※早乙女学園に入学する直前の頃のお話。




「それで、さっき求めたx=2y-5zがここに代入されて……って聞いてる?」
「聞いてない」

ミシッとシャーペンが軋んだ音がした気がする。
私は極力笑顔を作って、レンのその白紙のノートをシャーペンのノック部分でつつきながら優しい声音で問う。

「なぁんで何にも書いてないのかなぁ?」
「やる気がないからじゃない?」

レンは手元に手繰り寄せたマガジンラックから彼が愛読している海外のモデルが表紙のファッション雑誌を取り、無作為に開き黙々と読み始める。
その光景を黙って見ていた私はとうとう堪忍袋の緒が切れて、無言でその雑誌を奪い取った。

「何す、」
「何すんだよはこっちのセリフだってば!ジョージさんにレンの成績があまりにも酷いから教えてやってくれって頼まれたから来てみれば!私だって暇じゃないんだからちゃんとやってよ!」
「…仮にもレディがそんな大きな声を出すものじゃないよ。それに、そういうのをありがた迷惑って言うんだよ」

レンは面倒臭そうに長い髪の毛先を弄び、私に一瞥をくれることすらなかった。
もうこうなってしまえばひねくれ者のレンが折れることがないのは幼少からの付き合いで知っている。
私はレンの背中に睨みをきかせて、参考書を詰め込んだトートバッグを引っ掴み立ち上がった。

「帰んの?」
「バイト。暇じゃないって言ったでしょ」

扉の前でずっと待機していたメイドさんに会釈をして、神宮寺家のお屋敷をあとにする。
見送ってくれたのはレンではなくメイドさんと執事さんたち。
ジョージさんがすまなそうに謝ってくれたけれど、私は笑顔で首を横に振った。
レンの幼馴染みである私への他の女の子たちとは違う態度にはもう慣れている。
昔から私はレンのやることなすことに口を出して、レンからすれば本当にお節介で鬱陶しい存在だっただろう。
それでもどうしても放っておけないのは、私はレンが好きで、あの奔放な彼を見す見す手放して遠くにやりたくなかったから。











2月14日。
世間はバレンタインムードで一色の中、私にはそれ以上に大きなイベントがあった。
そう、レンの17歳の誕生日である。
実は短期でバイトをしていたのもレンに誕生日プレゼントを買うため。
ついでにスカートやブーツ、アウターも新調してこの日のこの時のために少しでもレンに可愛いと思ってもらえるように気合いを入れてきたのだ。

レンが通うお金持ち学校の正門前にはズラリと並ぶ高級外車。
その中の一台にはジョージさんの運転する車も控えている。
ジョージさんにだけ門前でレンを出待ちすることを事前に話しており、少しだけ時間を貰えるようにお願いしていたのだ。
私がレンのことを好きだと知っているジョージさんは快く了承してくれて、うまくやれよとウィンクをひとつくれた。

生徒たちがちらほらと門をくぐり抜け、待機している車に次々と消えていく。
きっとレンももうすぐここを通るだろう。
悴む指に息を吹きかけ、プレゼントが入った紙袋の持ち手の紐をぎゅっと握り締めた。

「名前?」

聞き慣れた低音が頭上から降ってきて、私はパッと顔を上げる。
そうして、視界に飛び込んできた光景に絶句した。

「レン、誰この子」
「ああ、幼馴染みさ」
「ふぅん?」

レンの横や後ろに付き従うように群れる複数の女の子たち。
レンの手にはたくさんの紙袋が引っ掛かっていて、今まで浮かれていた自分が酷く恥ずかしくなった。
レンの誕生日を祝いたいと思っているのは私だけじゃないのだ。

「あ、の、レン、誕生日おめでとう。これ、プレゼント……」
「プレゼント?わざわざいいのに。……あ、もしかしてだからバイトしてたの?」
「うん」

レンは袋を受け取ると袋の口を塞いでいたテープを剥がして黙々と開け始める。
まさかこんなところで開けると思っていなかった私は、内心大焦りで、それでも何も言えずに冷たくなった掌を握り込んだ。

「…ピアス?」
「あ、レンいつもその黒いやつしてるから、他にもあったら便利かなって」

煌びやかなレンらしい金色に輝く小さなピアス。
お店で見かけてこれだと思い即決した代物だ。

「何それ、どこのブランド?」
「安物じゃないの?それ」

レンの手元を覗き込んだ女の子たちは、非難の色を浮かべる。
ふとレンの手元の大量のプレゼントが目に入り、きっと彼女らはこの山の中で誰のどんなものよりも高価でレンのお眼鏡に適うプレゼントを用意しようとしたのだろうと感じた。
自分以外全員ライバル。
蹴落としやすい相手がいるのであれば容赦はない。

「レンになんてものあげてんの?」
「何にも分かってないね〜この子」
「ちょっと黙ってくれないか」

ピシャリとレンの低い声でその場が一瞬で静かになる。

「…名前、この後時間ある?」
「え?う、ん」

こくんと頷くとレンは私の手を握り、取り囲んでいた女の子たちを置いてジョージさんの待つ車へと乗り込んだ。

「屋敷まですぐに」

レンはジョージさんに最初にそれだけ言うと、その後は一言も口を開くことはなかった。
私の冷たかった手だけがレンの大きな手に包まれてじんわりと温かくなっていく。










「名前」

レンの自室に押し込まれた途端、後ろからぎゅうっと抱き締められた。
レンの体温をこんなに近くに感じたことが初めてで、私は戸惑うまま首に回ったレンの腕に指を乗せた。

「レン…?」
「ごめんね、彼女たちが酷いことを言って」
「あ、ううん、あの子たちにとっては安物なのは本当だし。私じゃレンに見合うものなんて買えないのは分かってたから…」
「そんなこと言わないで。俺、名前からピアスを貰えてすごく嬉しいよ」

後頭部に響くレンの低音に、心臓のバクバク言う音がすぐにバレてしまいそうでその腕を振り解きたい。
それでも、まだ離して欲しくないと願う自分もいる。

「レン、」
「名前、好き」
「…え?」
「ずっと、ずっとね、名前のこと好きなんだ」

突然の告白に狼狽える。
レンが私を好き?
私がレンを好き、の間違いじゃなくて?

