ルンルンルンルン。
昨日突然降った雪でスケートリンクのようにカチカチに凍った雪道を脆ともせず、オシャレ長靴でスキップを踏む私は端から見たらいろんな意味で危ない人かもしれないけどそんなの今はどうだっていい。
完全に浮かれきっている私はトキヤが待っている家まで帰路を急いだ。





「たっだいまー!」
「おかえりなさい」

長靴の底に張り付いていた雪をトントンと落としていたら、わざわざトキヤが玄関まで迎えに来てくれた。

「外は寒かったでしょう」
「うん、雪まだたくさん残ってた」
「…まさか雪遊びなんてしながら帰ってきてないでしょうね?」
「してないよお」
「ですよね、貴方も子供じゃあるまいし」

ふっと笑うトキヤだけど、実際はスキップ踏みながら帰ってくるという小学生でもしないことしてきました。
なんて余計な事は言わないでおく。
絶対馬鹿にされるから。

「その箱は?」

私が一時的に玄関の靴箱の上に置いた小さな白い箱に目をやってトキヤが尋ねた。
そう、この白い箱こそ私がスキップなんてしながら帰ってきた理由である。

「そう、これ!遂に買えたの!とりあえずリビングに早く早く!」
「え、ちょ、」

トキヤの背中をグイグイ押して狭い廊下を突き進む。
コートやマフラーはソファの上に放って、トキヤから「ハンガーに掛けなさい」というお小言が来る前に「トキヤは紅茶入れて」と指示を出した。

「なんで私が…」
「私は今から手洗いうがいをしてくるもん」
「…」

そう言えばトキヤは黙ってキッチンに行き、私のお気に入りの薄ピンク色のティーカップと色違いの自分のそれを出してくれた。

手洗いうがいを小学生からの教え通りきっちり行ったあと、リビングに戻ると紅茶の準備は整っていたようでダイニングテーブルにカップ二つと例の白い箱がセッティングされていた。

「うふふ、さてさて開けますよお」

待ちに待ったこの時。
じゃじゃーん!と効果音を添えて私はその箱を開いた。

「おおおお美味しそう…!!」
「…ケーキですね」
「そんじゃそこらのケーキじゃないよ!行列必須の一日限定20個のケーキ!遂に買えたんだよ!」

近所の小さなケーキ屋さん。
そこには雑誌なんかでも取り上げられる程有名な数量限定のチョコレートムースケーキが販売されていた。
いつもは売り切れていて買えたことなんて一度もなかったけれど、今日は幸運にも手に入れることができた。
しかも二個も!
神様はいつもコツコツ頑張っている私を見放しはしなかったらしい。

銀のフォークを二本用意して、片方をほい!とトキヤに渡した。
けれどもトキヤは受け取ってはくれず、代わりに私にジト目を向けた。

「…なにその顔」
「貴方、私がダイエットに励んでいるのをご存知ですよね?」
「えっ、ケーキ一個もダメなの!?」
「駄目です!しかも、来週にはグラビアつきの写真集の撮影を控えているんですよ!?それも既知の事でしょう!」
「ええーごめんってー」

じゃあ、なんだ?
このケーキは私が二個食べるってこと?

「………なにあからさまに二個食べれることを喜んでるんですか。顔がニヤけてますよ」
「えっ!‥‥だって仕方ないじゃん!ずっと食べたかったんだもん、このケーキ!」
「……はあ。もういいです、貴方が全部食べなさい」
「えっほんと!?わあ!…‥‥あ、なんかごめんね、トキヤ?」

プイッとそっぽを向いて紅茶…じゃなくてコーヒー(きっとブラック)のカップに口をつけた。

私は申し訳ないながらも目の前の後光が差すほど眩いチョコレートムースケーキに頬をだらしなく緩める。
一番下にはチョコレートのスポンジ、その上には一層目のムースの層、その上にビターチョコレートのガナッシュに二層目のムース層、それからブラウニー生地が重なってその上にたっぷりのチョコレートクリーム。
ラズベリーとブルーベリーのジャムが添えられて、シックな彩りが美味しそうだ。
フォークを差すとしっとりとした食感が伝わる。
一口サイズにカットして私はそれをゆっくりと口に運んだ。

「っふぉおお」

舌の上に乗った途端カカオの甘くそしてほろ苦い香りが口中に広がる。
クリームに混ぜ込まれたナッツの食感とスポンジの柔らかな弾力。
ベリーの酸味が飽きを来させず、夢中で私はもう一口頬張っていた。

「っんー!美味しーっ!今まで食べてきたチョコレートケーキの中で一番美味しいっ。トキヤっ、これすごいよ!!」

感動を共有したくてトキヤに報告したら、すんごい顔を私に向けた。
私の笑顔が固まる。

(……それ、アイドルの顔じゃないよ…)

「名前っ!」
「はいいいいい!!」

般若のような形相で迫られて背筋がピンと伸びる。
うわあ、マジでキレてる。
ガチ怒りだよ。

「貴方っ私の気持ちが分かりますか!?人の前でそんな美味しそうに食べて…!私だって食べたいですよ!!太りやすい体質でなかったら!!それなのに、それなのに…っ」
「うああ、ごめんねっごめんねトキヤ!」
「もう貴方なんて知りませんっ」
「トキヤぁ!」
「……」

あああ完全にご機嫌斜めだ。
おもちゃを買ってくれなくて拗ねてる小学生並に拗ねてる。
声を掛けてもこっちを向いてくれやしない。

コーヒーのカップを握って立ち上がるトキヤに、私はフォークを投げ出して腕にしがみついた。

「なん、」
「ごめんねトキヤ!これで許して!」

踵を上げて、長身のトキヤの赤い唇に自分の甘ったるい唇を重ねる。
ふいなことで開いたままのトキヤの咥内に舌を突っ込んで引っ込んだままの舌に絡ませた。

「っんん、ん」

舌を吸い込んで、それからプハッと離す。

「…はぁっ、チョコレートの味した!?」

至って真剣に尋ねたのに、トキヤは頬を赤くして私を潤んだ瞳で見下ろした。

「……ま、まあ、もういいですよ」

頭にぽんぽんと大きな掌を乗せて私の髪をくしゃくしゃっと混ぜた。
その髪を手櫛で直して、私はトキヤの優しさに甘えて笑った。




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