カラッと晴れた夏の日


最近一ノ瀬くんの様子がおかしい。

明らかに、目に見えてそわそわそわそわしている。
一ノ瀬くんといったらポーカーフェイスなところがあって、嬉しいこととか悲しいこととかが分かりにくいことが多々ある。
私はそんな彼の些細な変化にも気付けるように注意はしているんだけど、今回の件については分かりやすすぎる。
私の腕が上がった、とかじゃないと思う。
お昼休みや登下校時に、私に何か言いたそうにこちらをちらとらと見つめるのだ。
何度かどうしたの?と尋ねたことはあるが、へっ、と彼にはあるまじき素頓狂な声を上げて何でもないですよと何かありそうに言う。
ここまで明らさまだと気になって仕方ない。
単純な私は率直に聞いてみることにした。

「ねえ、なんで一ノ瀬くん最近そわそわしてるの?」
「へっ!?…あ、なんでもないですよ」

学校から駅までの下校中、いつものようにちらちらこちらの様子を伺っている一ノ瀬くんに声を掛けたらいつものパターンの返事が返ってきた。
流石に納得がいかないので食い下がることにする。

「なんでもなくないよね?私のことちらちら見てるし。私何かしちゃった?」
「い、いえ…。苗字さんは何も…」
「じゃあどうして?」
「え…と」
「うん?」

きりりとした眉をハの字にして、視線をうろうろとさ迷わせる。
言おうか言わまいか考えているのだろう。
私は辛抱強く待ち続けて彼の顔を見上げて覗いた。
校門から出て7分、3つ目の横断歩道の信号機が赤になって初めて立ち止まった時、一ノ瀬くんが私を真正面から見据えた。
白い肌に映えるように頬が赤く染まっている。
きゅっと締めた色の薄い唇がようやく開いた。

「……、名前って、呼んでも、いいですか…?」

一瞬何を言われたのか分からなかった。

名前?
って、ああそっか、私の名前か。

胸の奥がじくじくと焼けるようにむずむずして、呼吸までもが息苦しい。

ドキドキしてる、わたし。

「………ダメ、ですか?」

返事をしない私に不安になったのかか細い声で問われる。

「っふふ」

私は無意識に笑みを溢した。

「あの、」
「いいよ、そう呼んで。というかそう呼んでほしいな」

名前を呼ばれたことが純粋に嬉しくて胸がぎゅっとなって、ふわりと笑うと、一ノ瀬くんは恥ずかしそうにでも嬉しそうに微笑んだ。
林檎のようにまあるく赤くなった頬が愛おしい。

「…私からも、ひとついい?」
「?はい」

緩む頬が一ノ瀬くんにいつもより穏やかで年相応に幼い印象を与えた。

「トキヤ、って呼んでいい?」
「!!」

切れ長の目を見開いて、さも驚きましたといった様子で、私を見下げる一ノ瀬くん基トキヤ。
恥ずかしそうだったり嬉しそうだったり照れてたり、くるくると変わる表情を私はにこにこしながら眺めた。

あれ、もしかしてトキヤスキルの腕上げたのかな?

「ほら、トキヤ行こ」

横断歩道の信号機が青になったのを確認してから、私はトキヤの腕を引いてしましまのアスファルトに足を踏み出した。

「………貴方には叶いません」

小さく聞こえた呟きに、私だってそうだよ、と心の中で答えた。
そうトキヤに伝えるのは、またの機会ということで。