「わざわざこんなところに呼び出してどうしたの?」

指定した時間きっかりにやって来たトキヤくんは、私を見つけると目を細めてにこりと笑った。

「貴方と二人きりになりたくて」
「え?」
「お時間、ありますか?」

ずい、と詰め寄られて私は思わず一歩足を引いた。
不思議そうに首を捻る彼に、「近い…」と小さく呟くとああ、と納得したようで距離が取られる。

「頬が赤いですよ」
「だ、だって…!」
「ふふっ、分かってます」

貴方が、私のことを好きだということを。

囁くように紡がれた言葉に、本当に顔から火が出るんじゃないかと思った。

「告白したからって、からかわないでよ…」
「からかってなどないですよ。私は至って真面目です」

そっと伸びてきた白い腕が私の肩を掴んだ。
思わず長身の彼を見上げれば、予想以上に近く彼はそこにいて、先ほど取った距離がまたないに等しくなっていた。

「トキヤく、」

愛しい名前は飲み込まれる。
彼の柔らかな唇によって。

互いの唇の柔らかさを味わうようにゆっくりと重ねて、角度を変えれば彼の舌がカサカサの私の唇を潤すかのように舐めた。

宙ぶらりんの手は無意識に彼の服の裾を握る。
そうするとトキヤくんは私の腰を抱いて、もう片方の手で優しく後頭部を引き寄せた。

「っん」

まるで夢のような心地良さ。

涙で滲む瞳をうっすらと開けば細く目を開いているトキヤくんと目が合って、その美しい表情に居た堪れなくなってぎゅっと目を閉じた。

ちゅ、とリップ音を鳴らすキスと舌先をなぞるキスが不規則に続く。
呼吸が続かなくて唇を離そうとすると、もう少し、と甘い囁きが温かな息と共に頬に当たって、返事の代わりに鼻に掛かったやらしい声が漏れた。
逃げられないように、後頭部を支えていた手がぐっと引かれる。
腰に回された腕もびくともしない。





ドサリ。





近くで何か荷物が落ちたような音がした。

「何、してるの…?」

震えた女の子の声に、私はビクリと肩を揺らす。
そっと唇を離したトキヤくんは、その声の主である女の子にちらりと目線をやった。

「遅かったですね、名前」
「遅かったじゃないよ……、ねえ、何してたの」
「何って、見ての通りですよ?」

私はわけが分からず、その場を動けなかった。
その女の子は瞳に涙をうっすら溜めて、トキヤくんと、そして私を睨みつけているようだった。

「最低」
「別れたいですか?」
「…っ」
「私は名前を愛していますよ?」

女の子は眉間に皺を寄せて、拳をふるふると震わせていた。

「ほら、今夜は約束通り名前の行きたがっていたレストランに行きましょう?」
「一人で行く」

女の子は床に落ちていた鞄を引っ掴んで、走るようにしてこの場から立ち去った。
瞳から溢れる涙は隠しても隠しきれていない。

「………はあ、」

トキヤくんは一つ息を吐いて私に振り返った。

「あれで、夜になったら私に会いたいって電話を寄越すんですよ?可愛くて仕方ないですよね」

赤く染まり、緩みきった頬。
垂れた目尻。
ハの字を描く眉。
三日月型の唇。

その恍惚とした表情から、私はこの一ノ瀬トキヤという男の考えた最低のシナリオにまんまと利用されたのだということをようやく悟った。







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ヒロインはトキヤが大好きで、トキヤもまたヒロインが大好きで、そんなヒロインの怒った顔を見たくて愛されてるって確かめたくて、タイミングよく告白してきた女の子を利用して繰り広げられた茶番。
トキヤの言う通り、夜になったらヒロインはトキヤに「私だけ愛して」って電話しちゃう。




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