天気予報


文化祭なんて生徒会役員にとっては楽しいイベントというより、地獄のイベントだった。
一般生徒はそりゃ楽しいでしょうね、友達とわいわい騒いで、彼氏彼女でキャッキャウフフして、他校の可愛い子をナンパして。
それに比べて私たち生徒会役員ときたら、雑用雑用雑用ちょっと休憩して雑用雑用雑用雑用!
なにこれ、雑用しかしてないじゃない!

そんなわけで忙しく働き続けた文化祭の二日間が終わり、私は他の生徒会役員と共に生徒会室のそれなりに上質なソファに埋まっていた。
この時間なら今頃体育館で軽音学部のライブが行われているだろう。
一般生徒のほとんどはそのライブに参加するため、校舎内の電気は消えている教室がほとんどだった。
先程までのうるさかった校内が嘘みたいに静まりかえっている。
ぼんやりと、窓から見える体育館の明かりを見つめる。
今度はあの場が祭りの会場と化しているのだろう。

ポケットのケータイがブブッと震えた。
文化祭中に役員同士で連絡を取り合っていたせいで充電はもうほとんどない。
誰だよ面倒臭い。
長いバイブレーションは電話の合図で、私はのっそりとケータイを取り出し耳に当てた。

「もしもーし」
『あ、名前!?今どこにいる!?』

ガヤガヤとうるさいバックミュージク越しに友達の大きな声が聞こえた。
きっと体育館にいるのだろう。
この部屋の静けさとのギャップに眉を潜めながら、私も負けじと大きな声で答える。

「生徒会室!」
『え!?どこ!?』
「だーかーら、生徒会室!!」
『やっぱり!?早く体育館おいで!』
「え、やだ」
『いいからおいで!実はさ、』

そこで、ブツッと電話が切れた。
ケータイを見ると、充電してくださいの表示。

「…」

実はなんなんだ。

大きな声を出していた私を、心配そうに見つめる生徒会役員たち。

あそこに行くのか?

皆の目がそう問いかけている、気がする。

やめておけ、あそこは戦場だ。
俺たちのような負傷者が行くところじゃない。

確かに私の体力はもうないに等しい。
先生や部長委員長たちからの無茶な要求に答え続け階段をかけ上ったりかけ降りたり、もうくたくただ。
このふかふかのソファから離れるのも惜しい。

でも…。

「………体育館、行ってくるね」

実は、の後が気になるんだ私は!!!





体育館の重たい扉を開けると、外まで漏れていた音が馬鹿みたいに大きくなり鼓膜に突き刺さってきた。
むしむしと暑いのは人口密度のせいか、はたまたステージに群がった興奮気味な生徒たちのせいだろうか。
ここまで来てみたはいいものの、この中から友達を探すのは至難の技だと今更気付く。
学年も関係なくタオルを振り回し、各々全力でライブを楽しんでいる様子を見て、ちょっとだけ嬉しさを感じ、壁に凭れ掛かって座り込んだ。
なんだかんだ言っても、生徒会のきつい仕事も、皆の喜ぶ顔を見たらやってよかったって思える。

「ありがとうございましたー!!」

ドラムとベースを派手に鳴らしていたロック系バンドのグループが終わり、MCを少し挟んで次のグループが始まった。
スタンドマイクをステージ中央にセットし、袖からグランドピアノが運ばれる。
え、グランドピアノ?

ピアノが運ばれたことによりざわつく体育館。
軽音学部の発表に何故グランドピアノが必要なのか、皆そう思っているのだろう。
私もその一人で、これから何が始まるのかと固唾を飲んでステージ上を見つめた。

セッティングをしていたスタッフは消えて、新たに壇上に上がったのは二人の男子生徒。
一人がピアノの前に立ち、もう一人がスタンドマイクの前に立った。
一礼に合わせて自然と起こる拍手。

優雅と言える動きで椅子に腰掛け、合図を送ると前奏が始まった。
先程までのロックなどとは真逆のバラード調のメロディ。
六小節の後、マイクを握り締めた彼が口を開いた。
すぅ。
呼吸音まで鮮明に響く。
そうして彼は音を紡いだ。






盛大な拍手と沸き上がる歓声。
思い切り手を叩く。
痛いくらい強く。
溢れる涙の理由は分からない。
けれど、涙を拭うのも忘れて私は手を叩いた。

肩で息をする彼の笑顔を、彼の歌声と共に私は今でも鮮明に覚えている。

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