ドMな私は考えました。
なっちゃんに酒を浴びるほど飲ませて我を忘れさせれば心の奥に潜んでいるさっちゃんが出てくるのではないかと。
そうして「クソ女!」「この雌豚が!」と罵ってくれるのではないかと。

「なっちゃん、あーん」
「あーん」
「はい、お酒飲んでー」
「はーい」

にこにこしながら私の言うままに飲み食いしているのは恋人である四ノ宮那月くん。
一ノ瀬くんに教えてもらった隠れ家的居酒屋さんに来てかれこれ二時間ほど経ったように思う。
その間私はビールからワインから焼酎から日本酒までなんでも頼んでなんでも飲ませた。
はずなのに、今の状況は一体どういうことだろうか。

「んー、美味しいですねえ。貴方も食べました?」
「ああ、うん。食べたよ」

なんでだろう、全く酔ってる気配がない。

翔ちゃんからなっちゃんがザルであるとは聞いていた。
聞いていたけれど、ここまでだとは誰が予想しようか。

(規格外すぎる‥‥)

「はい、どうぞ!」
「え?」
「あんまりお酒が進んでないですよお?もっとたくさん飲んで下さい」

にっこり天使の笑顔で日本酒のグラスを手渡される。
反射的に受け取るはいいものの、私はちょびっとだけ喉に流し、そうしてその辛さと焼けるような痛みにすぐにギブアップした。

「っ無理無理!不味い!」
「えー、そうですかあ?じゃあこれは?」
「‥‥‥‥っぷはーっ、無理無理!」

ジョッキからお猪口まで様々な種類のお酒を勧められるままに飲んではみたが私は顔を顰めるのみだ。
お酒は苦いし不味いし、何より酔いやすくて苦手だ。

「ふふっ、可愛いなあ。お酒飲めないんだね」

頬杖をついてにこにこ笑顔のなっちゃんは、そうだ!と思いついたようにお箸で器用にお皿に残ったままのお刺身を摘んで私の口元に差し出した。

「僕からも、あーん」
「えっ、や、」
「お醤油垂れちゃいますよ?はい、あーん」
「あ、あーん‥‥」

口を小さく開けて舌の上に乗せられた鮪は極上のもので簡単に口内から消えてしまった。

「美味しいですか?」
「‥‥う、ん」

やるのはいいけどやられるのは恥ずかしい。
その矛盾した理論を体感している私。

「お酒が飲めない代わりにたっくさん食べようね。はい、あーん」
「え、えええ‥‥」

差し出されたら口を開くしかない。
まるでなっちゃんのペットにでもなったかのように従順に従う自分がとても恥ずかしい。

「はい、これも。あーん」
「あー、‥‥っ、」
「ああ、大変です。ちょっと溢れちゃいましたね」

口を大きく開けていなかったせいか、サラダを口に押しこもうとしたものの大きくカットされたレタスが口の端から溢れ、ドレッシングのシーザーが顎にべったりとついてしまった。
おしぼりがあったはずだと小鉢やグラスが雑多に並ぶテーブルを見渡す。

すると、なっちゃんがこちらに手を伸ばした。

「なっちゃ、」
「動かないで」

ぺろり。

「っ!!!!」

バッとなっちゃんを見返すと、変わらずなっちゃんは天使の笑顔で笑った。

「え、いいいいいいいま、えっ?」
「ふふっ、舐めちゃいました」

そうして舌をぺろりと出して見せる。

「な、ななななんで」

動揺を隠し切れない私はバックンバックン煩い心臓を服の上から抑えつけるのに必死だ。

「なんで、ですか?そうですねえ‥‥‥‥貴方が可愛いからです」

いつもの「可愛い」とはなんだか違う。
おっかなびっくりしてる私に構わずなっちゃんはその長い腕で私の顔をガッチリホールドし、そうしてもう一度顔を寄せた。

「ちょ、え、え?」
「もう少し、味見していいですか?」

イエスもノーも答える前になっちゃんの熱烈なキスを受ける。

「‥‥っはぁ」
「ああ、まだ足りませんねえ」

天使の笑顔のまま、小悪魔みたいに私を虐めてきては笑う。

私の望んだ形ではないドSがそこにはありました。




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