凛と喧嘩をした。

口喧嘩なんて、口が悪くて短気な凛と頑固で嫌味言いな私が付き合っていればそりゃあ頻繁に起きても仕方がない。
お互いまあそれなりに大人だし、口聞かずにしていれば次の日には「悪かったな」「ごめんね」ってテンプレートな台詞を言ってすぐに仲直りができる。
今まではそれで済んできた、のだけれど。

「私は誕生日を忘れられたのを怒ってるんじゃないの!どうでもいい、って言われたのがショックなの、分かる!?」
「いちいちうっせーよ。誕生日に自分から物強請る女とかありえねえ」
「はぁ!?だからちょうだいなんて言ってないでしょ!?」
「じゃあいいだろ。お前にあげるもんなんかねーよ」
「っり、んの馬鹿野郎!」

昨日が誕生日だった私は、寮暮らしの凛と久々に会えるであろうことを密かに楽しみにしていた。
お昼に遙くんや真琴くん、後輩の渚くんや怜くん、凛の妹の江ちゃんにまでお祝いをしてもらってすごく幸せだった。
あとは凛からおめでとうって言ってもらえれば最高の一日となっているはず、だった。

夜の9時になっても凛から連絡はなく、私の誕生日を忘れているのかもしれないと思い、彼のケータイに電話を掛けた。
流石に自分で「今日、私、誕生日なんだよ?」と言うのは気が引けたため、「今日すごく楽しくてさ~」とクラスメイトの遙くんや真琴くんとの一日を語りどうか察してくれ!という願いは虚しく「あっそ」という一言で電話を切られてしまった。
その後、おめでとうの電話があるわけでもなく私の誕生日はもやもやとした引っかかる思いを残して終わりを告げた。
誕生日は終わってしまったけれど、やっぱり凛と会っておめでとうってお祝いしてもらいたかったから「ちょっとだけでも会える?」とメールを送り今こうしている。
まさか喧嘩になるとは思わなかったけれど。
出会い頭、黙ったままの凛に痺れを切らした私は「…昨日、なんの日だったか覚えてる?」と聞いたら「知らね」となんとも素っ気ない返事が返ってくるものだからもう我慢ならず「私、誕生日だったんだけど」と言えば「ふーん、どうでもいい」と彼氏にはあるまじき台詞が返ってくるから流石の私もキレた。
そうしてこの嫌悪なムードである。
ここで踵を返し家に帰ってしまえばいつもの喧嘩(ここまでひどくはないけど)と同じ終末を迎えられたかもしれない。
けれど今の私は普段以上に頭に血が昇っていた。
ここで凛に背中を向けて去るなんて逃げるような真似をできなかったのだ。

「江ちゃんはコスメグッズくれた!渚くんと怜くんも二人でネックレス買ってくれた!真琴くんも猫のぬいぐるみくれたし、遙くんなんか私が欲しいって言ってたの覚えてて、」
「うぜえ!」
「…は、」
「お前マジうぜえ!だからなんだよ!それを俺に言ってどうすんだよ!」

私は開いた口が塞がらなかった。
凛と喧嘩したことも、うぜえって言われたこともある、けれどこんな風に怒鳴られたことなんてただの一度もなかった。

「…っどうすんのって!?アンタみたいな最っ低な男別れて遙くんとか真琴くんみたいな優しい人に慰めてもらうって言ってんの!!」

クソ野郎!!と叫んで踵を返した私。
こんな汚い言葉、凛に使ったの初めてだ。
これからどうしよう、本当に別れる?
でも、まだ嫌いなわけじゃないんだよなぁ。

突然、ぐっと掴まれた右腕。
なんだ、凛追い掛けてきたの。
内心少し嬉しく思いながら私は振り返り、そして唖然とした。

「…………な、んで泣いてんの」

目線はこちらを睨み付けているのに、その赤い瞳は涙の膜を張っていた。

「泣いてねぇよ!」
「いや、泣いてる、」
「泣いてねぇっつってんだろ!」

ゴシゴシと手の甲で涙を拭う凛。
いや、だからそれ泣いてるじゃん。
鞄の横ポケットからハンカチを取り出し「はい」と凛に渡せば、黙って受け取ってそれを目頭に押し当てる。
うん、泣いてるね。

鼻を何度か啜れば落ち着いたらしい凛はポケットから何やら取り出しそれを私に差し出した。

「ん」
「え?何これ…」

掌にコロンと置かれたそれは小さな箱。
開けろと目で訴えられてる気がして、リボンを外し綺麗にラッピングがしてあるそれを丁寧に剥がしていく。
剥き出しになった箱をゆっくりと開ければ、そこには。

「……指輪」
「誕生日プレゼント」

パッと顔を上げれば擦ったせいでより赤くなった目をした凛が外方を向いて小さく言った。

「え、あ、ほんとに…?」
「つうか、俺が名前の誕生日忘れるわけねぇだろ。ふざけんな」
「でも、昨日全然連絡くれなくて…」
「夜サプライズでお前んち行ってそれ渡そうとしてたんだよ。それなのにお前はハルたちの話ばっかしてくるし」
「……あ、だから嫉妬して素っ気なかったの?」
「……」

ぷいっと顔を背ける凛。
沈黙は肯定の意、だよ知ってる?

「凛、」
「あ?」
「ありがとう。すっごく嬉しい」

目を合わせてくれない凛を辛抱強く見つめれば、黙ったままだった凛は小さく溜め息を吐いてゆるゆると私の背中に手を回した。
ぎゅうっと抱き締められ、私は凛の胸に額を押し当てすんと匂いを嗅いだ。
変わらない凛の匂いだった。

「…遅くなったけど、」
「うん」
「…誕生日おめでとう」
「ん、ありがとう」
「お前が生まれてきてくれて、俺のこと好きになってくれて、ありがとな」
「えっ」
「来年も、その先も、ずっとお前の隣にいたい、…です」

耳元で優しく囁かれるその愛ある言葉たちに私の心臓は爆発寸前だ。
背中を2度ポンポンと叩かれ、それからゆっくりと離れる。

「りん、」

離れたのに、今度は肩を優しく抱かれて唇にふわりとキスをされた。
優しい、触れるだけのキスだった。

「……これは誓いな」

それだけ言って凛は背中を向けてスタスタと歩いてしまう。

「ちょ、どこ行くのっ」

小走りで追い掛けて隣に並べば「腹減ったから飯」となんとも色気のない返事が返ってきた。
さっきまで怒って泣いてたくせに可愛いやつだな、と心の中で笑って「私も行く!」と言えば「パスタにするか」と私の好物を選んでくれた。
凛ってばさり気なく優しいからずるい。

「あと、」
「ん?」
「お前と別れねーからな」

プラプラと揺れていた手を逃がさないとでも言うようにぐっと握られて、凛は先程の私の勢い任せの言葉を取り消してくれた。

「うん、別れないよ」

多分、一生ね。




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