友達以上恋人未満。 私と音也を表すならばそんな関係。 「今日の名前いつもよりかわいい」 私の机の横を通り過ぎようとした時に音也がぽろりと放った言葉。 前の席の真斗くんがぎょっとした顔をして、それから「一十木、お前…」と私の代わりに頬を赤らめて眉を顰めた。 「なんでだろ?肌?」 「あー…昨日パックしたからかな」 「うそ、触らせて」 むに、と頬に人差し指が突き立てられる。 「おとや」 「柔らかぁい。かわいいね」 つんつんつんつん。 それなりに弾力のある頬に人口のえくぼを作っては、元に戻す。 ちらりと真斗くんを見遣れば、呆れたといった顔をしていた。 私もそういう顔をしたい。(頬を弄られて間抜けな顔をしているはずだけれど。) 「……あのな一十木、付き合ってもない男女がそれ程の触れ合いをすべきではないと俺は思うぞ」 「そう?うーん、でも名前かわいいからつい触っちゃうんだ」 ね?と微笑まれても私はうんとは頷けない。 曖昧な笑顔を浮かべて彼の骨張った指をゆっくりと引き離す。 「はい、もうおしま」 「あっ、手ちっちゃい!」 と、言葉を遮ると同じくしてギュッと握られた指。 「俺の手ん中に隠れちゃうね」 両手に包み込まれた右手は振り解くことは出来ず、段々と上がる体温はきっと音也から移っただけだと、そう信じたい。 こんなことばっかりされて、好きにならないわけがないと思う。 今日はずっと待っていた好きな作家さんの新刊発売日で、ホームルームが終わってすぐに教室を出ようとしたところを音也に呼び止められた。 どこ行くの?って聞かれて、本屋さんって答えたら俺も行く!って軽そうな鞄を持ち上げた。 「音也も何か本欲しいの?」 「んーん。名前と出掛けたかっただけ」 にひひ、と笑う音也。 こういう時にどういう顔をしてどういう反応をすれば正解なのか未だに分からなかった。 真斗くんが居れば多少なりとも窘めてくれるんだろうか。 でも、居なくて良かったとも思う自分も居たりして。 「……音也はさぁ、彼女欲しいとか思ったりするの?」 なるべくさらりと聞けた、自分的には。 音也は夕日が沈みかけている赤と黒のコントラスの空は見上げて、まあ俺も男だしね、と言葉を風に乗せた。 「そ、っか。だよねぇ」 誰かが言っていた。 男女で歩いている二人を見て、カップルかそうじゃないかの違い。 それは、距離感なのだと。 手の甲がぶつかりそうな距離。 道だって広い、もっと離れて歩くことだってできる。 それでも段々近付いてくるのは音也の方。 私じゃない、はず。 「音也、好き」 初めて口にした“好き”という二文字の言葉は思ったよりも重たくて、喉の奥から絞り出すような声になった。 ヒュウと喉を乾いた風が吹いた気がする。 「えっ、ごめん」 その一言はふわりと落ちてきた。 歩道の脇に植わっている樹木から舞う木の葉よりも軽く。 「名前はそういう目で見れないっていうか…その…」 うまい言葉が見つからない、そういう様子だった。 それでも、完全に私への想いがないということだけは涙で朧になる瞳を通しても嫌というほど見え、理解できた。 「っ」 溢れそうになる涙は引っ込まず、それがポタリとコンクリートに落ちる前に私は駆け出していた。 「名前!」 音也を置いていっても、きっと彼は真っ直ぐ寮に帰る。 本屋さんに用があるのは私だけ。 私だけ、なのだ。 名前が走り去ってしまい、俺はその場に一人残された。 走り去る直前に見た名前は、両の目に溢れんばかりの涙を溜めていた。 同じクラスで、ずっと一緒に居て、それでも初めて見る名前の痛々しい顔だった。 (俺が、あんな顔を、させた……) ギリッ。 歯を食いしばる。 (俺が……名前を振ったから……) 震える頬を無理矢理掌で押さえる。 (俺が……) カタカタ小刻みに震える奥歯。 「っはは!」 俺はとうとう我慢がならなくて口角を上げて思い切り笑った。 「っあはははっ!!」 愉快だ! 最高の気分だ! 俺に振られると思ってなかった名前はとうとう俺に告白をしてきた。 かわいいかわいい俺の名前。 俺がスキンシップを図る度に、なんとも言えない顔をして、マサが止めるのを満更じゃないって顔してさ。 それが、俺に振られた時のあの絶望を感じた時の顔。 うそ、って顔に書いてあった。 嘘だよ、うそうそ! 愛してるよ、名前! だから、嬉しいって顔も悲しいって顔も俺だけに見せてよ。 それで、俺だけのことを考えてよ。 脳みそ全部俺のことで占めて、俺なしじゃ生きれないってくらい俺のこと好きになってよ。 俺みたいにさぁ! 「死ぬほど愛してるよ、名前!」 向かう先は名前のいる、本屋へ。 |