口に放り込んだ新発売のフレーバー「もんじゃ味」の飴。
私はどちらかというと新発売や新商品という言葉に弱い冒険型の人間だ。
だからこうしてご当地フレーバーシリーズの東京編「もんじゃ味」にも臆することなく挑んだのである。

「!!!!」

時として挑むべきではない戦いもそこにはある。
今が正にそれだった。

「うぇええええ」

不味い。
とにかく不味い。
あの美味しいもんじゃが何故かこのように不味いものに退化してしまったのだろうか。
何故組み合わせた?
というか開発部は何故これを商品化して売った?
私のような馬鹿みたいな冒険者を釣って金を儲けて高らかに笑っているのか?

不味過ぎて被害妄想しかできない。

とりあえずこの舌の上に乗っている魔の食べ物をなんとかしなくては。
舌を突き出して、なるべく味わわないように努めてみても舌を伝うもんじゃ味の唾液が喉を通ることは防ぎようがなくてその度に私は悲鳴とも言い難い不気味な声を上げて身体を震わせた。

「ぅえ、えええ」
「名前?大丈夫か?」

そこへ救世主がやって来る。
彼氏様である真斗くんだ。

「うぇ、ぇぇぅうぇ、」

自分でも何を言ってるのか聞き取れないが、身振り手振りと突き出した舌でとにかくこの飴がびっくりするほど不味いことを伝える。

「ぇえぅ、えぅ」
「…分かった」

両肩をぐっと掴まれ、なんだなんだと思ったらそのお間抜けに突き出していた舌を吸われた。
当然飴は真斗くんの口の中に消えていく。

舌に残った嫌な味に顔を顰めながらも、この不快感から救ってくれた真斗くんにお礼を言おうと彼を見たら驚いた。
いつもの冷静で凛とした美しいお顔がそこにはなかった。

「ヴェエエ!!」

真斗くんから聞いたこともないような地の底を這うほど低くそして汚い声で唸り目をかっ開いている。

「ま、真斗くん!」

慌てた私は彼に口付けた。
開いた口から入ってくるのは、もちろんあの魔の飴である。

「んん!」

正直この舌破壊兵器を私の口内に侵入させたくない。
私は彼を省みず舌でもんじゃ味の飴を真斗くんの口の中に押し込んだ。

「!」

案の定彼は眉を顰め、飴を突き返してくる。

「!!」

いやいやほんとに勘弁して下さい。
いくら真斗くんからの飴でもこれだけは受け取れません。

不味い味の唾液を絡ませながら私たちは舌を巧みに使いお互いの口内に飴を押し込みあった。
傍から見れば濃厚なキスをしている場面に見えるかもしれないが、決定的に違うのはお互いのこれ以上ないほど険しい表情だろう。

「ん、んん、」

段々と息も上がって苦しくなってくる。
しかしこの行為をやめるわけにはいかない。
やめたら最後、あの核兵器並に威力のある飴を自分の口内に受け入れることになるのだから。

息苦しさと不味さに涙を浮かべていたら、そのぼやけた視界にふと真斗くんの手が見えた。
とその時、私の口内に真斗くんの指が突っ込まれる。

とうとう舌ではなく指で応戦するようになったか!
と躍起になったら、ポロリと口内から飴が取り出された。
真斗くんはそれをさっとティッシュに包み、ゴミ箱に放り投げる。
コン、とゴミ箱にぶつかる軽い音がした。

私はその一連の動きを黙って見ていた。

「っはあ、これで万事解決だな…」
「……そっか、なんで吐き出さなかったんだろう」

そっか。
そりゃそうだ。
吐き出せば済む話だった。
それなのに私たちはお互いの口内へ押し付けあって馬鹿みたいだ。

「は、はは…。とりあえず何か飲み物…」

例の固体がなくなっても舌に残るもんじゃ味は相変わらず健在で、舌が馬鹿になったのか梅干を食べた時のように異常な量の唾液がじわじわ溢れてくる。

「名前、」
「真斗くんもお水?おっけ、」

最後の言葉はカプリと真斗くんに食べられてしまった。

「!」

舌をじゅっと吸われ、異常量の唾液が口の端から流れていく。
真斗くんの舌は私の舌に執拗に絡み、嫌がって舌を引っ込ませると唇の裏側や歯の裏側を器用に舐めてくるものだからくすぐったくて堪ったものじゃない。
ぎゅっと閉ざしていた瞼を開ければ、完全に興奮しきった彼が瞳いっぱいに写る。

どうやら先程のキス?でスイッチが入ってしまったらしい。

彼のやる気スイッチを見つけるのは本当に難しい。
そんなつもりはなかったのに気付いたら押していた、なんて状況はしょっちゅうだ。

「ん、まさ、…ん」

苦しくなって胸を押し返せば、その手を握られておまけにぎゅうと指を絡ませられた。
違う、そうじゃない。

私が引けば引くほど真斗くんは私の唇を食べようとあーんと口を開いて覆ってしまうのだ。
くちゅくちゅ溢れてくる唾液のせいでもうもんじゃ味はどこかへ消え去ってしまった。
しかし問題は転移している。
そろそろ離してくれないと私の呼吸の方が心配になってきた。

「ん、ぅんん」

鼻に掛かった高い声で訴えてみても効果はなく、嫌がらせのように彼の舌に歯を突き立ててもむしろそういうプレイだと勘違いされて仕返しとでもいうように舌を甘噛みされた。

しばらくして真斗くんが唇にちゅっちゅっとリップ音を鳴らして浅いキスに変わった。
口の端からだらしなく溢れる唾液をぺろりと舐めとられる。

「っは、ぁはぁ」

ようやく解放された。
たくさん入ってきた酸素をうまく取り込めなくて肩で息をする。
そんな私にお構いなく、真斗くんは私をぎゅっと抱き締めて耳たぶにちゅっとキスをした。

「まさとくん、」

身じろぎしても意味はなく、項や首筋、鎖骨、至る所にキスを落とす。
ぐったりした私は成す術もなく好きにされ放題だ。

「名前、」

甘い声で名前を呼ばれて、彼の瞳を見詰める。

「その、ベッドに行かないか…?」

ギラギラ光る彼の瞳にやる気スイッチを完全に押してしまったことを悟った。
こうなってしまえば普段聞き分けのいい真斗くんがしつこく、そして執念深く迫ってくることを私は嫌というほど知っている。

「……むっつりスケベ」

ぼそっと悪態を吐いてみるものの、興奮気味の真斗くんの耳には届いてないようだ。

全ての元凶であるもんじゃ焼きはもう当分食べたくないと思う。




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