「優しくしてあげられなくてごめんね。好きって言えなくてごめんね」
「あのね、レン、私も、」
「知ってる。君が俺を好きでいてくれたの。…だけどね、俺は臆病だから名前が俺に構ってくれるのに甘えてずっと言えなかったんだ。ごめんね」

私の背中にドクドクと伝わる鼓動はレンの胸の音だった。

「名前、名前、お願い、キスさせて」

返事を返す暇もなく、レンは私の身体を反転させると正面から抱き寄せ、唇に柔らかくキスをした。
反射的に瞑った瞼を持ち上げると、レンの青い瞳と視線がぶつかって、逃げる前にまた唇が合わさった。

柔らかな唇から舌が入り込んできて、歯列をぬるりと舐められる。
酸素を得るために口を開けばまるで食べられるかのように口内を貪られて、舌の上に溜まった唾液はレンが全部飲み込んだ。

「名前、触っていい?ねえ、全部見せて」

懇願するように言われてしまえばぼやぼやする頭は何も考えられず、レンのしたいように身を任せた。
一枚一枚脱がされる今日のために買った真新しい服は床に散らばって、顕になった下着にレンは愛おしそうに胸に顔を埋めた。

「名前、好き」
「レン…」
「ずっと、俺だけのものでいて」

大して大きくもない白い胸に口付けて、器用に後ろのホックを外す。
甘噛みをするように胸を弄られれば鼻から抜ける声が自然と甘いものになり私は羞恥からギュッと目を閉じた。

レンは片手で胸や腰を撫でながらもう片方の手で私の髪を優しく撫でる。
悪戯をするように耳を擽った時、レンはぴたりと手を止めて私の顔を見た。

「名前、これ…」
「え?ああ、ピアス?」

レンは私の横の毛を耳に掛けてまじまじと食い入るように見つめた。
まだ開けたばかりの穴にはシンプルなファーストピアスがはめられたまま。

「…実はね、レンにプレゼントしたピアスの色違いをつけたくて開けたんだ」

お揃いにしたかった、なんて私らしくない乙女思考にレンは笑うだろうか。

「…」
「…レン?」
「うん」
「っわ」

べろり、と突然耳を舐められてその擽ったさに身を捩る。
左耳には指が軟骨をなぞるように這って、細い指を穴の中に差し込み奥を擽られればぞわりと毛が逆立つ。

「レン、ッひゃ」

反対の耳はファーストピアスごと耳朶を唇ではむはむと口に含まれる。
唾液でくちゅくちゅ言う水音がダイレクトに鼓膜に響いて、つきんと下腹部が疼いた。

「っちゅう、はあッ」
「や、レン、耳、もうやぁっ」

レンが零した唾液が耳の穴の中に垂れれば、それさえも気持ち良くて甘い声が漏れてしまう。
もうやめて欲しいと首を横に振って振り解こうにも、レンの舌は執念深く耳を這うばかりで、元より耳が弱い私は快感に足がブルブルと震えた。

「ンン、ッあぅ」
「すごい、こんなに濡れてる」

左耳から移動した手は胸や腰を伝ってパンツの中に入り込み、すでにぐちゅぐちゅに溢れている秘部を上下に擦った。

「すぐ、入っちゃいそう、」

そう言って中指を穴に突き立てたレンはゆっくりゆっくり押し込めていく。
初めて感じる圧迫感と違和感に眉を顰めるも内壁を擦られると段々と気持ち良くなって、終いにはレンに縋り付いてもっともっとと善がっていた。

「ッはぁ、名前かわいい。ちゅう、好き、名前」
「アッ、耳はダメ…っ」
「やーだ」

ファーストピアスをコロコロと舌先で弄ばれる内に、膣内をきゅうっと締めつけてレンの指をぎゅうぎゅう飲み込んでいた。

「イった?」
「はッ、はぁっ、」
「ちゅっ。今度はこっちね、」

レンがバサリとワイシャツを脱ぎ捨てる。
その時に髪の隙間からちらりと見えたレンの黒いピアスに、私はどこか懐かしい気持ちを蘇らせた。













「ねえ、レン。この黒いピアスって昔からつけてるよね?」

指先でちょんとつつけば、レンは微笑んで私の身体を抱き寄せる。
胸元から香るレンの匂いが私と同じボディーソープの香りで、それが嬉しかった。

「うん、ずっと前から」
「どうして他のをつけないの?」
「…覚えてない?」
「何を?」

やれやれ、とレンは笑った後、私の耳にリップ音の鳴るキスをして、そうして吐息混じりに耳元で囁いた。

「名前が言ったんだよ、

『レンくん、そのピアスすごく似合うね』

ってさ」




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