繋いでいた指を離して翔はポケットからケン王のストラップがついた家の鍵を取り出した。 「ただいまー」 電気のついていない真っ暗な部屋にきちんとただいまを言って、翔はカギを玄関脇の専用の籠にぽいと放る。 「寒かったー」 「部屋も寒ぃな。暖房つけてあったかくなるまで先に風呂入ってろよ」 翔はリモコンを操作し暖房をつけ、そのままお風呂場に消えていく。 私がゆっくりとマフラーを外してコートを脱いでいると、ピピッという湯張りを知らせる機械の音がリビングまで届いた。 「今お湯入れたから。先シャワーでも浴びてろよ」 バスタオルを片手にひょいと顔を覗かせる。 うん、と頷いて、それから「翔は?」と尋ねた。 「俺?」 「一緒に入んない?」 私のその発言に翔は目を丸くして、んーと唸って頭を掻いた。 「…お前、恥ずかしくねえの?」 「別に?翔の裸見たことあるし」 事実を述べれば、翔は眉を顰めて「お前なあ…」と呆れたように溜め息を吐く。 「……まあ、名前がそう言うならいいけどな。一緒に入るか」 「うん!」 翔のあとについて寝室まで行き、たまのお泊りの時に使っている私専用の引き出しを開けた。 いくつかの下着やパジャマが入っているのだ。 「しょーおー、下着何色のがいーい?」 後ろで自分の下着を選んでいる翔に呼び掛けると、翔は少し考えてから「ピンクの」と答えた。 「翔はあれにして、ゴムがピンクの黒のボクサー」 「あ?それ今履いてる」 「えー、じゃあゴムのとこチェックのやつ」 「ハイハイ」 私がお泊りセットを準備し終わった時には翔はとっくに済んでいたようで、行くぞと私の背を軽く押した。 先に入ってろ、と翔に言われるままシャワーを浴びる。 冷えた身体にそのお湯はむしろ痛いくらいだけれど、それも段々と慣れてきて心地よさにふっと息を吐く。 湯船には湯が半分ほど張っていて、その内溜まるだろうと高を括って身体を丸めて浸る。 お湯から飛び出た両の膝小僧に頭を乗せ、意味もなく右手を水面でヒラヒラと泳がせる。 「しょーおー」 扉の向こうに居るであろう翔に呼び掛けると、おーと返事がひとつ。 暫くすると翔が入ってきて、湯船をちらりと覗いて「まだ溜まってないか」とぼやいた。 「遅かったね」 「あー、なんかバスボムねえかって探したんだけど切らしてたみたいだわ」 「えー、残念」 さっとシャワーを浴びた翔はそろりと湯船に足を浸す。 私が奥に詰めれば、空いた手前のスペースに私と向かい合うように座って脚をうんと伸ばした。 「気持ちいな」 「ねー」 私がさっきしたように息をふうっと吐いた翔は、ジャポンと一度頭まで浸かりザバッと顔を出す。 濡れた髪を両手で後ろに撫で付けるのを見て、私も同じように顔を浸けてザパッと上げる。 同様に前髪を後ろに持っていけば、一部始終を見ていた翔はケラケラ笑って楽しそうだ。 「おでこかわいい」 「うそ、でこっぱちだよ」 少し詰め寄り、ほら、とおでこを強調して見せる。 「あ」 「ん?」 「おっぱい浮いてきたからお湯溜まったかも」 その言葉と同じくして、機械がピロリンと鳴ってお湯が溜まったことを知らせた。 得意気にニヤリと笑う私。 「ほらね」 「なんだよその能力」 「こんくらいの嵩になるとおっぱい浮くんだよ。女の子なら皆知ってるよ」 「いや、お前みたいにでかくないとできないだろ」 「うっそ」 翔は物知りだね、なんて褒めればお前は人とどこかずれてるよな、なんて失礼なことを言う。 なんとなく足で翔の脇腹をつつくと、翔は仕返しのつもりかその足を容赦なく擽った。 思わずふはっと笑いが溢れると、翔もつられてははっと笑う。 「擽るのなしね」 「マジか」 じゃあ、と翔は両足で私の脚をがっちりホールド。 きゃっきゃ言いながら外そうとしても意外とびくともしない。 「やだっ」 「やじゃねーよ」 悪戯心に火がついたのか、翔はニヤニヤ笑って私の脚は押さえたままにして私の脇腹を足でつついてくる。 「あははっ、やだ、さっき食べたハンバーグが脂肪に変わってるからっ」 「どうりで柔けえもんな」 「ふはっ、それは元からだけどねっ」 脇腹が擽ったくて身を捩れば、折角溜まったお湯が飛沫になってバシャバシャと飛んでいく。 縦にも横にも揺れるものだから水面張力に抗ったお湯はみるみるうちに溢れて少なくなった。 「お、」 ピタリ。 翔がつつくのをやめた。 笑い疲れた腹筋を休める絶好の機会に安堵し、どうしたの?と余裕の笑みを浮かべる私。 「左足の中指、ペディキュア禿げてんぞ」 私の左足を掴んで翔はそう言う。 「え!!」 「え?」 「うっそ!やだ!ちょう恥ずかしい!!」 バシャバシャ派手に水音を鳴らして足を引っ込める。 お湯がゆらゆらと揺れる中、目を凝らしてよく見ると本当だ確かに赤いペディキュアが若干ではあるが禿げている。 「やだぁ、翔に見られた〜」 「お前の恥ずかしいポイント全然分かんねえんだけど」 翔は呆れたように言うが、私にとっては一大事だ。 「最悪だ…ペディキュアばかやろう…」 「そんなにショックか?風呂上がったら塗ってやろうか?」 「えっ」 その神様みたいなお言葉に、私は嬉しくて翔にガバッと抱き着く。 翔は器用でマニキュアを塗るのは得意だ、適任としか言いようがない。 「翔、あいしてる!」 「……うん、もう少しまともな恥じらいを持とうな」 当たってるんだよ、胸が。 そうぼそりと呟く翔に、私は照れ屋さんだねって笑った。 |