だ」
「ハルまで…」
「まあまあ、物は試しだよ。デートしてダメだったら渚も諦めがつくかもしれないし」
「えー…?」

ちらりと渚を見やれば、渚はウインクをひとつ飛ばした。

「全部僕の奢りだよ、名前ちゃん!」
「………し、仕方ないなぁ」

現金な奴でごめんなさい、私、嘘は吐けないんです。








「どこ行きたい?」
「えー?別に…」

勢いのままデートの約束を取り付けた私と渚は早速2人で下校しデートの計画を立てることになった。
ニヤニヤしながら見送ってくれたハルと真琴に明日盛大に文句を言おうと思う。

「じゃあ、水族館好き?」
「水族館?行ったことない、かも」
「ほんと?じゃあ、水族館行こっか」

にこりと微笑まれて、私は無意識に唇をへの字にしてしまう。
その私の複雑な顔に気付いた渚は、眉を下げて不安げに尋ねてきた。

「名前ちゃんは僕のこと嫌い?」

嫌いかと聞かれたら別に嫌いではない。
多少強引なところはあるけれど、相手が嫌なことはしないし空気も読める。
ただ、どうしても苦手なのだ。

「………アンタ、可愛いから」
「え?」
「…渚が可愛いから、自分が惨めになるの」

この勝気な性格も、ハッキリした物言いも。
普通の女の子がデートで穿くようなヒラヒラのスカートなんて持ってないし、可愛いアクセサリーだってない。

「僕、可愛い?」
「世間一般はそう思うと思うけど」
「そうなんだ?へーえ、僕はそうは思わないけど」

なんて、相変わらず可愛い顔で微笑むんだから説得力がない。
私は少し胸がムカムカするのを紛らわせるために少し早足で進んだ。
すると渚もそのスピードに合わせて私の横を歩くのだ。

「僕はさ、自分にコンプレックスがあってうじうじしちゃう子とか、自分に素直な子とか、楽しそうに恋話してる子とか、そういう子を女の子らしくて可愛いと思うよ」
「うん…???」
「ちょっと鈍い子とかね」
「………ちょ、え?それ私!?」
「あははっ」

渚はスキップでも踏みそうなくらい上機嫌で私の手を引いた。

「ほら、手が小さいのも可愛い!」
「ちょ、やめてよ、こら!」
「緊張して汗かいてるー可愛いー!」
「っバカ渚!」

ムカムカする心と、それからほんの少しだけドキドキする心。
そこにちらつく心地好いと感じる心。

「名前ちゃん、デートの時はさ、飛びっきり可愛くしてきて?スカートも穿いてね」
「え、無理無理そんなの」
「僕の我が儘だよ。名前ちゃんはそれを言い訳にしてさ、恥ずかしがることなんてないよ」

デートだしスカート?でもキャラじゃないしラフな格好?気合い入れて化粧するのはなんか頑張り過ぎてて引く?渚、似合わないって笑う?

そんな私には珍しい女の子特有の悩みが全て解消された。
渚は私がデートのことを考えて悩むことを予め予測して、先にああして欲しいこうして欲しいと注文をつけてくれたのだろうか。
私が、困らないように。

「なぎ、」
「車来る」

ギュッと手に力を込められて、出しかけた足が止まった。
目の前を車が走る。

「危ないなぁもう。何キロ出してるの、まったく」

力強い手。
骨張った指。

「………渚」
「ん?」
「なんか、色々誤解してたみたい」

ハルや真琴の言う通り、渚って実はすんごい男前かもしれない。




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -